第14話 一番手っ取り早い方法だよ
「アリス!?」
一拍遅れて、カランと床に転がったのは銃弾だった。
ルカは息を止めたまま目を見張る。天井から伸びる青い光の軌跡が、アリスの腕を真っ直ぐに貫いていた。
アリスは苦痛に顔を歪めると、膝から崩れ落ちた。柔らかな金髪が宙に広がって、赤いリボンがなびいた。アリスの左袖はじわりと赤黒く染まっている。
何が起こったのかはわからないが、彼女は傷を負っている。
見るやいなや、ルカは衝動的に床を蹴っていた。誰よりも早くアリスに駆け寄ろうと足を動かす。しかし半分まで距離を詰めたところでエリアスが大声を上げた。
「止まれ、アレヴィ!」
かつての戦場を思い出させるような声に、ルカはぴたりと動きを止めた。少し冷静になった目でアリスを見る。そしてエリアスの言わんとしていることを理解した。
アリスを中心にして魔法陣が浮かんでいたのだ。白い閃光が魔法陣を巡り輝きを増していく。魔術が発動される前兆だ。
「全員離れろ!」
ルカは指示を出しながら、自身も後ろに飛びのいていた。
とっさの判断で距離を取ることに決めたが、それが正解であったことは着地する前にわかった。魔法陣から何本もの蔦が現れてルカの身体を絡めとろうとしたのだ。
コツンと革靴が床を鳴らす。
蔦は恐ろしい速さで成長しルカを追いかけてきた。逃れるように後ろへ向かって足を動かしながら、ルカは握りしめていたステッキの上部分を一気に引っ張った。
ステッキの上下が分離して、中から鈍く銀色に光る刃が現れる。
万が一のために常備しているステッキ・ソードだ。握った指先から魔力を流しこむと刃がわずかに赤みを帯びた。
「……っ!」
蔦が腕に絡まるという寸前で刃を横に振るう。蔦はぶつんと音を立てて切れた。
「先生、結界を張るのでそのまま後ろに下がってきてください! 早く!」
「ああ!」
背中は向けないよう後ろ向きに下がり、ライアンやエマのすぐ前で足を止める。二人を庇うように立ちふさがり、次々に伸びてくる蔦を切り伏せながらエリアスを待った。
エリアスは全速力で走りながらも、器用に蔦を避けていた。
「死ぬ、これ無理だ、死ぬ!」
「いいからさっさと来い、エリアス! 本当に死ぬぞ!」
エリアスは大量の蔦を引き連れながらもルカの背後に転がり込んできた。彼が間合いから抜けたのを見計らって剣を薙ぎ払い、蔦をまとめて切り捨てる。
一瞬だけ視界が開けたが、蔦は驚異的な速さで伸びてまた向かってくる。視界に入ったものから順番に断ち切るがきりがない。
「ライアン、詠唱を!」
「はい!」
威勢のいい返事とともに、ライアンが前に躍り出た。皺の寄った革靴で床に一本線を引きながら、詠唱を口にする。ダークブラウンの瞳は真っ直ぐアリスの方を見据えていた。
「断絶は時として災厄を阻む盾となる。故に我は空間を分かち、永遠の隔絶を望んだ。この力は愛すべきものを守護するために。すべての敵意ある者らから我を守れ!」
詠唱が終わると、ライアンが靴で引いた線に沿うように壁ができていた。すでにこちら側へ入りこんでいた蔦の先は無慈悲に切断されぽとりと床に落ちた。しばらくはうねうねと動いていたが、魔力を使い果たすと粒子となって空気に溶ける。
「詠唱の省略……四節詠唱か。腕を上げたな、ライアン」
ライアンは結界を維持するのに必死になっているので、ルカは声だけかけて背を向けた。少し離れたところで戦況を見守っていたエマは口を閉ざし様子を伺っている。
彼女の近くで膝に手を突き、ぜえぜえと呼吸を荒げているエリアスは疲れ切った顔をしていた。
「ひ、酷い目にあった……」
エリアスは顔を上げてルカを見た。
「アレヴィ。何なんだあれは。彼女が魔術師じゃないなんてとんでもない、大魔術じゃないか」
「……悪いがこちらにも事情がある。詳しいことは話せない」
「ふうん……。学院長からの依頼だろうから深入りはしないけれどさ、君は一体どうするつもりなんだい?」
