第17話 邪魔?傍に居てください

アイロン掛けが終わり、一段落すると、玲子は本格的に料理に没頭し始める。


「う〜ん、スープを取った手羽元のお肉をどうしようかしら」


「あれ?

 そのまま、カレーに入れるのではなくて?」


「いいえ、カレー入れるのは、鷄の腿肉です。

 手羽元のお肉って、食べられるのですか?」


「え?!」


(なんかカチンとくるけど、相手はお嬢様だし知らないのだから我慢、我慢)


慎一は気を取り直して答える。


「食べられるよ。

 格好、旨いんだよ。」


「そうなのですか?」


玲子は半信半疑の顔をする。


「実家では、よく手羽元と大根や里芋を一緒に煮て、食べるんだ。

 肉と野菜の両方の味が染み込んで美味しいよ。」


「味付けはどうされているのですか?」


「確か、醤油と“みりん”だっけな。」


「そうですか…」


考え事をしながら、玲子は冷蔵庫の中を伺い、中からジャガイモの袋を取り出す。


鶏腿肉を一口サイズに切り、フライパンにサラダ油を引き、切った鷄腿肉を炒め、胡椒、塩、ガーリックなどの香辛料を振りかけじっくり炒めたあと、四つ切りにしたタマネギを肉と一緒に炒める。


そして、鷄の手羽元とセロリなどの香味野菜を除いたスープの中に入れてて煮込み始める。


煮込みながら、取り出した手羽元と皮を剥いたジャガイモ、玉葱、人参を別の鍋に入れて、水、醤油とみりんを入れて、火に掛ける。


そのあと、カレーの鍋にカレーのルーの他、買って来たスパイスを入れながらあじを整えて行く。


「すげー良い匂い。

どんなカレーになるんだろう。」


鼻をくすぐるカレーの良い匂いに慎一は期待で胸を膨らます。


しばらくすると、カレー以外に煮物のような醤油の香ばしい香りが混じって来る。


「おや?

 レイレイ、この匂いは、まさか?」


「また、そう呼ぶ。

 夕飯のお楽しみにね。」


玲子は笑顔でさらりと受け流す。


慎一は所在なさげに玲子の周りをウロウロするだけだった。


「もう、慎一さんたら、動物園の熊みたいにウロウロして。

 もう少し、煮込んだら出来上がりですよ。

 明日から、また、お仕事なんですから、ガンプラでも作って、ゆっくりしていてくださいね。」


「う、うん。

 でも、レイレイの傍で見ている方がいいや。

 邪魔?」


「邪魔です…、と言うのは嘘で、傍にいてくださっても、全然邪魔じゃないですよ。」


(邪魔どころか、傍に居てくださいね。)


作り掛けのガンプラがなかったのと、何より玲子の傍で顔を見ていたかったのと、玲子の良い香りを慎一嗅いでいたかった。


夕飯は、チキンカレーに手羽元を使った肉じゃが、それと茹でたブロッコリーとトマトのサラダで、慎一は涙が出て来るのではないかと思うほど喜んだ。


カレーは市販のルーを使った物とは思えず、カレー専門店で食べるカレーより、深い味わいで美味しかった。


「このカレー、美味い、美味すぎる!

 実家でも、外でも、こんな美味いカレーは食べたことがない。」


「うふ、ありがとうございます。

 “肉じゃが”ですが、スープの出汁を取った手羽元を使ったので、美味しいかわかりませんが召し上がれ。」


「おお。」


慎一は食べ慣れているのか、器用に箸で手羽元を掴むと、肉の部分を頬張る。


肉は柔らかく煮込まれていて、鷄の味を他にじゃが芋、玉葱、人参などの味が混ざり、また、醤油やみりんの味付けも、慎一の好きな味付けになっていた。


「……」


「慎一さん?」


無言で食べ続ける慎一を玲子は怪訝な顔をして呼び掛ける。


「慎一さん、なにか変ですか?」


「いや、本当に美味いな。

 一番食べたかった味だよ。」


慎一は実家の母の手料理を思い出し、感慨もひとしおだった。


「よかった。

 何も言わないので、心配してしまいました。」


「ごめん。

 でも、なんで俺の好きな味付けがわかったの?」


「え?

 ええ、父に良く作っていたので、その味付けです。」


「お、お父さんと一緒か。

 まあ、美味しいからいいや」


そう言うと、慎一は、美味しいそうにカレーと“肉じゃが”を交互に食べる。


(慎一さん、嘘ですよ。

 味付けは、私の好きな味付けです。

 これで、慎一さんの好みの味が、わかっちゃいました。

 えへへ)


