アレリア嬢の怨恨

ありあす

第1話 成人の儀

 怨みを晴らす事だけを考えてきた十年だった。

 ただ、あの男を殺す。それだけを目的に私は生きてきた。

 

「ねえ師匠。今日の成人の儀が終われば旅に出てもいいのよね」


 一部屋だけの狭い家の中、目の前で立っている師匠へと尋ねた。

 問われたお師匠様は困った風に頭をポリポリと掻いている。


「本当に行く気かいアレリア。顔も悪くないんだし、村で大人しく女房をやるというのも良いと思うんだけど」

「ありえないわ。そうなるとしても、それはあの男を殺したらよ」

「……そうかい。ではじきに成人の儀の時間だ。君ももうそんな歳とは早いものだね」


 私達は家を出る。外はいつもと変わるので多くの畑や牛小屋の合間にポツポツと木の小屋が並ぶ風景。

 朝の早い時間だということを鳥が鳴いて報せている。

 村の中央にある井戸へ向かうと既に杖をついた老人、村長が一人で待っていた。

 村長はこちらを見つけると顎の長い白髭を撫で始める。


「村長、お早いご到着ですね。待たせて申し訳ない」

「なになに。する事もないでな、早く来ていただけの事。気にせんでくれい」

「歳とると早く起きちゃって暇だもんね……痛いっ!」


 隣の師匠より頭へ拳を落とされた。

 手加減が苦手な師匠のゲンコツ、すぐコブになりそうだ。


「すみません村長、こういうところが中々に直らないものでして……」

「構わんよ。アレリアももう成人になるか……十年経ったのだな。主の父上には本当に申し訳なかった」

「いいの。父には感謝だけしてあげてよ。ああなったのは帝国が、あの男が全て悪いんだから」

「……アレリアはまだ行く気なのかね」

「もちろんよ」


 物憂げな顔で村長は「そうか」とだけ呟いた。

 

「ところでエーリスのヤツが来んのう。よもや忘れてるわけではないと思うが……」

「あいつだったらあり得るんじゃないの?」

「せええええーーーふ!!」


 見覚えのある姿が走ってやってきた。

 腰まで伸びた金髪に青い瞳。動き辛さを嫌っての年中変わらない軽装。

 背中には弓と矢筒を背負い、手には。


「その手に持ってる花はなによ」

「リアに似合うかと思って! 生えてたのを取ってきたの!」

「まさかそれで遅くなったの……? 全く、十五にもなってそんなのいらないわよ」

「そんなー! ぐすん」


 一瞬だけ悲しそうな素振りを見せるものの、忘れたかのように笑顔に戻るエーリス。

 私はエーリスのこういう無尽蔵な明るさが苦手だ。復讐という真っ黒なものを抱える私にはこの明るさは真っ白過ぎる。

 だから私は避けているはずなのだけど、何故か懐かれている。解せない。


「ええ、では揃ったかの。今年は二人か……まあ仕方ない事だのう」

「村長さん! わたしたち何したらいいのー?」

「積もる話もあったものじゃが、エーリスは待ちきれんようじゃの……えっとじゃな。成人の儀では東の森の奥にある祭壇に林檎を捧げてきて欲しいのじゃが……今年はおなご二人となるとちと厳しいかのう? 森には獣や虫もいくらか出おる」

「問題はないでしょう。アレリアは十年前に引き取ってからずっと、鍛えに鍛え抜いてきました。その辺の獣には負けないはず」

「むう、まあエーリスもいるし問題はないかのう。エーリスは村一番の狩人、稀代の天才狩人じゃ。ワシはむしろ、アレリアが木剣で身を守れるのか心配じゃよ」


 村には剣というものが売っていなかった。

 武器と言える物自体が狩に使う弓、伐採に使う斧ぐらい。

 それで私は自分で木を削って木剣を作り、この木剣こそが私の剣だった。

 

「こんなのでも虫なら潰せるし、獣だって急所を突けばどうにかなるわ。なんなら私一人でも十分行って来れるわよ」

「えー、そんなの寂しいよ! 一緒に行こう?」

「そういう話じゃないんだけど……」

「ともかく。二人で十分そうじゃのう」


 村長は近くにある木を指差して見せる。

 

「あの木に生っている林檎。アレを捥ぎ取り祭壇に置いて参れ。ワシらは敢えて確かに置いてきたかの確認はせぬ故、誤魔化しなどせずにしかと置いてくるのじゃぞ」


 そこまでいうと村長は黙ってしまった。

 もしかして成人の儀が始まったのだろうか。


「村長、始めていいの?」

「よいぞ。エーリスはもう林檎を取りに行っておる」

「こういう時は早いわねあの子……」


 木の方に向かおうとした所、エーリスがこちらへ向かって走ってくる。

 両腕を振り上げており、両方の手には林檎が握られていた。

 つまり林檎を二個持って来ている。


「リアの分も取って来たよー!」

「ばか、こういうのは自分で取った方がいいでしょ……まあいいわ。貰っとくわね」


 儀式の為の林檎も持った事だし、私達は村の外へと歩き出そうとした。

 ふと、こちらを寂しそうに見ている師匠の姿が目に映る。


「どうかした?」

「成人の儀が終われば君は旅立つんだろう。それならもう共にいる時間も終わりというわけだ。名残惜しくてね」

「そっか。まあ帰って来てから改めてお礼でも言わせてもらうわよ。親代わりしてもらってたんだしね」

「帰って来てからか……アレリア、村の入口まで送らせてもらうよ」

「急に寂しがるわね。別にいいけど」


 ここは広くない村である。

 他愛のない話を交わしているとあっという間に入口へと着いた。


「それじゃ頑張るんだよアレリア」

「すぐに終わらせて帰って来るわよ。あんな森ぐらいどうでもないわ」

「うんうん、わたしもいるし!」

「任せたよエーリスちゃん。それじゃアエリア、さよならだ」


 さよならという言葉には少し違和感を感じた。

 けどそこまで気にする事でもなく、きっと何気ない別れの挨拶に過ぎないだろう。

 私は「じゃ」とだけ返すとエーリスと共に村を発ち、東の森へと向かうのだった。

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