第26話 追っ手

玲子と杉浦が喫茶店に入ってくる数時間前、国母と石田、そしてもう一人の男の江田野と3人で顔を突き合わせていた。


「どうせ他に女が来ないから、怪しまれる前に、とっとと始めるぞ。」


「じゃあ。」


「ああ、知り合いの医大生から融通してもらったこいつを乾杯のカクテルの中に入れて飲ませりゃ、すぐに、夢の中だよ。

 眠り始めて3時間は、何しても起きないって代物だよ」


菅山はにやにやしながら、カプセルをポケットから取り出す。


カプセルの中は粉状の睡眠薬が入っていた。


「何しても?」


「ああ、何してもだ。

 だから眠り始めたら、すぐに手配してあるホテルの連れ込んで、タップリ楽しませてもらって、次の日は何食わぬ顔でご機嫌伺いってさ。」


「でも、一回こっきりだろ?」


「あほか。

 気持良かったら、『何度でも』に決まっているだろ。

 また、お膳立てしてもいいし、いざとなったらビデオに撮って脅してもいいじゃん。」


「そ、そうだよな」


江田野が興奮したような声を出す。


「おいおい、がっつくなよ。

 そんながっついた顔をしていたら、警戒されるだろ。

 俺らは真面目な大学生なんだから。」


「でもさ、杉浦に聞いたんだけど、アルコールは飲まないらしいぞ。」


「なら、ここで、コーヒーや水に混ぜて飲ませちゃえ。

 森はちゃんと車で待機しているんだろ?」


「ああ、あいつ頭悪くて何言っているかわからないやつだけど、レスラーみたいな体していて、腕力はあるし、言うことは良く聞くからな。

 外のワンボックスカーで待機させているよ。」


「なら、いいや。

 ほら、どんなにちっさい奴でも、寝ちまうと滅茶苦茶重くなるじゃん。

 まあ、森の腕力なら抱えて連れていけるからな。」


「今夜は、こいつを抱けるのか」


石田は自分のスマホに入っている玲子の写真を見ながら顔を崩す。


「おい、お前、もうおっ立っているぜ。

 それに、最初は俺だからな。」


菅山が石田の頭を叩く。


「わかっているよ」


横で、江田野がニヤニヤしながら菅山と石田のやり取りを聞いていた。


「で、邪魔な男は?」


「ああ、杉浦か?

 大丈夫。

 合図したら消えろとよく言いきかせてあるから。」


石田が笑って答えた。




その会話通り、杉浦は訝しがる玲子を置いて、喫茶店を出て行った。


「曽我野さん、大丈夫だよ。

 すぐに、他の女子が来るから。

 今しがた、連絡があって、今、横浜駅からこっちに向かっているって。」


石田が優しそうな声で玲子に話しかける。


「そうですか」


玲子は緊張してか、喉が渇き、睡眠薬の入った水を一口飲み込む。


それを見ていた菅山たちが、何かそわそわし始めたことを玲子は感じた。


(なに?

 なにかしたの?)


少しして玲子はふと目眩に襲われる。


(まさか、何か飲まされた…)


本能的に身の危険を感じて、玲子は立ち上る。


「ごめんなさい。

 ちょっと、おトイレに行ってきます」


だんだんと目眩が酷くなってきたのを菅山たちに感じさせないように、玲子はしっかりした歩調でトイレに入って行った。


「おい、薬効いていないんじゃないか?

 本当に即効性なのか?」


石田が心配そうな顔で菅山を見る。


「そんなことねえよ。

 飲んだ量が少なかったから、薬のまわりが遅いんだろ。

 でも、少しの量でも良く効く代物だから、今頃、トイレの中でくらくらよ。

 少しして、出てこなかったら店員呼んで見に行けよ」


「わ、わかったよ」


石田は玲子が立ち上がった時に嗅いだ玲子の香りに興奮していた。


一方、玲子はトイレに行くと見せかけて、そっと店の外に逃げ出したが、目眩と眠気が酷く、足元がおぼつかなかった。


(ともかく、お店から離れないと。

 あの人たちに見つかったら、何をされるかわからない…)


玲子の頭の中は霧がかかり始め、警察を呼んで保護してもらおうということすら思いつかなかった。


(そうだ…。

 慎一さんに助けて…もらおう…。)


玲子は朦朧とする頭で電話ではなく必死にメールを開き、『助けて』のひと言だけ打ち込むと、慎一にメールする。


(それと…、居場所がわかるアプリをオンに…しなくっちゃ…)


