第25話 ケダモノたちの誘い

玲子とのHKLが定着したある日の慎一の会社。

 

電話や話し声で活気のある事務所の中に慎一のデスクがある。


「槇野さん、興梠様から1番に電話です。」


「ありがとう!」


慎一は、点滅している外線1番のボタンを押す。


「お待たせいたしました。

 槇野です。

 いつもお世話になっております。」


笑顔と快活な声で電話応対する慎一。


電話を取り次いだ女性社員が隣の席の同僚に話しかける。


「ねえ、最近、槇野さんて感じよくなったんじゃない?」


「そうそう、服装も髪型も、なんて言うのかな、垢抜けたというか、前の様なやぼったさがなくなったし、何よりも、いつもニコニコして話しかけてくれて、すごく感じよくなったね。」


「そうなのよね。

 わからないことは丁寧に答えてくれるし、話も面白いのよね。

 笑顔も意外といけてるし、今度、飲みに誘ってみようよ。」


「だめよ。

 噂じゃ、彼女がいるみたいよ。」


「ええー!

 だから、あんなに溌剌としているの?

 きっと、素敵な彼女なのね。」


「本当。

 見てみたいわ。」


電話が終わると慎一は上司の堀に呼ばれる。


「槇野。

 今の電話は興梠さんか?」


「はい。

 今度の試験の物品手配の件で確認したいと。」


「そうか。

 そうそう、興梠さん、お前の事褒めていたぞ。

 まえは、何となく頼りなかったのに、今はグイグイと一緒になってやってくれるとな。」


堀はニコニコしながら慎一に話しかける。


「ありがとうございます。」


「で、話は、この前打ち合わせに行ったブッフバルト語学学院の試験の件で、担当の木戸さんがお前の事を気に入ったみたいで、是非、契約を前提にもう一度話がしたいそうだ。

 明後日とか空いているか?」


「ええ、午後2時以降でしたら大丈夫です。」


「わかった。

 じゃあ、先方に連絡しておくから。」


「はい、お願いします」


堀は笑顔で慎一を見ながら話しかける。


「お前、本当に最近変わったよな。

 なんか、こう明るく活発になったというのかな。

 お客さんの評判も良いし、頑張ってくれよな。」


「はい、ありがとうございます」


慎一は頭を掻きながら、照れたように笑い、答える。


「それに、そろそろ主任という立場になってもおかしくないな。

 秋の人事異動、考えているから気合を入れて頑張ってくれ。」


「はい。」


慎一は、堀に深々とお辞儀をして机に戻る。


机の上には、新しく入れなおしたコーヒーが湯気を立てていて、少し離れた席の事務担当の女性が笑顔で手を振っていた。


最近では、男女問わず、社員から気軽に声をかけられるようになり、また、上司や客先とも自分の意見を言うと受け入れられるようになり、慎一は初めて仕事で充実感を覚え始めていた。



「玲子、どうなの?

 順調?」


「あ、お姉さま。

 いらしていたのですね。」


玲子が大学から帰ると、居間から華子に声をかけられる。


「うん。

 玲子がどうしたかなと思って。

 その後、彼氏とはうまく行っているみたいね。」


「え?

 ええ…」


玲子は突然のことで答えに窮する。


「恋する乙女の顔をしているわよ。

 その分だと、十分、進んでいるわね。」


華子は玲子の顔を見てニヤリと笑う。


「は、はい。」


「いいわよ。

 無理に緊張しなくても。

 それより、いよいよ期限は来月よ。

 例の件、ちゃんとお願いね。

 こっちは準備できているから。

 あと、あっちの方は、うまくごまかすから。」


最後のひと言では、華子は真顔になる。


「あなたのためでもあるのだから、くれぐれもお願いね」


「はい、お姉さま」


玲子も、それに触発されたように背筋を伸ばし、緊張した顔で答えた。



大学は新学年に入り、活気を帯びて来ていた。


大学内に限らず、大学の垣根を超えた繋がりに若い男女は心を躍らす。


菅山太一もその一人。


菅山は、横浜市内にある私立大学の学生で、学業よりも女遊びに夢中な男だった。


「この女、美人でガードが固そうなのにヤリマン女なんだって?」


菅山は、友人のインスタグラムにアップされている写真を、涎をたらしそうな顔でしていた。


写真には、菅山の友人の男と一緒に微笑んでいる玲子が写っていた。


玲子は、本人の意思とは裏腹に、頼まれたら断れない八方美人の面があり、一緒に写真をと言われると、断れなかった。


綺麗で、どこか気品がある玲子は男子学生に好かれ、一緒に写真を撮ってインスタグラムアップすると、インスタ映えすることもあり、ゼミ仲間からその友人と、多数の男子学生から頼まれ、一緒に写真を撮り、本人の気が付かないうちに、結構な範囲でネットに出回っていた。


