横浜スロー・ラバーズ2
妙正寺 静鷺
第1章 出会いは運命だったかもしれない
第1話 弥生の頃
弥生の頃。
桜の便りが各地で囁かされ始めたそんな時、玲奈のオフィスで一人の女性がHKLの面接を受けていた。
「
玲奈は事前に受け取っていた経歴書を見ながら、目の前に座っている女性に声をかける。
「はい」
玲子は白と藍色の模様がついたワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織っている。
髪は首までのショートで黒髪。
丸顔で奥二重の目がくりっとし、アヒル口で童顔のなかなかの美少女。
胸や腰回りは形よく発育し、均整のとれた素晴らしいプロポーションの持ち主だった。
なによりも目についたのは、その姿勢の良さで背筋をピンと伸ばし、脚を綺麗に揃えて座っている様は日本舞踊や茶道、華道など習い事をやっているに違いないと思うほど、育ちの良さが感じられる。
実際に、玲奈の持っている経歴書には、その3つが書かれていて、各々、かなりの腕前だった。
(笑顔がいいわね)
ニコッと人を惹きつけるような笑顔を見せる玲子に、玲奈は好印象を持つ。
「住所は、横須賀。
待って、横須賀の嵯峨野さんて言えば、あの名家の嵯峨野家の?」
「はい、父は8代目当主で、私はその次女です。」
「へぇー」
玲子の家は江戸時代に栄えた豪族の末裔で、資産家の由緒正しい家柄で、世間に顔が広い玲奈は名前を良く知っていた。
「でも、その由緒正しい名家のお嬢様が何でHKLに興味を持ったのかしら?」
玲奈は玲子の経歴を読めば読むほど、理解できなかった。
お金には困らない家で服装を見ても質素なデザインだがそれなりのメーカー品であるのも知っている者が見れば一目でわかるし、持ち物を見れば、それなりにお小遣いを貰っていて、決してお小遣い稼ぎではないことがわかる。
異性目当てなのかと思うが、これだけの美貌があれば、男が寄ってきて、不自由はしないはず。
ましては、知らない男のところで家事をしたり、体を交えることのメリットが玲奈には皆目検討が付かなかった。
「初めてお会いする方に言っても、おわかり頂けないかと思いますが、笑わないでくださいね。
私の家は、父が厳しくて、父の選んだ相手と結婚しなくてはなりません。
なので、せめて今だけ自分の選んだ人と仮想の愛人関係を経験して見たくて。」
玲子は、寂しそうだった。
「そうなの。」
「え?
玲奈さんは驚かないのですか?」
玲子の言うことをあっさり受け入れる玲奈に、玲子の方が驚く。
「まあね。
仕事柄、いろいろな人に会っているから、この手のご家族もちらほらね。」
(特に旧家だとか名家だとか言われ、格式を重んじる家はその傾向がある)
玲奈は経験上知っていた。
「HKLは、何をするか知っているの?」
「はい。
家事全般は、母からみっちりと仕込まれました。」
「家事をするだけじゃないわよ。」
「はい、それも理解しています。
男の人の求めに応じて、体を許すことですよね。」
玲子は恥ずかしがることなく、涼しげな顔で言ってのける。
「あなた、男性経験は?」
「いえ、ありません。」
「?!」
何事もないかのように、顔色一つ変えずにこやかに答える玲子に玲奈は不気味さを感じた。
「わかったわ。
じゃあ、まずは家主さんファイルを見て選んでみて。
家主さんのプロフィールや好みや希望、あと性癖が書いてあるから。
男性経験がないなら、いきなりディープじゃない方がいいかしらね。
そこに書かれている事を読んで、大丈夫か、自分が合いそうかどうか、見た目も大事よ。
見つかったら、お見合いを設定するから、直接会って相手を確認して。
会うのは一度だけじゃなくていいから。
まあ、だいたい4、5回っていうところかしら。
最終的には、契約金、月々のお給料を相談して決めたら制約になるという段取りよ。
契約金は、相手に流されないように、きちんと提示しなさい。
なにかあれば、必ず、私の方に連絡すること。」
玲奈はパソコンにパスワードを打ち込むと、パソコンを玲子にむける。
「わからないことや、疑問に思うことがあれば何でも言ってね。
そうそう、大事なことだから、無理に決めないでね。
ここに来たからと言って強制しないから安心して。
いい人がいなかったら、また次の機会でもいいからね。」
「は、はい。
ありがとうございます。
玲奈さんはやっぱり由依さんの紹介だけあって、素敵な方ですね。」
玲子は初めて安堵の笑顔を見せた。
(なるほど、緊張を見せまいと隠していたのか。
他人には弱みを見せるなって教え込まれていると言ったところね。)
玲奈は玲子の素顔を垣間見た気がした。
由依は、HKLの契約を結んだ4番目の女性で玲子と同じ大学の4年生で、サークルが一緒で仲が良かったが、どちらかと言うと玲子の方が一方的に慕っていた。
当然、由依も自分を慕ってくる玲子を邪険にするわけはなく、可愛がっていた。
そして、玲子から相談を受けた時、散々、悩んだ末にHKLのことを教えた張本人だった。
由依には、悪気はなく、パートナーに恵まれた自分と言う実績があったからだった。
「じゃあ、私は向こうのデスクにいるから、何か用があったら遠慮なく声を掛けてね。」
「え?
