第15話 MISFIRE(誤爆)

「そうだ、慎一さん。

 髪の毛、少し切らしてもらいたいのですが、よろしいですか?」


「え?」


朝食後、家の中の掃除をひと通り終えると、玲子が慎一の髪を見て唐突に切り出す。


「慎一さん、髪の毛が多いのか、見た目、もっさりしているので、少し、梳いた方がいいかなと思って。」


「もっさり?!

 梳く?」


言葉は不明だが、何となく感覚的には理解できた。


「はい。

 でも、大丈夫ですよ。

 私、こう見えても、手先は器用で、父や母の髪を整えたりしているのですよ。

 この前、慎一の髪を見て、気になってしまって。」


そう言いながら、玲子はバッグの中から櫛と梳きバサミを取り出す。


その用意の良さは、はなから慎一の髪を何とかしようと虎視眈々と狙っていたことがまるわかりだった。


「え?

 う、うん、いいよ。」


失敗したらすぐに床屋に飛び込めばいいやと慎一は二つ返事で了承する。


「やったぁ。

 でも、どこで髪を梳こうかしら。

 切った髪が散っちゃうといけない。

 マンションだと庭がないし、バルコニーだと風で他所の家に迷惑がかかるといけないわ。

 …

 あっ、お風呂場で切りましょう。

 お風呂場なら、そのまま髪を洗うことも出来るわ。」


(そんなに短く切るつもりなのかな)


慎一は、急に不安になって来る。


「いや、やっぱり髪はこのままでも、いいよ。

 あ…」


今にも泣きそうな顔でジィッと自分を見つめている玲子の顔を見て、慎一は、言葉に詰まる。


「髪、整えさせてくれますよね?」


「う、うん。」


慎一が渋々と首を縦に振ると、玲子は顔を輝かせご機嫌になる。


「ふふふーん♪」


風呂場に椅子を持ち込み、上半身はTシャツ1枚の格好にさせ、顔から上が出る大きさに穴を開けたゴミ袋を頭から被せ、慎一の髪を玲子は鼻唄を歌いながら梳いていく。


チョキチョキ、チョキチョキと。


確かに本人が言うように、玲子の腕は美容師のように上手で、最初はハラハラドキドキしていた慎一だったが、玲子の指が頭を刺激し、だんだんと気持ち良くなり、最後はウトウトするくらいだった。


「慎一さん、あと少しですから、寝ないでくださいね。

 ほら、ビニールを持つ手が下がって来ている。」


玲子は苦笑いしながら、慎一を眠らせないように声を掛ける。


慎一はカットした髪が散らからないように、頭から被ったゴミ袋の裾を広げて持ち、髪の毛をキャッチしていた。


「はい、終わりです。

 お疲れ様でした。

 あとは、髪を洗ってくださいね。」


「ええー、洗ってくれないの?」


慎一は、全くの冗談のつもりで玲子に話しかける。


器用に慎一の首まわりから髪の毛が溜まったビニール袋を外し、片付けていた玲子は思わず、慎一の顔を見る。


「はいはい。

 仕方ないですね。

 じゃあ、そのまま、風呂桶の方に頭を入れてください。」


「え?

 いいの?」


「何言っているんですか。

 自分から言ったことじゃないですか。」


玲子はニコニコしながら慎一の頭をそっと浴槽に押して、シャワーをひねる。


お湯が丁度いい温かさになると、そっとお湯で髪を濡らし、シャンプーを付けて泡立てる。


玲子の指は細く、柔らかだったが、それが気持ち良かった。


「慎一さん、大丈夫ですか?

 痒いところありますか?」


「い、いや。

 ないです。」


痒いところと聞かれて、何となく気恥ずかしくなった。


玲子は爪で引っかかないように、注意しながら、指に腹で丁寧に慎一の髪を洗い上げる。


時折り洋服の上からだが、玲子の柔らかな胸の感触を背中や肩に感じ、慎一は無口になると同時に感性を研ぎすます。


慎一の変化に気がつかない玲子は、鼻唄を歌いながら上機嫌でシャンプー、リンス、そして濯ぎと工程を進めていく。


「さあ、洗い終わりましたよ。

 あとは、ドライヤーで乾かしましょうね。」


(う、残念)


慎一は玲子の柔らかな胸の感触をもっと感じていたかった。


玲子は乾いたタオルで慎一の頭をゴシゴシと拭き、元のように椅子に座らせ、ドライヤーを取り出す。


最初は指でパラパラと髪をかき混ぜドライヤーで乾かす。


少し乾いてきたら、櫛とブラシを使ってセットするように乾かす。


「慎一さんもひとりの時は、ドライヤーでこうやって流すように乾かしてね。

  はい、完了でーす。」


「え?!

 これ、俺?」


慎一は鏡に映った自分を見て口を開ける。


そこには、さっぱりとした今時の若者、派手でもなく、されど地味ではなく、爽やかな感じがする若者が映っていた。


「か、髪型一つでこんなに印象が、変わるんだ…。

 嬉しいけど、会社に行くのは、恥ずかしいかな。」


「そんなことないですよ。

 慎一さん、まだ20代出し、これから脂がのってくる歳ですから。

 それに恥ずかしいと思うのは、長くても午前中だけです。

 すぐに慣れちゃいますって。

 慎一さんは、結構、いけていますって。

 私が保証します。」


「そうかな…」


「そうですよ。」


玲子に言われ、その気になって行く慎一。


「わかった。

 レイレイがそう言うのであれば、なんだか自信がついて来たよ。」


「また、レイレイって呼ぶ。」


玲子は少し怒った顔をしたが直ぐ、笑顔に変わる。


「はい、自信を持ってくださいね。」


玲子の笑顔を見て気分が高揚していくのを感じていた。


「でも、レイレイは凄いよね。

 美容師にもなれるし、服のセンスも良いし。

 あ、そうだ。

 ネクタイのお金。

 買ってくれて、まだ払っていないよ。

 いくら?」


「まだ、全部巻いていませんよね?

