07 交錯する思い、交わしあう想い、果たされる願い
しかし彼女自身に悪気があったわけもなく、言い寄ってくるのはむしろ男性の方で、息子娘が居た桃花は生活費のため愛のため、断ることができなかったのだ。
そんななか、桃花は三度目の男性と別れ悲しみに暮れていると、とある恋をしてはいけない男性との恋に落ちた。
彼は神社の跡取り息子 花宮
光が恋をした女が普通の女だったのなら、普通に挙式まで上げて盛大に祝われただろう。しかしその女は四度目の結婚式だ。穢れたその身体に白無垢は着せられないとの意見から始まって、ついには黒住桃花との離縁にまで発展した。
しかし、光は桃花との恋が忘れられず放心状態となり、そのまま自殺。桃花自身に罪は無いものの、きっかけとなった彼女を恨むのは当然といえば当然であった。
そしてまた最悪なことにその神社は村ではそれなりに影響力のある神社で、恨みの伝染は地域全体に広がった。
そうした恨みは巫女の娘
.*・゚
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小さなきっかけから始まった大きな災い。細かいことまでは分からなかったが、大方
晴寄は行く道で買ってきていた饅頭を白羽に渡し、ありがとうとその黒髪を撫でる。
白羽は泣きながら饅頭を手に取り、されるがままになっていた。
「ここにいるのは、辛いでしょうね。そこで、一つ提案があるのですが……」
ん?と言いたげに、白羽が首を傾げた。
「僕の家で、一緒に暮らしませんか?」
息を飲んだ。
流石に未婚の女性宅にずっといるのは辞めようとは白羽自身そう思っていた。しかし、施設に行こう、ではなく晴寄の家でというのは想定外だ。
「僕の家はそれなりに遠い場所にありますし、白羽さんも今のうちに勉強しておくべきでしょう」
「……ずるい人です。勉強に関しては、必要だと思ってましたけど。
でも、あなたも彼女いないでしょう。良いんですか? 私みたいな子どもがあなたの家に居ても」
「まぁまぁ、そこは流しておいて下さいよ」
晴寄は白羽の隣に並んで座り、ケラケラと軽く笑った。僕なんてモテないですよ、と珍しく俗っぽいことを言いながら、痛いところを突かれたと笑う。
そしてひとしきり笑ってしまうと、また小袋からなにか取り出した。
「……こ、れは」
白羽がまた目を見張る。木の枝だ。しかし、ただの枝ではない。
「あの火事で桃の枝も大方焼けてしまいまして……、それが最後の枝です。満足いただけましたか?」
「……はい」
小さな返事。しかし、どこか覚悟を決めたようなそんな言葉に、晴寄は少しだけ首を傾げた。
「あの……!」
少女もまた、一歩を踏み出す。
「晴寄耕也……先生、その名前を聞いたとき、桃の枝を任せていいと思いました」
ぎゅっと桃の枝を握りしめる。
「この桃の花は、祖母が自分の名前と、邪気を払うその逸話にちなんで植えたものなんです。自分がもっと長く生きて、私を守れるように、と。
そのときにはもうすでに、父と母は死んでいて、光さんのことで恨まれている雰囲気はあったので」
そして祖母も弱っている節があったので、と白羽は少し顔を俯かせてそう言った。
しかしその願いも虚しく、桃花は満開に咲いた花を眺めながらこの世を去ることになる。花宮家の恨みも、そこから逃れることもできずに、白羽と大きな家を残して飛び立ってしまったのだ。
「祖母は最期に言いました。せめてあの木と運命を共にできれば良かったのに、とどこか霞んだ眼で
だから、と彼女は言葉を繋げた。晴寄は黙ってその顔を見つめ、続きを促す。
「だから、ヒバリに託したかったんです」
その一言は晴寄の胸に疑問を抱かせた。少しだけ、貧しい者のもとに宝石を運ぶ青い鳥がちらついたが、それとはまた違うらしい。
「ヒバリ、というのはあの鳥のことでしょうか? なにか特別な飼い鳥が居たのですか?」
「いえ、祖母はヒバリが好きでした。春を告げる鳥、と言われるヒバリが。
そして、私が言うヒバリというのは、晴寄先生のことです」
白羽の言葉を聞いて、眉を顰めた晴寄は突如自分の名前が呼ばれたことに驚いた。
「私……が?」
「はい、ヒバリの由来は、日に晴れると書いて『日晴り』。だから私は、”晴れに寄る”晴寄先生に桃の枝を頼んだんです」
たったそれだけの理由。彼女は、どんな人間かもしれない男に大事なものを託したくなるほどに、精神が衰弱していたようだ。
しかし、その思いに晴寄はしっかりと答えた。意味も分からず、ではあったが結果的にそうなった。
「ほんとうに、君という人は……」
「はれ……より、せんせ……?」
晴寄は困ったように唇を噛み、そのさらりとした黒髪ごと白羽の頭をその胸に抱いた。ずっと我慢しようとしていた感情がここで爆発する。狂おしいほど愛おしい。好きという気持ちが溢れてたまらなかった。
白羽は晴寄を突き放すこともなく、じっとされるがままになっている。
「『わたしはあなたのとりこ』、僕はどうしても君に伝えたかった。けれど、気持ち悪ければそれで結構です。
あなたと私は八つも離れているのですから」
晴寄が口にしたのは、桃の花言葉であった。
ぴくりと白羽の小さな背中が揺れる。その言葉を、白羽が知らないわけがなかった。
「答えはいつでも構いません。僕の家に住むという話も断ってくださってもいいです。ただ、これだけ伝えさせてください」
晴寄はゆっくりその腕を解き、白羽の涙に濡れる黒い瞳をのぞき込んだ。
「好きです、愛しています」
胸が痛くてそんなありふれた言葉しか出てこなかった。胸が痛くてとめどなく涙が溢れて来た。
一呼吸おいてから晴寄はその涙を自分で拭うと、白羽の体をそっと離し――。
「晴寄せんせ……! 私も、私も……ぉ!」
胸が締め付けられる。白羽を離そうと開いたその腕を、小さなその手がぎゅっと掴んだ。
「私も、好きです! だから、行かないで」
切なさの混じる嘆願。自分を置いていこうとする親鳥を引き留める小鳥のように、白羽は必死の声で晴寄にそう告げた。
無言で身体ごと抱きしめる。
もう離れたくないというように、自分たちの間にある様々な隙間を埋めるように。
あらん限りの力を込めて、壊れないようにと労わりながら。
愛を交わしあった少女と教師はその罪を、幸せを、そっと夕闇のなかに隠した。
どこか物寂しさを訴えて転がった骨壺は、喜びのなかに寂しさを隠し、物陰に潜んでいた川相の足元まで転がっていったのだった。
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