第21話 傘をさして行こう
翌日に日曜日。
珍しく朝から雨模様。
それにも関わらず、玲子は7時30分頃に慎一のマンションにやって来る。
「慎一さん、おはようございます。」
「おはよう、レイレイ。
今日も早いね。」
「また、そう呼ぶ。
玲子ですって。」
玲子は苦笑いする。
慎一も早くから目が覚めていたのか、服に着替えていた。
「そうそう。
あのさぁ。」
「?」
もじもじと何かを言いたそうだが、口籠る慎一を見て、玲子はピンとくる。
「大丈夫ですよ。
でも、今日は匂いだけで勘弁してくださいね。」
玲子は思わず口を滑らせ、顔を赤らめる。
「おー!
それで、十分だ」
慎一は上目使いで恥ずかしそうにしている玲子を抱きしめて、その唇に唇を重ねる。
そして、しばらく舌を絡め合うと、首筋に顔を埋め、玲子の香りを吸い込むように息を吸い込む。
「慎一さん、くすぐったい。
あん、もう」
慎一さん玲子の首筋を吸ったり、舌でくすぐる。
「も、もう。
変な気分になっちゃいますよー。
ごはんにしましょう。」
「もう少し…」
「だぁめ!
また、後で」
玲子は、また、口を滑らせしまったと言う顔する。
「わかった。
また、後で。」
「慎一さん…」
今日は勘弁してねとダメを押そうとして、玲子は言葉を
(大丈夫かも…)
玲子は、慎一に抱きしめられて女性の奥が熱くなるのを感じていた。
慎一から解放されると、少し残念な気分になりながら、玲子は持ってきた袋からおにぎりの入ったタッパーとおかずが入っているタッパー、それに生卵の入っているケースを取り出す。
卵の入っているケースは、プラスチック製ではなく紙のような素材でシールにはスーパーでは見かけない銘柄が書かれていて、如何にも高級そうな卵だった。
「この卵、いつも家で食べている卵です。
慎一さん用にワンパック多目に頼んで持って来ちゃった。
卵焼き、温かいのを食べてもらいたくて。
残った卵は、平日、食べてくださいね。」
そう言いながら玲子はボールを取り出し、卵を割って調味料を入れて、手際よくかき混ぜ、それからフライパンを取り出し火をつけると、溶いた卵を入れて卵焼きを作り始める。
丸型のフライパンで器用に四角い形で均等な幅で作っていく玲子を、慎一は感心しながら見ていた。
「なにか変ですか?」
「いや、その逆で、上手に作るなって。」
「あら、このくらいは、普通の子なら誰でも作れますよ。」
「ふーん」
(絶対に違うと思う)
さらりと言い流す玲子の顔を見ながら、慎一は思った。
玲子は卵焼きを作りながら、キャベツを使ってお味噌汁も作った。
ただし、スーパーで買った味噌は、味が濃過ぎて塩辛いと、玲子を悩ましていた。
「慎一さん、ごめんなさい。
お味噌汁が上手に出来なくて」
朝食の準備ができて、テーブルに並べながら玲子ちゃん済まなそうに言う。
「え?
美味そうないい匂いがしているけど。」
「家のお味噌と違って塩辛い味噌なの。
家で使っているのは、麹がしっかりしていて味も塩辛くないんです。
だから、家の味が出せなくて。
いろいろ試してみたのですが、やはり美味しくできなくて…」
玲子は悲しそうな顔をして見せる。
「へえー?!
飲んでみていい?」
「はい」
「いただきます。」
慎一は味噌汁を一口飲んでみる。
味噌汁は今までに飲んだことのないような美味しいものだった。
「美味い!!
こんな美味い味噌汁、飲んだことないよ。」
それはお世辞でもなんでもない素直な感想だった。
「よかった。
でも、今度、家からお味噌を持って来ますね。」
玲子を嬉しそうに答える。
(だけど、 レイレイが持ってきた卵、聞いたけどスーパーの卵の倍以上の値段がするんだよな。
きっと味噌も高いんだろうな。
この子と結婚したら、エンゲル係数は、どのくらい跳ね上がるのか。
俺の給料じゃ、食べさせていけないかな。)
慎一は深刻に考えたが、おにぎりや卵焼きを食べ始めると、あまりの美味しさに食べることに夢中になって考えていた心配事を忘れてしまう。
朝食の至福の時間を過ごした後、玲子は部屋の中の片付け。
前日に慎一が大掃除したのにも関わらず、結構、ゴミが出て、慎一を閉口させる。
「掃除の仕方ですよ。
でも、片付けてあったので、楽でした。」
慰めにも似た玲子の言葉に、少し自信を取り戻す。
「今日は、生憎の雨ですね。
お昼のものを近くのスーパーに行って、何か買ってきます。」
玲子はコートに手を掛ける。
「俺も行くよ。」
「慎一さんは、お仕事疲れがあるから、休んでいないと駄目ですよ。」
「いや、折角レイレイがいるんだから、一緒にいる時間が多い方がいい。」
「そうですか?」
そう言いながら、玲子はまんざらではない顔をする。
外に出ると雨はほとんど上がっていて、傘をさすほどではなかった。
「慎一さん、傘をさしてね。」
「え?