エリアスは深呼吸した。
「あれだけ魔術を暴走させている彼女を、放っておくわけにはいかないだろう。手段はいくつか考えられるけれど、どれを取る?」
エリアスは額に浮かんでいた汗を拭いとると、上半身を起こしてアリスの方を見遣った。
距離にして約五十メートル。さほど距離はないというのに、生い茂る蔦のせいでアリスの姿はもう見えない。ルカは剣先を床に向けたまま黙りこんだ。
この状況を放置できないということは、ルカにもわかっていた。
アリスの魔術は止まることを知らず、放たれる魔力は一秒ごとに増大し続けている。このまま地下室ごと破壊してしまうのも時間の問題だ。取り返しがつかなくなる前に動かなければならない。
だがルカは戸惑うように足をわずかに引く。打開するための手段がいくつかあることと、そのうち最も効率的なものが残酷な手段であることがわかっていたからだ。
ルカは肯定も否定もできなかった。それでも時間は刻一刻と迫ってくる。エリアスは答えを促すように淡々と問いかけてきた。
「あの……」
ルカの返事を遮るようにエマが恐る恐る声をあげる。
「手段とはどういったものなのでしょうか」
疑問を口にしたエマの頬は強張っていた。緊迫した空気を敏感に感じ取っているのか、不安そうに眉を下げている。彼女の疑問に答えたのはエリアスだった。
「まあ大きく分けて三つだね。一つ目はとても単純だ。彼女の魔力が尽きてしまうをひたすら待つ。こちらは時間が来るまで耐久していればいいだけだからわかりやすい」
「……ただし今回は無駄だ。あいつの魔力は底なしなんだ、待ったところで尽きることはない」
「ってことらしいから却下。二つ目、何らかの方法で、魔術を阻害する」
エリアスは指をくるくると回す。
「アレヴィの言い分を信じるなら、彼女は魔術師ではない。エマちゃん、君も彼女が攻撃を受けたところは見ていただろう? おそらくあの時、何者かによって体内に魔術式を押し込まれたんだ。つまり――――」
エマははっとした顔でエリアスを見た。
「この魔術を発動させているのは他人?」
「ウィ。彼女は対価として魔力を無理やり使われているだけ。……だからこそ余計にややこしい。魔術を阻害するということは原理を分析しなければならないからね。こんな状況でここにはいない他人の魔術を分析なんて、勘弁してくれと言いたいよ。あまりにも長丁場だ」
「とても難しいということはわたくしでもわかります。では三つ目は?」
「うん、この中では一番手っ取り早い方法だよ」
ようやく見えてきた希望にエマは期待するようにエリアスを見た。一方でルカは視線を逸らし苦しげに口元を歪める。
エリアスは笑みを絶やさないままで言った。
「彼女ごと殺す。そうすれば魔力も途絶えてすべて解決さ」
エリアスは何でもないことのように言ったが、冗談ではないことは表情を見ればすぐにわかった。目の奥はまったく笑っていなかったのだ。エマの顔はわかりやすく凍り付いていた。
エリアスはルカと違い、魔術師としてごくまともな道を進んできたような男だった。
彼の判断は魔術師として限りなく正解に近いもので、ルカは何も言えないままでいた。その手段を真正面から拒絶できるほど甘い状況ではなかったのだ。元教師としてエマやライアンを危険に巻き込むわけにはいかなかった。
足踏みを続けるルカに代わり、彼女は足を前に出してエリアスとの距離を詰めた。顎を上げるとエリアスをきっと睨みつける。
ヘーゼルの鋭い眼光は、堪えようのない怒りに満ちていた。
「わたしく、あえて言います。……冗談でしょう?」
「君もアレヴィに似て優しい魔術師だ。いいかいエマ、私は冗談なんて言ったつもりはない。この場で一番安全な方法を取るだけさ。私には君たち生徒を守る義務もあるしね」
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