 全部、巻いたところを見ないと。」


「何言ってるの。

 全部気に入っているから大丈夫。

 ネクタイは、いつもディスカウントとかで安い千円以下のものしか買わないからなぁ。

 普通で買うと三千円、いいのだと五千円くらいかな。」


(待った。

 五千円だったら5本で二万五千円。

 消費税付きで二万七千五百円。

 手元にあるお金で何とか足りるか…)


眉間に皺を寄せて真剣な顔で金勘定している慎一を玲子は笑い飛ばしていた。


「そんなに高くないですよ。

 なるべく安いところで見たから大丈夫。

 それに、このネクタイはHKLを始めた記念です。

 気に入っていただけましたら、プレゼントしますので使ってくださいね。」


「そんな、悪いよ。

 それに、俺、何もレイレイにプレゼントを渡していないし。」


「パーラーのお金や、中華街に行った時とか、全部出してくれているじゃないですか。

 そのお礼も兼ねてです。」


「ちょっと待った。

 外での費用は、男が出すのが当然だよ。」


「恋人同士じゃなくても?

 あの時は、まだHKLの契約を結んでいなかったじゃないですか。」


「いや、例え契約していなくても、普通、常識的に考えて…」


しどろもどろになって行く慎一が玲子は何だか可愛いく思えた。


「じゃあ、今度、慎一さんからとびきりのプレゼントをいただきます。

 覚悟していてくださいね。」


「わ、わかった。

 欲しいもの、何でも言ってくれ。」


「そうだ。

 じゃあ、約束と言うことで。

 慎一さん、目をつぶって。」


「え?」


「いいから。」


急かすように玲子に言われ、慎一は渋々目をつぶる。


すると玲子な香りが強まったかと思った時、慎一は自分の唇に温かい柔らかなものを感じ、目を開けると、玲子の顔が間近にあり、自分の唇に触れたものは玲子の唇だと気づく。


「レイレイ?」


「また、そう呼ぶ…」


玲子は恥ずかしそうに顔を赤く染めて、歯に噛んだ。


「レイレイ!」


「え?!」


慎一は我慢が出来なくなり、力いっぱい玲子を抱きしめ、温かく柔らかでいい香りのする玲子の首筋に顔を埋める。


「し、慎一さん?!

 きつい。

 それに止めてください。」


玲子は慎一の腕の中でもがく。


「玲子さん、好きだ。」


慎一はそう玲子の耳に囁くと、玲子を抱き上げるようにして、ベッドのところに運ぶと、そのまま、ベッドに押し倒す。


「慎一さん、いやー。

 やめてー。」


騒ぐ玲子の唇を自分の唇でふさぎ、空いている手で、服の上から、玲子の乳房を鷲掴み、揉み始める。


慎一にとって玲子の胸は今まで触れたことがないほど柔らかく、気持ち良かった。


うー、うーと、唇を慎一の唇で塞がれ、言葉にならない声をあげ、懸命に抵抗を試みる玲子。


だが、もがけばもがく程、慎一の性欲を高めていく。


慎一は、玲子の唇から自分の唇を離すと、首筋に唇を這わす。


玲子は息が乱れていたが、大人しくなっていて、慎一の好きにさせていた。


慎一は、玲子の胸から手を離し、ワンピースの下から手を入れる。


「だめー!!」


玲子は目を見開き、両手で慎一の手の侵入を防ぐ。


「だ、だめ。

 慎一さん、私、私…。

 ゴムアレルギーなの!!」


「え?」


玲子の意外な言葉を聞き、慎一は我に帰り、玲子から身体を浮かせると、自由になった玲子は慎一の身体の下からずり上がるようにして座り込む。


その時、運悪く、慎一の爆発寸前の男性を玲子の太腿が摩りあげ、慎一はまさかの暴発を起こす。


「うぁああ!」


(何てことだ)


きょとんとする玲子に脇目も振らずに、慎一は玲子に見えないようにタンスの中からパンツを取り出すと洗面所に駆け込んだ。


そして、パンツを履き替えると直ぐに何食わぬ顔をして洗面所から出て来て、ひとりポツンとベッドの上に座り込んでいる玲子の前に戻り、同じように、正面に座り込む。


「どうしたのですか?」


玲子としては、いきなり自分を置き去りにして洗面所に駆け込んだ慎一のことがわからなかった。


「ごめん。

 洗面所で頭を冷やして来た。」


そう言って慎一は玲子に頭を差し出す。


慎一は、パンツを履き替えると、手を洗い、ついでに頭に冷水を浴びせて来たのだった。


玲子は、そっと慎一の湿った髪を触り、納得したようだった。


「ごめんなさい。

 慎一さんに言うのが遅くなって。

 この前、玲奈さんに言われた病院で血液検査とか受けたのですが。」


そう言いながら玲子はベッドの下にあった自分のバッグの中から綾瀬が勤務している病院の封筒を慎一に差し出す。


「これは?」


「私の検査結果です。」


「ひぇ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る