第2話 東の森
村を出るとしばらく平野が続いている。私達はやや駆け足気味だ。
夜になれば森で夜行性の獣達が騒ぎ出してしまう。
順調に行けば暗くなる前に森からは抜けて来られるだろうが、多少の想定外でそうならない事もあり得る。少しでも時間に余裕を持っておきたい。
「リアは森、行ったことあるのー?」
「前に一、二度行ったぐらいかしらね。どっちもあんたに連れてかれた時よ」
「木登り勝負楽しかったよね!」
「うん、楽しそうだったわよね。あんたは」
村に同世代の子供が少ないというのもあってか、この子はよく私の修行の合間にちょっかいをかけに来ていた。
話をするぐらいならいいのだが、時折遊びに付き合わされる事もあり、既に修行で疲れた体を鞭打ち遊んだ。
その遊びで最も大変だったのが森まで走ってからの木登りや追いかけっこ。しかも二度とも帰りが遅くなって師匠に怒られた。踏んだり蹴ったりな思い出である。
「確かエーリスは森によく行くのよね」
「そだよー、村の周りはあんまり狩り出来そうなとこないから森までいくの!」
「それじゃあ、道案内もバッチリって事かしら」
「もっちろん! わたしにとってあの森は……なんだろ? うん、森だよ!」
「そ、そう」
私はあの森の中をあまり知らない。一人で歩くような事になれば多分迷う。
なるべく、エーリスとは離れないようにしたいところだ。
そんなこんなで私達は森へと辿り着く。
「さて森に着いたわね。ここからは慎重に……」
「森だー! 祭壇は真っ直ぐ行けばあるよ!」
森に着くや否や、止める間もなく走り出すエーリス。
本当にあの子の行動は読めない。油断も隙もあったものではない。
「ちょ、待ちなさいエーリス!」
仕方なく走って追いかける。しかし追いつけない。
昔から身体能力が恐ろしく高かったが、こんな時に困らされるとは。
それに地面に道はなく平らではない。木の根や石ころまで足元で邪魔をしてくる。森に慣れているエーリスはともかく私にはとても走りづらい。
追いかけっことでも思っているのか、途中まではチラチラとこちらを見ながら笑っていたりと、遊び心のおかげで距離を保てていた。
だが徐々に火が付いたようで、速度が次第に上がっていく。対してこちらは体力の限界が見え始め、速度が落ちていく。
気付けばエーリスは見えない程に先まで行ってしまった。
「ぜえ……ぜぇ……ほんと何考えてんのよあの子……」
体力を使い果たした。
歩くのも辛い、私は一度近くの腰を下ろせそうな岩へと座る事にする。
「ふぅ……」
持って来ていた皮製の水筒から水を飲み、息を整える。
あまり長く休むわけにもいかない、エーリスは真っ直ぐ行けばいいと言っていた。けれどこんな道もない森では真っ直ぐ歩いてたつもりが大きく逸れていたなんて事もあり得る。
急いで合流しなければ迷いかねない。
エーリスが途中で私が着いて来ていないのに気づいて引き返していればいいのだが。
「さて、よっこいしょ……っ!」
腰を上げ、立ち上がった時、気づいた。
私は下に落ちていた拳程の石を拾うと斜め上、木の枝葉が生い茂り何も見えない所へと思い切り投げつける。
途端、周囲が一斉に木々の揺れる音でざわつく。そして降って来た、無数の影。
振り向かない、振り向ける余裕はない。静かに腰に差していた木剣を手に取り、両手で構えた。
目の前の等身大の“蜘蛛”は、しっかりと私をその目に映している。
前にいるのは二匹、気配から察するに後ろには三匹。合わせて五匹に囲まれている。それぞれが大股で二歩程度の距離を空けていた。
「何食ったらそんな大きさになるのよ……!」
こちらの動きを探っているのだろう。向こうからは動き出す気配がない。
正直な話、私は対複数の戦闘が苦手だ。というより複数を相手とした修行を行った事がない。修行の相手はいつも師匠一人だったからである。
しかし師匠から対複数においての心得を学ばなかったわけではない。こう言っていた。
『一対一の状況を作り続けろ』
私は前方にいる片方の蜘蛛目掛け思い切り踏み込む。ほぼ同時のタイミングで動き始める前後の蜘蛛。
踏み込んだままの勢いで駆け出し、そのまま下から上へと向けての斬り上げ。これは問題なく蜘蛛の頭部に命中した。
倒れ込みそうになる蜘蛛は進行の邪魔。腕で横へと押し除け、身を翻して後ろへと跳び、残りの四匹から距離を取る。
師匠の言っていた一対一を作る事とは一撃必殺からの離脱、要するに一撃離脱を繰り返すと言うことだった。
一撃必殺が適わない場合はどうしたらいいかと私は質問したが『そもそもそれが適わない力量差で複数を相手にする事が困難だ』と返された。よく考えてみればその通りである。
「先ずは一匹……!」
蜘蛛達はこちらの策を本能で感じ取ったのか、先程の囲む陣形ではなく一点に固まっての密集陣形へ切り替えてきた。
再び睨み合う私と蜘蛛。
一撃離脱では標的に接近しつつ、他の敵の攻撃範囲から離れるということが必要となってくる。
その点で言えば、攻撃が噛みつきに限定される蜘蛛は攻撃範囲が狭く、相手しやすいと言えるだろう。
「密集したならば、端の方から削っていくだけよ!」
敵の作っていた密集陣形は前後左右に一匹ずつという単純なものだった。この陣形は複数を個として働かせる効果を発揮する。
しかし私ならこれも崩せるはずだ。私が狙いを付けたのは右の蜘蛛。
すれ違うように斬りつければ陣形の強みを活かさせる事もない。
私は勢いよく前進を始めた。思い切り左から斬り払おうと木剣を左肩の横へと構える。
「やああああ!!」
木剣が振られる。手応えは、ない。
「嘘、跳んだ!?」
人間ではあり得ない動き。斬るはずだった蜘蛛は二人分程の高さへいる。
攻撃は失敗した。けれど攻撃範囲にはいない、走り抜ければ状況は戻る。そう考えたのは誤算だった。
蜘蛛達が脚の下、お尻を柔軟に曲げこちらへ向けている。
「あっ……そういえば蜘蛛って……」
一斉に白いモノが私目掛けて発射された。正体は糸。
木剣での抵抗を試みるもネバつきに絡みつかれるだけで効果はない。
宙に跳んでいた蜘蛛が私の上へと落ちてきて、そのまま倒された。
「フゴッ……フゴッ……」
辛うじて息を出来る隙間はあるが、顔にまで糸の拘束は及ぶ。
これはまさしく──絶対絶命だ。
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