第6話 ときめき

それから二人は楽しそうに話しをしていたが玲子の顔が曇る場面があった。


それは、お互いの家族構成の話をしていて、数年前に結婚した玲子の姉の話しになった時で、玲子は急に顔を曇らせ、無口になる。


慎一は、姉妹喧嘩でもしているのだろうと思い、話しを昔飼っていた自分の犬のことについて話しをすり替えた。


「それでね、お袋が油断して居間の窓を開けると家の中に犬が飛び込んで来て、大きな足音を立てて、2階の俺の部屋に駆け上がって来るんだよ。

 こっちは眠くて寝ていても、その足音で"来たな!"ってわかるわけだよ。」


「え〜?!

 なんか可愛いいですね。」


玲子は慎一の話しにのって来て、楽しそうな顔をする。


「可愛いくないよ。

 一目散に俺の部屋に飛び込むと、ベットに飛び上がり、興奮して掛け布団やタオルケットを噛みまくり、よだれでビチョビチョにされるんだよ。」


「きゃ〜!!」


「それだけじゃなくて、一人で階段を降りることが出来なくて、放っておくと俺のタンスのところに行って何をしたと思う?」


「え?

 う〜ん、連れて行ってって、服を出すとか?」


「そんな頭が良くはないよ。

済まなそうな顔をしながら片足を上げて、ジャーってオシッコするんだよ」


「きゃ〜、やだー!」


「怒っても、止められないみたいで情けない顔をして最後まで。」


「あはははは」


慎一が情けない顔をして見せながら話すので、玲子は笑いを止めることが出来なく、お腹を抱えて笑い続けた。


(あのカップル、本当に楽しそう)


ウェイトレスは遠くから二人を見ながら微笑んでいた。


それから、二人は翌週、パーラーではなく外で会う約束をして別れる。


言い出したのは、玲子からで、外で会った時の慎一の態度、エスコートの仕方で慎一が自分勝手な我儘な人間なのかを見極めたかったからだった。


翌週の日曜日。


その日は、朝から雲一つない青空だった。


世間では、花粉が猛威を震い、マスクをしている人がめについたが、慎一には無縁ことだった。


(だけど、山下公園に行こうって、まるでデートみたいだな。

 てっきり、部屋をみたり、どこまで家事をやるのか打ち合わせするだけかと思っていたけど、まあ、"L"もあるし、相手のことを知りたいというのは、当たり前か。

 しかも、あんなに可愛い女性と体まで)


慎一は、顔が熱くなるのを感じた。


(でも、そうじゃなくても、彼女っぽく接してくれるだけでもいいな)


彼女を作った経験がほとんどない慎一は本心から思っていた。


待ち合わせは、いつも使っていたパーラーの前に11時。


慎一は前回1時間前に来ていたのが玲子にバレたので少しゆっくり目に、待ち合わせの時間の40分前に来ていた。


(あら?

 あのお客様、店の中に入ってこないのかしら?)


慎一の顔を覚えていたパーラーのウェイトレスは訝しい顔で店内から慎一のことを見ている。


慎一としては、人を待たせる、特に女性を待たせるのが嫌いで、いつも時間より早く来るのだが、玲子の時は、早く玲子に会いたいと言う一心から、どうしても早くなる。


今日は座って待つ訳には行かないので、早く着いたのを少し後悔していた。


しかし、それも玲子の登場で消し飛ぶ。


「あ〜、やっぱり来ていた。

 並木さん、こんにちは。」


「や、やあ」


慎一がパーラーの前に到着してから、ものの数分も経たないうちに玲子がやって来る。


玲子は水色のスカートにレース柄の白いブラウスに、ピンク色のカーディガン、その上にクリーム色のコートを着ていた。


一方、慎一はチャコールグレーのズボンに青と白のチェックのブラウスに黒色の丸首のセーター、そして、濃紺のハーフコートという出で立ちだった。


「もう、どのくらい前にいらしていたんですか?」


玲子は尋ねたが、玲子がエレベーターを降りた時遠くにパーラーに向かって歩いて行く慎一が見えていたのでほとんど待たせることはなかったとわかっていた。


「いや、ほんの今少し前だよ。

 だから、全く待っていないよ。

それより、嵯峨野さんも、滅茶苦茶早くないか?」


「え?

 ええ、なんだか早く目が覚めたので。」


「おっ、俺と一緒だ。」


慎一がにっこりと笑顔を見せると、玲子は、ほんのりと顔を赤らめた。


それから二人は、少し離れたシーバス乗り場へ向かい、船で山下公園に向かう。


船は混んでいたが、慎一は玲子を窓際に座らせる。


船が出発してしばらく行くと三日月形のコンチネンタルホテルや大観覧車が見えてくる。


「並木さん、ほら観覧車が」


玲子が興奮しているように慎一に話しかける。


「どれどれ、本当だ。

 海から見る眺めはいいよなぁ。」


慎一もつい眺めに夢中になり玲子にくっ付きそうになるくらい近づいていた。


(わわっ、並木さん、近いです)


玲子は目の前に慎一の胸が迫ってくるのを感じ、また、慎一からデオドラントウォーターのほんのりいい香りとで心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


玲子は男性と二人切りで出掛けるのは、ほぼ初めてだった。


いつも、サークルや親しい女友達に誘われ、その場に居合わせる男性たちと出掛けるくらいだった。


また、どちらかと言うと八方美人で、二人で写真を撮りたいと言われれば、断ることなく笑顔で写真におさまり、撮った男子学生は喜んで玲子とのツーショットの写真をSNSに上げたので、拡散していつしか男遊びが激しい女と全く逆のレッテルを貼られていた。


そのレッテルで逆に男子学生から警戒され、また、玲子自身、歳の近い男性には興味がなかったので、男子学生から言い寄られることは、ほとんどなかった。


そのため、男性と二人と言うのに慣れておらず、免疫もなかったので、間近に迫る慎一に対して、意識するのも自然なことだった。


「ん?