玲奈さん、行っちゃうんですか?
一緒に選んで貰えないのですか?」
玲子が不安気な顔をする。
「何を言っているの!
私の好みの中から選ぶわけじゃないんでしょうが。
自分でいいなって思える人を見つけるんでしょ?」
「だけど、ファイルが40以上あるので、わからなくなっちゃいます。
そうだ、玲奈さんのお薦めの方を教えてください。
それならいいでしょ?」
玲子は泣きそうな顔をして、玲奈の顔を見る。
「はいはい」
素顔を見せる玲子は、玲奈の目に可愛く映り、パソコンを自分の方に向け操作すると、“よし”と頷きパソコンを再び玲子に向けた。
玲子がパソコンを見ると、沢山あつたファイルは3つしかなかった。
「今、私が推すのは、その3人かな。
他が見たければ、元に戻すからね。」
「はい、ありがとうございます。」
玲子は家主(男性)の1番目のファイルを開く。
「わっ!
素敵な人。
お名前は、槙野翔平さんというんだ。
背が高いな、私と20センチ以上離れている。
ポニーテールやワンピースが好き?
ワンピースはたくさん持っているけど、この髪型でポニーテールは無理ね。
少し伸ばそうかな。
そうだ、血液型は…。」
明るかった玲子の顔が曇る。
「素敵そうな人だったのに、残念…。
次の人は…」
玲子は翔平のファイルを閉じ、次のファイルを開ける。
「うわっ、この人もさっきの人とは雰囲気が違ってジャニーズ系の美形。
朗らかで優しい女性で、身長も体重も自分より下の女性ならオッケー?
こういう人は、会うと意外とうるさかったりするのよね。
それにこの人に吊り合うようにするのは、疲れそう。
ちょっとパスだな。
あ〜あ、さっきの人の血液型さえ…。」
「どう?
いい人いた?」
「ひゃぃ!」
パソコンに集中していた玲子は、玲奈に声を掛けられ、驚いて飛び上がる。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。
コーヒーでいいかしら?」
玲子が見ると、玲奈がいい香りのするコーヒーを持って来ていた。
「はい、ありがとうございます。」
玲子は玲奈からコーヒーを受け取ると、一口飲む。
砂糖やミルクは入っていなかったが、甘みを感じ、美味しかった。
「まだ、お二人のファイルしか読んでいないんです。」
時計を見ると読み始めてから30分以上経っていた。
「みんなそうよ。
大事なことだから、集中して読んでいるから時間がかかるのよ。
疲れたら、また、違う日に続きを読みに来てもいいからね。」
「ありがとうございます。」
玲子は、小さくため息をつく。
(やっぱり、人を選ぶのは大変だわ。
ましては、ち…)
「あなたのお眼鏡に掛かる人はいなかった?」
玲奈に話しかけられ、玲子は考えていたことを中断する。
「いえ、お二人とも素敵な方です。
特に最初の方は申し分なかったのですが…」
(最初の人?
翔平ちゃんのことね。
ほほ〜う、この子は意外と男を見る目があるわね。
でも、だめ出し?)
「ですが?」
「はい、血液型が希望通りかはないので。」
「血液型?」
「はい、血液型占いでは一番悪い組み合わせだそうです。」
「そ、そうなの…。
あと一人残っているけど、この3人はあくまでも私はお薦めだから、他にも見てね。」
(まあ、相性の判断基準は、人それぞれね。
翔平ちゃんじゃなくて良かったかもね)
そう思いながら、玲奈は自分のデスクに戻っていく。
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