第2話 平凡という言葉が良く似合う男

玲子は、玲奈を見送りながら、視線をパソコンに落とす。


「あと一人。

 いい人がいますように。」


祈りを込めて玲子は最後のファイルを開く。


「…」


写真の男性は、前の二人に比べると明らかに何の変哲のない何処にでもいるような普通の顔をした男性だった。

玲子は、一目見て、正直、落胆した。


「身長は、170センチ?

 私より20センチくらい高いのか。

 体重は…、中肉中背っていうとこね。

 中堅企業のサラリーマン。

 28歳で役職はなし。

 名前は、並木慎一さん?

 名前からして平凡ね。

 血液型は、オッケーだけど…。

 ご両親は埼玉県在住。

 妹さんが一人。

 ということは、埼玉県生まれで会社の関係で横浜に一人暮らしと言うところかしら。

 趣味は、ゲーム?

 得意なゲームは、ソリティアに上海…。

 このソフトって、カードゲームやパズルゲームの昔からあるやつじない。

 他は?

 坂道シリーズや都市シリーズの追い掛け?

 まあ、乃木坂くらいなら許せるけど。

 特技は身体が丈夫でインフルエンザや大きな病気、ケガしたことがない?

 それって、特技なの?

 ご飯を噛まずに飲み込める?

 コーラに一気飲みが得意?

 宴会芸ですか…。」


玲子の顔はいつの間にか笑っていた。


「スポーツは、苦手。

 好きな食べ物は、ハンバーグにカレー。

 子どもみたい…

 車は、免許を持っているけど、運転が怖くて出来ない?

 なら、免許なんて取らなければいいのに。

 お年寄りや子どもから好かれる。

 金八先生かしら?

 動物が寄ってくる。

 ドリトル先生ですか…

 人から"優しい"と言われる

 ………」


その一文を読んで玲子は微妙な表情が見せる。


「性癖は?

 経験がほとんどないので特にありません?

 彼女いなかったのかしら…

 それとも、凄いMで、いえ、Sで皆逃げたとか…」


玲子は、慎一の写真を思い出し、Mを想像したくなかったので、Sに切り替えてみた。


このころになると、玲子は何だか想像するのが楽しくなって来ていた。


「SかMかの自己評価は?

 そんなこと考えたことないのでわからないって?

 多分真ん中ってなに?

 28歳未婚の男性が言うセリフかしら。

 好きな女性のタイプは?

 笑顔が可愛いい?

 男の人は、たいていそう言うわね。」


玲子は、パソコンから目を離し、回りをキョロキョロと見まわす。


「鏡は机の右の引き出しよ。」


遠くのデスクにいる玲奈が声を掛ける。


「わかりました?」


「皆さん、鏡を見てニコッと笑顔のチェックをするのよ。」


玲奈に見透かされ、少し顔を赤らめながら、玲子は引き出しを開け手鏡を取り出し、玲奈に見えないようにして、笑顔のチェックをする。


「オッケー、大丈夫。」


玲子は手鏡を元に戻すと、また、パソコンに目をやる。


「服装や髪型については、なにも書いていないわね。

 この前、テレビでやっていた昔のガングロ山姥だったらどうするのかしら。

 あ、でも、化粧は出来ればない方がいい?

 今時、女子高校生だって、バッチリ化粧しているのに見てないのかしら。

 他はないかな?

 あら?

 ………」


玲子は、書かれている文に釘付けになり、しばらく考えてから、"ふーん"と何かを感じたように声を漏らすと、パソコンから目を話した。


玲子が釘付けになった文章は、『一緒に居て楽しいと思える人』と書いてあった。


何の変哲も無く、誰でも使う様な文章だったが、玲子の心に何かはわからないが爪痕を残す。


「あの~、長谷川さん。」


「ん?

 いいなって思える人はいたの?」


玲奈は席を立って玲子の傍にやって来る。


「あの、会うだけでも、いいですか?

 ダメだったらお断りしても。」


「ええ、大丈夫よ。

 そのためのお見合いなんだから。

 当然、相手からもお断りの可能性があることは、承知しておいてね。」


「はい」


「で、どなたがお目にかなったのかしら。」


「はい、長谷川さんのお薦めのこの人です。」


玲子はパソコンを玲奈の方に向けた。


「玲奈でいいわよ。」


玲奈は、相手に親密感を感じさせ、本音で困ったことや相談ごとなど何でも言わせる雰囲気を作るために、下の名前で呼ばせるようにしていた。


玲子はそれを聞いて頷く。


「あら、この人…。

 ふーん。」


玲奈は、玲子が選んだファイルの家主を見て声を漏らす。


「何か?」


「ううん、ちょっと意外だったかなと思って。

 でも、人はいいわよ。

 保証付。」


「そうなんですか…」


「じゃあ、お見合いの調整するわね。

 この家主さん、サラリーマンで土日じゃないと都合がつかないから、嵯峨野さんの都合は、どうかしら?