傘なんかいらないよ。」
「いいの。
傘をさして。」
「はい、はい」
なんのことだか、わからずに傘をさす慎一。
その傘をさす慎一の腕に、玲子は自分の腕をそっと添える。
「相合い傘。
一度、やつてみたかったの」
無邪気な笑顔を見せる玲子に、慎一の胸は否が応でも高鳴る。
二人は寄り添うように楽しそうに話しをしながら歩いて行く。
「お昼、何にしますか?」
スーパーに入ると籠を持つ慎一の横で玲子が尋ねる。
「そうだなぁ。
ラーメンなんかどう?」
「いいですけど、時間がかかりますよ。」
「え?
なんで?」
慎一は怪訝な顔をする。
「鶏ガラを買って、最低でも2時間くらい煮込んで、スープを取ります。
豚肩ロースのブロックを下準備してから、煮込んでチャーシューを作ります。
あ、何味が良いですか?」
「醤油かな…」
「じゃあ、醤油ダレを作らないと。
あと、スープを取るお野菜と、ラーメンにつけ合わせる香味野菜も用意しなくては!」
「ちょ、ちょっと待て、ちょっと待て、おねーさんっと。」
慎一は、慌てて玲子を止める。
「?」
「い、いや。
個人的には、物凄く食べてみたいけど、話を聞いていると、食べれるのは真夜中になりそうで、それまでにお腹空きすぎて倒れそうだから、今日はある程度、出来たものにしよう。」
「出来たもの?」
「ああ、うちら庶民にとって、家で食べるラーメンと言えば、インスタントラーメンか、生ラーメンのどちらかが主流なんだよ。
まあ、一人暮らしなら、インスタントのカップ麺か袋麺のどちらかだな。」
「カップ麺?
袋麺?」
玲子は不思議そうな顔をする。
「見たこと…
ええーい、百聞は一見にしかずだ。
あそこに行こう。」
そう言うと慎一は玲子の腕をとって、インスタントラーメンの棚に連れて行く。
「す、すごい!
これ、みんなラーメンなのですか?」
棚に陳列されているカップ麺を見て、玲子は驚きの声を上げる。
「このカップにお湯を入れて3分待つとラーメンが出来るのですよね。
何回か、食べている人は見たのですが、ラーメンとは思えませんでした。
何時間も掛けて作っているのと比較すると複雑な気分です。
しかも、150円しないで。」
「なにをショック受けているのかな。
レイレイが考えているラーメンとは、栄養価が違うし、味が違うよ。
ショックを受けることないよ。
でも、試しに袋麺を買って見ようか?」
「慎一さんは、こういうものを、いつも食べるのですか?」
玲子は複雑な顔をして慎一を見る。
「そうだな。
結構、食べるよ。
これなんか、好きかな。」
慎一は、ポッポロ一番ごま味ラーメンと書かれている袋麺を取り上げると、玲子が手を出したので渡すと玲子は真剣な顔で裏面の成分表に目をやる。
(麺は油で揚げてあるんだ。
粉末スープ?
化学調味料の塊りじゃない。
カロリーは…)
「レイレイ?」
「あ、ごめんなさい。
慎一さんが食べる物なら食べてみたいです。
これにしましょう。」
(たまに、食べるには良いかもしれないけど、主食にしたら駄目ね。
塩分も多そう)
成分表を一通り目を通した玲子の素直な感想だった。
「ね、慎一さん。
帰ったら、私が私流に作らせてくださいね。
いつもお野菜が不足しているでしょ?
少しお野菜も入れて。
お肉も入れないと。
そうだ!
この前使った鶏の手羽元を買いましょう。
あれなら、値段的に安くすませられるから。」
玲子は頭脳を総動員させているようだった。
次に野菜売り場。
玲子はカット野菜を購入する。
「慎一さんも、少しは自炊すれば、キャベツやレタスなど玉で買うのに。」
「ごめん。
つい面倒で。
特に後片付けが駄目。」
「仕方ないですね。
お仕事、たいへんでしょうし、疲れちゃいますものね。」
「レイレイ…」
玲子の言葉が癒しのように聞こえ、慎一は嬉しくなる。
それから、肉売り場、魚売り場、最後にお菓子売り場を回って買い物終了。
レジで精算している時に、慎一は最初のラーメン以外は購入した食材が普通の食材だったことに気がつく。
特に肉魚売り場では、人間の食べ物かと聞くようなことは一切なく普通に、買い物をしていた。
「レイレイ?」
「また、そういう呼び方をして。
これでも、1週間、スーパー通いをして、いろいろ覚えたのですよ。
それと、ここで売っている食材の調理法も。
今晩は、これ!
イワシでつみれ汁を作ります。
それと豚ロースの生姜焼きも。」
「へぇ〜。
え?!
イワシ?」
「もう。
そんな顔しないでくださいよ。
栄養価も高く、美味しいって、ちゃんと調べましたから。」
「食べてみたの?」
「はい!
当然ですよ。
慎一さんに食べてもらうのに、自分で食べないことは出来ません。
母も、おっかなびっくり食べてみたら、美味しいって。」
(おっかなびっくりかぁ。
まあ、でもいいか。)
慎一は少し複雑な気分になるが、玲子が近づいて来たような気がして、まんざらではなかった。
帰りにアイスを買うと、玲子は子供のようにご機嫌だった。
(この子は不思議だなぁ。
国立大学に通っているから頭も良いし、お嬢様だけど家事も出来るし、でも、お高くとまるわけではなく、逆に子供っぽいし。
こんな子が俺と一緒にいるなんて。)
慎一は自分の腕に手を回し戯れつく玲子を見ながらつくづく思った。
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