ただ、男子学生たちは、玲子を前にしては気後れし、交際を申し込むことが出来ず、その反動で、玲子のことを男癖の悪い女という噂話を拡散させ憂さを晴らしていた。


玲子自身は、インスタグラムなどに興味がなく、また、エゴサーチする性格でもなかったので、ネット上に広がっている自分の噂を知る由もなかった。


「ああ、こう見えても、男を“とっかえひっかえ”みたいだぜ。

 あっちこっちのインスタにいろいろな男と撮っている写真が上がっているし。

 でも、お高く留まっていて、男の好みも結構高いってさ」


菅山の友人で、学部は違うが玲奈と同じ大学に通っている石田が軽蔑するかのように眉に皺を寄せて言う。


「ふーん。

 でもさ、一度、こういう女とやりたいなと思っていたんだよ。

 なあ、合コンの設定、できないかな?」


菅山は石田のスマホの中で微笑んでいる玲子を厭らしい目で見ながら話しかける。


「また、お前。

 この前の女はどうしたんだよ。」


「え?

 ああ、あれか。

 飽きたから後輩に譲った。」


「あの娘も結構いけてたじゃん。」


「でも、結構人のことを縛りたがってさ、俺になんだかんだ要求してきたから、嫌気がさしちまったんだ。」


菅山は、美形で話しも面白く、女性にもてるタイプで、今までに付き合った女性は高校生から大学、社会人と手が4本あってもたりなないくらいの数と付き合ってきたプレイボーイだった。


「今度、いい娘、紹介してやるからさ。

 この女と合コンの設定してよ。」


「いい娘って、お前のお古だろ?」


「いいじゃんかよ。

 いやなら、俺が手を付けていない娘を紹介するからさ。」


「ほんとか?

 でも、手を付けていないって言うのは、こんなんじゃないのか?」


石田が人差し指で自分の鼻を持ち上げて見せる。


「そんなひどくねえよ。

 ひょっとして、俺のこと疑っている?」


菅山が凄んで見せる。


「わ、わかったよ。

 俺のダチが同じ学部で、顔見知りだから言ってやるよ。

 ちょうどこの前、麻雀でそいつにジャン勝ちしてさ、俺に多額の借金しているから、借金の肩にちょっと話をつけてやるよ。」


「頼んだぜ。」


菅山は、ニヤニヤした顔で言った。


菅山と石田が玲子との合コンの話をした翌週の週末。


横浜駅西口からビブレを通り過ぎ、少し離れたところの喫茶店に、若い男が4名と玲子の姿があった。


玲子は今の研究テーマについて、他大学の学生と意見交換会があり一緒に参加してくれないかと杉浦という同じゼミの男子に頼まれていた。

食事をしながらということだったが、玲子自身は、アルコールには弱く、外でアルコールは飲まないと合コンなどの誘いをすべて断っていた。


しかし、合コンではなく意見交換会で食事会ということなので、最初だけいてくれればいいと杉浦に頭を下げられたので渋々参加していた。


「あら?

 女性の方も参加するはずでは?」


玲子は、全て男性だったので不審な声を上げる。


「ああ、ごめん。

 女子は二人参加する予定なんだけど、少し遅れるから先に始めていてと連絡があったんだ。」


「そうなんですか。」


菅山たちは、皆、勉強家で誠実そうな顔をして、服装も浮ついたところがなく普通の服装をしていたので、玲子は警戒心を少し解いていた


そして一通り自己紹介をすると菅山が口を開く。


「ところで、今日のお店なんだけど、色々な種類の美味しいカクテルや、料理があるんだ。

 曽我野さん、どんなカクテルが好きなの?」


「いえ、私は、アルコールが苦手で、飲めないのです。」


「ええ?

 少しくらいは大丈夫なんだろ?」


横から、石田が口を挟む。


「ごめんなさい。

 全くダメで、飲み会はお断りしています。」


「そうなんだ。」


(おい)


菅山が、石田に目配りする。


すると、石田は頷き、玲子を直接誘った杉浦に目配せすると、杉浦は、頷くとおどおどした様子で席を立つ。


「?」


玲子が訝しそうに杉浦を見る。


「曽我野、悪い。

 ちょっと休養が出来て。

 親父が怪我したって、さっきお袋から電話があったんだ」


「え?

 さっきって、そんなこと言っていなかったじゃない。」


「そうなんだけど、ここに入るほんの少し前。

 メールがあってさ。

 すぐに女子が来るって言うからいいだろ。」


「ちょっと待って。

 そんなこと言っても、初対面だし…。」


玲子と杉浦が話をしている間、国母が玲子の目を盗み、玲子の水とコーヒーに粉末の睡眠薬を入れる。

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