 そうね、近々一か月間の土日で都合の悪い日や時間帯があれば教えてね。」


「玲奈さん、玲奈さんも玲子で。

 特に都合の悪い日や時間帯はありません。

 でも、出来れば、一週間前くらいにわかると助かります。」


「そうね。

 じゃあ、次の日曜日に仮決めでどう?

 時間は、お昼過ぎ、そうね、2時くらいでどうかしら。」


「はい、構いません。」


「今日中に確認するから、正式に決まり次第、連絡するね。」


「はい、よろしくお願いします。」


玲子は笑顔を浮かべ、お辞儀をした。



「慎一、ご指名よ。」


「え?

 なに?」


玲奈からの電話に慎一は素っ頓狂な声を出す。


並木慎一と玲奈は、中学、高校と同じ学校、同じクラブに入っていた同級生だった。


二人は、特に玲奈は兄と翔平にぞっこんだったので、慎一のことは恋愛の対象すら、微塵もなかった。


慎一も才色兼備な玲奈は高嶺の花であるのと、好みのタイプではなかったため、恋愛感情は一切持たなかった。


それのせいか、余計な感情がなかったので、同じクラブ活動に入っていた二人は妙に馬が合い、ストレートにものが言える仲だった。


「何惚けているのよ。

 HKLでご指名があったのよ。

 喜びなさいよ、あなたと会ってみたいっていう女性がいたのよ。」


「え、ええ?

 俺にか?

 本気か?」


玲奈の言うことに慎一は腰を抜かすほど驚いていた。


もともと慎一は、女性に対して積極的な性格ではなく、HKLについても興味はなかったが、玲奈が、いつまでもうだつの上がらない慎一を心配して家主として名前を貸せと言われ登録したに過ぎず、始めは心の中で少しは期待することがあったが、登録して1年以上たち、自分を良いと言う女性がいないことを再認識するとともに、登録していたこと自体、忘れていた。


それが急に玲奈から連絡が入り、気が動転したのは無理もないことだった。


「真面目よ。」


「冷やかしじゃないか?」


「あら、随分、性格がねじ曲がったような言い方じゃない。

 だから、早く彼女の一人くらい作りなさいって言ったのよ。」


「う、うるさい」


心に突き刺さるようなことを言われたが、慎一は、反論出来なかった。


「大真面目よ。

 あなたには勿体ないと思うくらい、可愛い娘よ。」


「そ、そんな…」


情けない声を出す慎一を玲奈は叱咜する。


「何を情けない声を出しているのよ。

 男でしょ、ビシッとしなさいよ。

 で、今度の日曜日は空いているんでしょ?」


「あ、ああ」


「じゃあ、2時に横浜駅の近くの喫茶店で。

 そうね、SOGOにあるパーラーにしましょう。

 わかるわよね?」


「ああ」


慎一は、あまりのことで気が動転していた。


ただでさえ、女性と付き合うのに奥手になっていうたうえに、HKLは男女関係も合意のもとに契約するので、どういう顔をして話しをしなければならないのか、まるでわからなかった。


「ちょっと、しっかりしなさいよ。

 あなたの方からリードしてあげて話しを進めてあげなくちゃいけないのよ。

 私は、同席しないんだからね。」


玲奈は、慎一の生返事を聞いて、苛立っていた。


「え?

 一緒に居てくれないの?」


「何言っているのよ。

 何で私があなたたち男女間の話しに首を突っ込まなければならないのよ。」


「いや、お見合いだって最初は付き添いがいるじゃないか。」


「馬鹿言わないでよ。

 "じゃあ、あとは若い方達に任せて"って言って、その場からいなくなれって言うの?

 冗談じゃないわよ。

 私、お世話好きおばさんじゃないんだからね。

 相手は年下のばりばりの現役女子大生なんだから、あなたがちゃんとエスコートするの。

 わかるわよね、“あなたが”だからね。」


電話の向こうで玲奈の苛立った鬼のような顔が慎一の目に浮かんだ。


「わ、わかったよ。」


「じゃあ、よろしく。」


そう言うと玲奈は、とっとと電話を切った。


「ちょ、ちょっと待って。

 服装は?

 持ち物は?

 …」


電話に向かって話し掛けたが、既に玲奈に電話を切られた後で、慎一の耳には、プープーと虚しい音しか聞こえて来なかった。


「可愛い娘?

 現役の女子大生?

 どうしよう。

 部屋を片付けた方がいいかな。

 でも、外で会うだけだし。

 しかし、話しが盛り上がってここに来るなんてなったら。

 いや、万が一でも、ありえないよな。

 それより、俺は何を着て行けばいいんた?

 ジーパンじゃだめだよな…

 チノパン?

 持っていないし。

 背広か?

 半年近くクリーニングに出していないから臭いな。

 靴下も穴が開いているし、どうしたらいいんだ?」


頭を抱えながら、片手で部屋の片付けをする慎一だった。

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