あまりの嬉しそうな慎一の顔を見て、玲子は小さくガッツポーズを取る。


満遍の笑みを浮かべて美味しそうにたべる慎一、その慎一の顔を見て、慎一に負けず劣らずの満遍の笑みを浮かべている玲子。


まったりとした時間が二人の上を流れて行く。


「慎一さん、カレー、多目に作り、一食分ずつ小分けにして冷凍庫に入れて置いたので、食べたい時に、レンジで温めてくださいね」


「嬉しいな。

 平日でも、レイレイのカレーが食べれるなんて。」


夕飯の後片付け、帰り支度を終えると、玲子は慎一の前に立つ。


「また、その呼び方をする。

 慎一さん、目をつぶってください。」


「?」


「早くぅ」


「ああ。」


「つぶった?」


「ああ」


慎一は閉じた目に力を入れて見せる。


ふわっと、玲子の腕が慎一の首に巻き付くと、唇に柔らかな感触があった。


それは、紛れもなく玲子の唇で、慎一は玲子を抱きしめると、その唇を貪る。


玲子は体は柔らかく、温かく、そしてその体から慎一を虜にする良い香りがした。


慎一は、恐る恐る、舌を玲子の唇を押し広げる様にして、中に入れ、玲子の舌を探す。


玲子は、一瞬、怯えたように体を固くしたが、慎一の舌が自分の舌に触れると、自らの意志で慎一の舌に自分の舌を絡める。


それは、二人にとって初めての刺激だった。


二人は、その刺激に麻痺してしまったように、激しくお互いを絡め合う。


玲子は、体の奥から女性に掛けて熱くなって行くのを感じ、慎一は、男性が暴走しているのを隠さなかった。


ただ、昼間の一件があり、玲子を押し倒すと言う暴挙に出ることはなかった。


それだけ、慎一の中で玲子はかけがえのない存在になっていた。


何分も何時間でも続けていたかったが、玲子が震え始めたのを感じ、慎一は、そっと唇を離す。


慎一と玲子の身長差は、20センチ以上あり、慎一にぶら下がるような格好をしていたためつま先立ちをしていた脚が疲れたのだった。


「大丈夫?」


「う、うん」


そう言いながらも、腰から砕け落ちそうになる玲子を、慎一は抱きとめる。


「やっぱり、男の人は力持ちだわ。」


玲子はやんわり言うと頭を慎一の胸に預ける。


「少し、横になる?」


慎一が尋ねると玲子は、ジッと慎一を見つめる。


「ち、違うからね。

 何もしないから。」


慌てる慎一に笑顔を向ける。


「わかっていますよ。

 慎一さんが、そんなことする人でないことを。

 でも、大丈夫。

 具合、良くなりましたし、遅くなると、母に怒られてしまいます。」


「じゃあ、家まで送って行くよ。」


「大丈夫。

 それに、横須賀ですよ。

 明日のお仕事に差し障ります。」


「でも…」


心配そうな顔をする慎一


「それなら、この前みたいに、そこの駅まで送ってください。」


「もとから、そのつもりだよ。」


柔らかく微笑む玲子に慎一は、大きくうなずく。


マンションから出ると、玲子は「はい」と手を慎一の方に出すと、慎一は嬉しそうな顔をしてその手を繋いで歩き出す。


手を繋ぎ、楽しそうに歩く二人は、どこから見ても仲の良いカップルにしか見えなかった。



慎一と別れ、家に帰ると母親が玲子を出迎える。


「お母様、ただいま」


「おかえり。

 今日、昼間に華子が来たわよ。」


姉の名前を聞いて、玲子は顔を曇らせる。


「お姉様が?」


「ええ。

 もう、『約束の期限になるけど大丈夫か?』って心配していたわよ。

 お父さんがあんな調子なのだから、華子がいないと、この家はどうなるか、わからないのですからね。

 華子を困らせないように、ちゃんとやって頂戴。」


「はい、お母様。

 …

 お母様は…」


「何かしら?」


「いえ、なんでもありません。」


『お母様は平気なのか?』と尋ねようとしたが、母親の顔を見ると、何もいえなくなった。


「おやすみなさい。」


「はい、おやすみなさい。」


そう言い終わると玲子の母親は、目を閉じて自分の世界に入っていった。


玲子はお風呂に入り、寝支度を整えると、机に向かって大学の授業の教材を開き、読みはじめるが、すくに、慎一の笑顔を思い出す。 


「慎一さん…」


そして、慎一と交わしたキスのことを考えると体の中が熱くなり、ベッドに横たわる。


「そう言えば、慎一さんの力、強かったな」


キスの次は、慎一に抱きしめられ、抵抗出来ずにベッドに押し倒され、首筋にキスをされたこと、服の上からだつたが、胸を揉まれたこと、その感触が蘇り、女性が熱くなっていく。


「慎一さん…」


玲子は自分の女性に手を入れると、そこは、慎一の男性を欲しているようだった。


そして、玲子の息づかいは、粗くなり、唇からは、切ない声が漏れていた。


慎一は、興奮してなかなか寝付けなかった。


布団から微かに玲子の残香を感じ、玲子の柔らかな唇、柔らかな胸、そして腕に中に収まる抱き心地、全て思い出すたびに顔が熱くなり、慎一の男性は、ムクムクと動き始める。


「いかん。

 完璧に目が冴えている。

 確か、酒が残っていたな。」


慎一は、ゴソゴソと流しの下を漁り、菊正宗と書かれた日本酒のパックを取り出すと湯呑茶碗に注いで飲み始める。


酒があまり強くない慎一は、いつも湯呑茶碗半分で酔いが回るのだが、その日は頭が冴えて、酔うのに2倍かかり、布団に倒れ込む。


「レイレイ、傍に…」


そう呟きながら、慎一は夢の中に入っていった。

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