スマホを取り出し位置情報のアプリをオンにしようとしても、視界もぼやけてきて、普段ならものの数秒で済む操作が何分かかっても上手く操作できない。


途中、メールを見た慎一からの着信も気づかずに、通話を切ってしまう。


そして、アプリを開いて操作したが、実は、位置情報はオンにしていたのを忘れ、逆にオフにしてしまったことに玲子は気が付いていなかった。


(どこか…隠れない…と…)


玲子は位置情報で慎一が捜し出してくれるものと信じ、最後の力を振り絞って、どこか隠れるところを探し、横浜の駅とは逆に橋を渡り、浅間下の方によろよろと彷徨って行く。


そのころ菅山たちは、一向に席に戻ってこない玲子に騒ぎ始める。


「おい、トイレで倒れているんじゃないか?

 石田、店員呼んで見て来い。」


「わかったよ。」


石田は渋々席と立ち、店員を呼び止め、女子トイレを見に行くと、すぐに、慌てた様子で戻って来る。


「どうした?」


「逃げた!

 トイレにいねえよ。」


「ちっ。

 勘のいい女だな。

 おい、薬は飲んでいるんだ、近くで倒れているかもしれねえ。

 探すぞ」


「おお。」


三人は喫茶店を飛び出し、店の少し離れたところに停めてあるワンボックスカーに近寄る。


「おい、森。

 喫茶店から女一人、出てこなかったか?」


石田が、運転席に座っている巨体の男に声をかけた。


「え?

 ああ、出て来た。」


「てめえ、何ですぐに知らせないんだよ。

 この役立たず!」


石田に叱責され森は泣きそうな顔をする。


「まあまあ、石田。

 こいつ、玲子のこと知らないんだろ

 それより、その女、どっちの方に行った?」


菅山が割って入り、玲子の逃げた方向を森に尋ねると、「あっち」と、森は玲子の逃げた方向を指さす。


指差した方向には大通りがあった。


「ちっ。

 どっちに行ったか覚えているか?」


「うん。

 綺麗なねーちゃんで、ふらふらしていたからずっと見ていた。

 右の方に曲がって行ったよ。」


「浅間下の方か。

 おい、追うぞ。」


菅山たちは、車に乗り込み玲子の逃げた後を追う。


大通りを浅間下の交差点まで走らせたが、道沿いには玲子の姿はなかった。


「もっと先か?」


「いや、薬が効いているから、そんなに歩けないはずだ。

 きっと脇道に入ったんだろう。

 車を降りて探すぞ。」


「おう」


菅山、石田、江田野の3人は交差点で車から降り、戻りながら路地に入って行く。


10分位して菅山はビルの塀の陰に座り込んでいる玲子を見つける。


「おい、ここに居たぞ!」


玲子の耳には、菅山の声がうっすらと聞こえて、自分が見つかったことを知った。


(慎一…さん…、助け…て…)


玲子の耳には走り寄って来る足音が聞えていた。



「あっ!」


玲子が目を醒ましたのは、見覚えのある部屋のベッドの上だった。


(ここは、慎一さんの部屋?)


部屋の電気はこうこうと点いていたが、時間は夜中の3時だった。


玲子は上半身を起こすと、まだ、頭はくらくらしていた。


(私は一体…。

 そうだ、意見交換会と称して集まった男の人に睡眠薬のようなものを飲まされ、逃げていたんだ。

 でも、なんで慎一さんの部屋に…。

 慎一さんに、“助けて”ってメールして位置情報を知らせるアプリをオンにして。

 それで、慎一さんに助けられた?)


着衣の乱れもなく、頭がふらつくだけで、身体に痛みも何もないことから、辱めを受けていないことがわかり、玲子はほっとした。


(でも、慎一さんは?)


玲子がキョロキョロを見回すと、ベッドの横で慎一がベッドに寄りかかり、脚を丸めて蹲って寝ているのが見えた。


「慎一さん?!」


思わず玲子が慎一の名前を呼ぶ。


その玲子の声に飛び上がるように慎一は目を醒まし、玲子の方を向いた。


「レイレイ、目を醒ましたか。

 大丈夫か?

 気持ち悪いとか、どこか痛いところないか?」


慎一の優しい声に玲子は気が緩んだのか、涙で慎一の顔が歪んで見えた。


「うん。

 まだ、頭がフラフラするけど、大丈夫。

 慎一さんが助けてくれたの?」


「ああ。

 でも、正確に言うと、玲奈達の手も借りたけど。」


「玲奈さん?

 あ!

 慎一さん、顔!!」


慎一の片方の頬が赤く腫れていた。


「え?

 ああ、これ?

 ちょっと揉み合って…」



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