第22話 少しは他人に頼ることを覚えなさい
先の展開は大方読めているが、訊かないわけにもいかず、ルカは不機嫌そうに腕を組んだ。エリアスは上機嫌にワイングラスを掲げた。
「なんでってそりゃあ、決まっているだろう? 面白そうだから着いて行くんだよ」
「……次、ライアン」
「え、俺ですか? エリアス先生に着いてこいって、半ば強引に引っ張られてきました」
「……最後、エマ」
「ライアンに同じくです」
彼らの中でどういうやりとりがあったのかを何となく悟り、ルカは盛大にため息を吐いた。それから至極迷惑そうな顔でエリアスを睨みつけた。
エリアスと言えば、まったく気にした様子もなくへらへらと笑っていたので、近くにある石の彫刻を投げつけてやりたい気分になった。
さすがにルカを怒らせすぎたと思ったのか、エリアスはいささか真面目な顔をすると懐から一枚のカードを出してきた。見せつけるように腕を伸ばすので、ルカは目を凝らしてじっと見つめる。
どこか見覚えのあると思ったそれは、ルカが受け取ったのと同じ、ジュリエット・カタラーニからの招待状だ。
「…………偽造か?」
「君、私のことをなんだと思っているんだい?」
エリアスはけらけらと笑い、浮いている人差し指の先でカードの上をとんとんと叩く。エリアス・クレマンの名が、流れるように美しい字で書かれていた。
「これは正真正銘、マダムから私に宛てられた招待状さ。面倒だから行く気はなかったんだけれど、学院長から君が仕事を受けたと聞いてね。マダムの招待を受けることに決めたわけさ。そういうわけで、今回ばかりは君に止められる筋合いはないよ」
エリアスは勝ち誇ったかのような顔で招待状をひらひらとさせた。ルカは髪をかき乱そうとして、わざわざ時間をかけてセットしたことを思いだし、寸前のところで堪えた。しかし感情は抑えきれなくて思わず口角を下げてしまった。
「ちなみに先生、わたくしも個人的に招待を受けています。カタラーニ家とは家同士のお付き合いがありますもので。……わたくしはどのみち招待を受けるつもりでしたから、先生にお供しようかと思います。アリスさんのこともありますし」
「あ、俺は特に何もないので、エリアス先生の従者って形で連行されるみたいです。問答無用で」
エマとライアンは少し困ったような顔で笑った。どうやら全員が正当な手段でサロンに招かれるらしく、ルカには止めることができない。
「……エマとライアンはともかくおまえ、ほんっとうに邪魔だけはするなよ! 頼むから邪魔だけはするなよ!?」
「あはは、親切心で戦力になってあげようとしただけなのに」
「おまえのは気遣いというより単なる娯楽だろうが! 本当にじっとしていてくれよ。そしてできれば着いてくるな!」
ルカは心の底から懇願するように叫んだ。エリアスはやはり笑っているのでまったく信用ができなかった。
ルカは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、扉の前で棒立ちになっているアリスを呼び寄せた。いつもより動きづらそうにしている彼女に座るように言う。
彼女はソファに腰かける面々に素早く視線を走らせた。少し迷うようなそぶりを見せるがエマを選び、彼女のすぐそばに浅く腰を下ろした。
「……あら」
てっきりジェラールの隣に行くと思っていたのかエマは意外そうに瞬きをした。だが選ばれて嬉しかったのか、はにかみながらそっぽを向く。アリスの方も同性といるのは落ち着くらしく、先ほどと比べるとほっとしたような表情を見せた。
ルカはソファに座る全員が見渡せる位置に立ったまま、革靴で床を鳴らした。
「もういい、わかった。おまえらを止めるのは無理だ」
「ってことは情報も共有してくるってことだよね? いやあ、さすがアレヴィ、嬉しいなあ」
エリアスは楽し気に笑う。ルカはふーっと息を吐くと、順番に記憶をたどっていった。
