第13話 ただの元同僚だ
階段を降りきったルカたちは、塔の地下へと向かった。特別な詠唱がなければ立ち入れない秘密の入り口をくぐると、石造りの階段が続いていた。
人がすれ違えないほど狭い通路を抜ける。行き当たりには扉があって、鉄製の取っ手を引いて開ける。一足先に地下室に入ったルカは振り返って、残りが入ってくるのを待った。
ルカのすぐ後ろにいたエマが、ドレスの裾を持ち上げながら最後の一段を降り、次に強張った顔で誰よりも慎重に足を出しているアリスが部屋に入った。
「はあ、やっと広いところに出れましたね……」
アリスに続いて地下室に入ったライアンは、解放感のままに伸びをした。ぐーっと腕を天井に伸ばしてすっきりしたのか、一気に脱力する。そしてだだっ広い空間である地下室を、興味深そうな目できょろきょろと見回した。
地下室はぽっかりと開いた大穴のようで、天井の形も歪だ。
部屋の中央の床には巨大な魔法陣が描かれていて、両手を伸ばしても端から端までは届かないほどだ。この魔法陣を囲むように三つの小さな魔法陣が円状に配置されている。小さな魔法陣の中心はキラキラと光っていた。
一通り観察が終わったのか、エマとライアンがルカの顔を見た。
「ここは学院の結界を制御している部屋だ。今回おまえたちは俺の助手という形で連れて来たが、生徒の身分で入れるのは相当レアだ。奥の床にひと際大きい魔法陣が見えるな?」
「ええ。図柄からして、あれが直接結界を張っている魔法陣ですね?」
「よろしい」
「ということはあれを修理するのでしょうか?」
ルカは首を振った。
「あれは俺と何も関係がない。俺の管轄外だ。周りにある魔法陣の方を見てみろ。中央に何かあるのがわかるか?」
ルカが一番手前にある魔法陣を指さしたので、ライアンは指先を辿って目を凝らした。
「んん……? 鉱石、ですかね。埋め込まれているように見えますけど……。もしかして先生の作った魔術具ですか?」
「ああ」
正解だと示すように頷いた。それ以上の詳細は口にしないが、周囲にある浮かぶ魔法陣が中央にある魔法陣を調整するという仕組みだ。
もともと調整は魔術師たちの手によって行われていたが、ルカの魔術具によって、人の手がなくとも自動的に調整できるシステムが完成したのだ。後は時々魔力を流しにくるだけで結界が維持できる。
ルカは三つの魔法陣を順番に見た。
「それでエリアス、魔術具の不具合というのは、具体的にどういうことなんだ?」
「うーん、それがねえ。時々結界が不安定になるんだよね」
「結界が? それは学院にとっても死活問題じゃないか!」
驚きから声が大きくなる。結界は魔術師と一般人を区別するためにあるものだが、外部からの攻撃を防ぐためといのも立派な理由だ。思いのほか深刻な事情にエリアスは顎に手をやった。
「といってもほんの一瞬だからそれほど支障はなかったんだよ。けれど最近一般人が迷い込んでしまってね。記憶は操作できたから大事に至らなかったが、これはまずいということになって、本格的な調査が始まったのさ。最初は魔法陣そのものに何かあるんじゃないかって話になって、だいぶ調べたけれど異常は見つからなかった。それで次は君の魔術具に問題があるんじゃないか、ということになって――――君が今ここに呼び出されたわけだ」
「つまり何か明確に不具合があったわけではないのか」
「そうだよ。不具合の疑いあり、だ」
概ねの事情を把握したルカはステッキを手にしたまま前に進み出た。ローブからしっかりと両腕を出して、一番手前の魔法陣へと近づいた。白線の際に立って中心の鉱石を見下ろすと影ってきらめきを失う。
この魔術具は結界の強度を調整するためのもので、本当にルカの魔術具が原因なのだとしたら、ここに問題があると睨んでいた。
見ているだけでは何もわからない。魔術具を取り外さないことには何も始まらず、ルカはゆっくりとしゃがみこんだ。魔法陣にローブの裾がふわりと広がった。
「ねえアレヴィ、それを取り外すにはかなりの対価が必要じゃなかったかな」
遠くで眺めているエリアスが声を上げた。返事も待つことなく、彼は隣に立っているエマを振り返った。
「エマちゃん、手伝ってあげなさい。君なら体内の魔力だけで十分事足りるよ」
指名を受けたエマは「承りました」とだけ言って魔法陣の中へ入って来た。ルカは顔を上げる。そういえば彼らを連れて来たのだから、最初からそうしていればよかったのだ。
「ライアンもこっちに来てくれるか。アリスは……あまりこちらに近づくな、危ないから」
アリスは足音を立てないように静かに下がると、扉の前でぴたりと身体を止めた。十分距離が取れていることを確かめてから、ルカは再び魔法陣に向き直った。エマに次の指示を出そうとしたところで、エリアスが不満げに口を曲げた。
「ねえ、私は? 私だけ何も言われていないんだけれど?」
「いや、おまえは適当に自分で動いてくれよ。つうか、ゆっくりしたいとか言ってなかったか?」
「それでも私のことだけ無視するのはいただけないと思うんだよねえ。私たちは親友だろ?」
「ただの元同僚だ」
きっぱり言い切ると、彼は酷いだの冷たいだの、駄々をこねるように言った。この場で誰よりも子どもらしく振舞う彼に、ルカは思わず顔をしかめた。仲介役とは言え彼を連れてきたのは間違いだったかもしれない。
仕方なしに振り返り、眉間に皺を寄せた顔を見せてやれば、エリアスは不機嫌さなどさっぱり忘れて面白そうに笑った。そういうところが気に食わないのだ
「エリアス、おまえはその辺に座って小石でも拾って――――」
ため息まじりに言おうとしたとき、どこかで音がした。
パン、と何かが破裂したような音だった。空耳だったかもしれないと思うくらい、かすかに響いただけだったが、ルカもエリアスも同時に天井を見上げていた。
結界が揺らぎを見せる――――外部からの攻撃だと確信したのは次の瞬間だった。
「――――うあっ⁉」
遠くで引きつるような悲鳴が上がった。視界の端でアリスの身体が衝撃に揺れていた。
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