 どうかした?」


急に静かになった玲子に慎一は心配して声を掛ける。


「ううん、なんでもないです。」


「でも、顔が赤いよ?

 船酔いでもしたかなぁ」


(船酔いで顔が赤くなるのですか?)


無神経な慎一に玲子は思わず噛み付きたくなった。


船が山下公園に着き、二人は下船するために立ち上がると、玲子はバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。


「危ない」


慎一は倒れそうになった玲子の腰に手を回し、自分の方に抱き寄せて支える。


「あ!」


玲子は慎一に体が密着すると、体の芯から燃えるような熱さを感じた。


「大丈夫?」


慎一が玲子の顔を覗き込んで尋ねると、玲子は目前に迫る慎一の顔を見て、ほとんどパニックに陥っていた。


「は、はい。

 平気、平気です。

 すみません。

 さ、さあ、降りましょう。」


玲子は慎一を通路に押し出すようにして、自分が通路に出ると慎一の前を歩いて、船から降りて行く。


(やっぱり、女の子って良い匂いがするんだな)


慎一は、抱き寄せた時、玲子から良い匂いがして、ご満悦だった。


桟橋から公園前入ると海風が玲子の熱った顔や体を冷ましていき、玲子も平静さを取り戻す。


(しっかり、私。

 ちゃんと慎一さんをチェックしなくちゃ。)


そう思いつつ、玲子は楽しんでいた。


二人は人形の家に向かって歩き出す。


行く宛は特に決めていない、ただ、ぶらぶらするだけ。


周りは、カップルや時間的なせいもあり親子連れも多かった。


「そう言えば、嵯峨野さんって、花粉症は大丈夫なの?」


「はい、一応大丈夫みたいです。

 少し目が痒くなってくしゃみが出る時はあるのですが、薬を飲めばすぐに治まります。

 並木さんは、大丈夫…そうですね。」


「おう、俺はおバカのせいか、全く平気で、くしゃみしている人が可哀想に見えるよ。」


その時、目の前で幼稚園児くらいの男の子がヘッドスライディングするように豪快に転び、うつ伏せのまま起き上がらず泣き始める。


「たいへん、大丈夫?」


そう言って、玲子が手を差し伸べる前に慎一が子供を抱き上げる。


子供は、長ズボンやセーターを着ていたため、擦り傷などの怪我もなく、埃で汚れたくらいだった。


「坊主、大丈夫か?

 怪我はないな。

 さ、男の子だから泣かないの。」


慎一が笑顔で言うと、男の子は泣き止み、慎一に頷いて見せる。


「よーし、強いな。」


慎一が子供の服についている埃を祓っていると、両親らしき男女が駆けつけ、慎一と玲子に何度も頭を下げて子供を連れて行った。


「慎一さん、優しいんだ。」


「目の前で転ばれたら、誰でも心配するだろうに。」


「そんなことない。」


玲子は以前、グループで遊びに行った時、同じように目の前で小さな子供が転んで泣き出したことがあった。


当然、玲子は心配して子供に手を差し伸べたが、玲子より子供の近くにいた男子学生は全く手を差し伸べる素振りも見せずに、泣いている子供を無視して玲子に早く行こうとせっついた。


「どうせ、近くに親が居るんだから、何もしなくても大丈夫だよ。

 それに、子供は放っておいた方が強くなるって。」


そう言い放つ男子学生に気分が悪くなったのを思い出していた。


言葉よりもすぐに身体が動き、子供を助け、笑顔であやした慎一に玲子は胸のときめきを感じたのは当たり前のことだったかもしれない。


(子供やお年寄りにモテるって言っていたけど、女性にももてますよ。

 慎一さんは。)


「さ、お腹空いたね。

 お昼、食べに行こう。」


「はい。

 並木さんは、何が食べたいですか?」


「違う、違う。

 その台詞は、俺が言う台詞だって。


「うふふ、いいの、いいの。

 そう言えば、並木さんは自分のことを"俺"って言うんですね。」


「え?

 変か?」


「うーん、並木さんの感じだと、"僕"かしら。

 昔からですか?」


「そうだね。

 結構、昔からかな。

 ヒーロー戦隊に憧れて、強くなりたくて、“俺”って言いはじめたんだよ。」


「わっ、単純。」


「放っておけ」


「ヒーロー戦隊って、あの5人揃ったものでしょ?」


「いや、たまに3人の時もあるけど、その時でも、助っ人が現れて、結局、5人になるか。

 でも、プリキュアもそうじゃないか?」


「よく、ご存知で」


二人は、楽しそうにふざけあいながら、中華街へ歩いて行く。


ふいに、玲子が慎一を名前で呼んだことを慎一も、また、玲子も覚えていなかった。

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