「……パリの代表的な魔術サロンの開催者ジュリエット・カタラーニが、何者からか狙われている。はっきりとした理由は不明だが、あの女、サロンを中止にするつもりはさらさらない。そこで今夜のサロンでは俺が護衛として雇われた。俺は招待客にまぎれて見張りだ。サロンに招待されているのは約百人。招待客の中に敵が紛れ込んでいてもおかしくない」
ライアンが挙手をした。
「見張っている間、アリスちゃんはどうするんですか?」
「一人にしておくわけにはいかないから、サロンには連れていく。もともと俺のそばでじっとしていてもらうつもりだったが、そうだな――――何かあればライアン、おまえに任せる」
「え、俺ですか?」
指名されたライアンは自分を指さした。こてんと首を傾げる。
「そういうのはエマの方が良くないですか? ほら、俺って戦闘になると全然役に立たないですよ? 何かあった後の治療っていうなら、それこそ俺と一緒にいなくてもいいわけですし」
「いや、というより――――」
そのまま続けようとするが言葉に詰まってしまった。アリスの身体についてどこまで話すべきかわからなかったのだ。
ふと唇を閉じると、事情を把握しているジェラールが制するような視線を投げてきたので、ルカも目だけで返事をした。
「……アリスの身体は、魔力を浴びただけでも魔術を発動させてしまう。それはこの前の事件でおまえが突き止めた答えなんだから、よくわかっているだろう? 万が一のときは、すかさず体内の魔力の流れを調整してやってほしい。いくぶんかマシになるはずだ」
ではなぜ彼女がそのような身体になってしまったのか――――核心まで明かすことはしない。
事情を濁して答えると、ライアンからは素直な返事があった。彼は探るようにルカの目をじっと見つめてくるが、わざわざ隠していることを暴くつもりはないらしく唇は動かさなかった。
代わりに動揺したのはアリスだ。古傷の残っている手首に触れながら視線を逸らした。唇は固く閉ざしているが瞳がすかに揺れている。彼女は過去のことを思いだす時、大抵同じ態度を取った。
すぐ隣に座っているエマが気づいたのか、ぴくりと眉を動かすと、アリスの顔を覗きこんだ。
「……アリスさん?」
「あ……」
アリスは軽く肩を揺らした。
「ご、ごめんなさい」
二言目には謝ってみせるが、エマは首を傾げるだけだった。何に謝られているのかわからなかったのか、唇を薄く開けたままぽかんとしている。
ルカが思うに、エマの反応は自然なものだ。アリス自身何に謝っているのかよくわからないまま謝罪を口にしているのだから。
エマは数回瞬きをしてから、彼女の顔を真っ直ぐに見た。
「顔色が優れませんね。コルセットをきつく締めすぎたのかしら……?」
「大丈夫です。ちょっとだけ苦しいですけど」
「気分が悪くなったら無理をせずにおっしゃってください。それでもサロンに向かう前にコルセットを少し緩めておきましょうか。このままだと食べるのは苦しいでしょうし。先生、支度をするのにお時間いただいてよろしいですか?」
エマは身体をやや前に倒すと、ルカのを方を見た。ルカは落ち着きなく片手を腰にやった。
「ああ……。ひとまず解散、十五分後にここを出発しよう」
エマはアリスに何か耳打ちをすると、彼女の背を押しながら扉の向こうに消えた。
二人を見送ったところで、ルカはずかずかと大股でソファまで近寄り、ジェラールの隣に勢いよく腰を下ろした。身体をさりげなく寄せると、小声でささやきかける。
「――――で、なんで俺の仕事のことをエリアスに漏らしたんだよ」
「アリスがいるんだ、少しでも人手があった方が君もいいだろう」
ジェラールはさも当然のことのように答えた。ルカはやや乱暴に足を組むが、ジェラールは一瞥しただけだった。
「……それに、何でも一人で抱え込もうとするのは君の悪い癖だよ、ルカ。少しは他人に頼ることを覚えなさい」
彼の目元に刻まれた皺が深くなる。ルカは「何だよ、それ」と呟いたが、それ以上何かを言うことはなかった。
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