四年に一度の失恋

春乃和音

前編

 今日も明日も平日だというのに、同期のヤツと居酒屋に来ている。

「呑みに誘ってくれたのはありがたいが、なんで今日なんだよ。 明日もあるってのに」

互いに酔いが回ってきたかという頃、彼が切り出した。

「三月って卒業の季節じゃん。 今から卒業式やるから、立会人になって」

「あー……そういうこと」

彼は美味しい料理に緩ませていた頬を直して、グラスに少しだけ残っていたビールを飲み干した。俺たちの傍を通った店員を呼び止め、またビールを注文する。

「じゃあ、聞かせてくれ。 お前が卒業したい人のこと」

「別にそんな真面目な話じゃないんだけどね。 むしろ笑える話かもしれないよ」

今年の正月から暗くなった思い出を、酔いと共に吐き出した。




 俺には幼馴染がいるんだ。隣に住む年上の女性でね。俺が中三のときに、その人が大学生になったばかりだったから、たぶん四つか五つ上なのかな。昔は毎日のように遊んでもらってたよ。無理やりゲームさせられて、ボコボコにされてただけだったけどね。

 だけど、その人とは――もう姉ちゃんでいいかな――大学生になってからは滅多に会えなくなった。姉ちゃんが一人暮らしを始めたから。長期休みのときは実家に帰ってきていたけど、会わなかった。特に理由はなかったんだけど、そういう関係だったからね。俺が会いたくて会うんじゃなくて、姉ちゃんが俺をからかうために会いにくるって感じ。そんなんだから、姉ちゃんと会うのは四年に一度だった。

 しかも、久々に会っても話題はいつも一緒だった。

「ねえねえ、聞きたいでしょ〜。 ドラマティックなお姉ちゃんの恋バナ聞きたいでしょ〜」

姉ちゃんの恋愛の話。四年周期で俺の部屋に押しかけて、元カレの話をしていくわけ。え、そうだよ。彼氏じゃなくて元カレ。オチは決まっていつもこんな感じだったよ。

「わたしの……うっ……どこが悪かったのかなあ……うう……」

もう参っちゃうよね。しかも、最初の方はめっちゃ笑顔で話すから、こっちも今回は別れてないのかなって毎回思っちゃうわけ。いやあ、苦しかったよ。これ姉ちゃんがアラサーになるまで続いたからね。

 そう、アラサーになるまでは。実は昨年が四年目だったんだけど、俺のところに来なかったんだ。そして、今年の一月に初めて姉ちゃんから年賀状が来た。「結婚して初めてのお正月を迎えました」って書いてあったよ。知らない男とのツーショットでね。




「なにが『むしろ笑えるかもしれないよ』だ。 全く笑えない」

話が終わったあと、同期のヤツは言葉に迷っていたようだった。暫くして直接話に触れるのはやめたらしい。

「一定間隔で失恋するの面白くない?」

「いや、別に……。 なにか理由とかあったのか?」

「それがね、別れた理由がまちまちで分からなかったんだよね」

「姉ちゃんって人の方じゃない。 四年周期で失恋してたのはお前も一緒だろ。 なにか好きになった理由とかあったのか?」

俺が姉ちゃんのことが好きだとは一言も言っていない。しかし、姉ちゃんからの卒業式という名目上、そう思うのは自然なことだった。直接言うのは恥ずかしいけど、察してもらいたくて面倒な言い回しをした。だから、はぐらかさないで答える。

「好きになった理由なんてわからないよ。 ゲームでボコされてるときから姉ちゃんのことが好きだったし。 それくらい昔の話だよ」

「……そうか」

もうテーブルには空になった皿とグラスしかない。追加で注文するには時間が遅い。そろそろお開きだろう。

「そろそろ帰ろうか。 話を聞いてもらえて少しスッキリしたよ。 ありがとう」

「本当に黙って聞いていただけだったが、よかったのか?」

「もちろん。 だから君も悩みがあったら俺に吐き出すべきだぞ。 楽になるからさ」

席を立ってレジに向かう。明日も仕事だというのに話に付き合ってもらった礼として奢った。

 ドアを開くと、まだまだ暖かくなりきらない風が肌に刺してきた。近場の飲食店の香りもしてくる。暗い道だというのに様々なものが混ざりあっているのがわかる。悪いものも、良いものも。全て混ざりあって黒色に落ち着いてしまったかのようだ。


 駅の改札を通ったあと、同期のヤツが尋ねてきた。

「もう一つ理由を聞いていいか?」

彼はこっちの質問こそが本命とばかりに、真面目な顔をして俺と目を合わせた。

「なんでお前はずっと好きでいられたんだ? 何年もそんな調子だったなら、自分に脈がないことはわかってただろ」

なるほど、これは聞きづらかっただろう。彼は言い終わったあとで少し申し訳なさそうに目線を落とした。でも、この質問をぶつけてくれて嬉しい。だって全部吐き出さなきゃ卒業なんてできない。喋り尽くさなきゃ、心にいつまでも残ってしまうような気がするから。

「だって、仕方ないでしょ」

大した理由じゃないとでも言うかのように、ポケットに手を突っ込んだ。崩したような姿勢をとる。だけど、両手は強く握りこんでいた。

「一生に一度の初恋だったんだから」

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