06 強くなれ、空の獅子

 深緑色。傭兵の印。任務のためならば手段は選ばない暴力の象徴。

 シエロたち空を飛ぶ〈 SKY DRIVER 〉の間では、どのような依頼を受け、いつ殺しに来るか分かったものでは無いので常に警戒される対象であった。

 傭兵、という一括りで認識されてはいるが、使う必要のない人間にとって、どこで雇うのか、どうやって雇うのか、遭遇するのか、という情報がほとんどなく、謎に包まれている集団だ。

 そんな危険極まりない傭兵の女が、今目の前にいて師匠と歓談している。それを眺めているだけでもハラハラとするのに、師匠に促されて、今シエロの元に歩いて来さえしていた。


「初めまして、私はカノカ。姓は無いの。よろしく」

「……あ、あぁ。シエロ・アルバン、よろ……しく」


 カノカも人付き合いが苦手なのだろう。挨拶はスラリと言いつつも、おずおずとその手を差し伸べた。そのぎこちなさに、つかの間の安心感が流れ、シエロも傭兵という存在の恐ろしさに心を揺さぶられながらもその手を握る。

 手がふれあい、握る。お互い、なかなか同世代にあたる異性の手を触れる機会などほとんど無かったものだから、力の入れ方がわからず触れるだけで力を抜いて離した。

 微妙な空気が流れる。

 ふふふ、静かな笑いが緩やかに沈黙を押し流していく。


「まぁ、仲良くしてね、君たち」

「傭兵と? 俺は無理だ。あの襲撃事件には傭兵の姿があったという。なぜユージンはそうも簡単に受け入れられるんだ」


 ユージンの声でハッと我に返り嫌悪感を露にしたシエロは、異論を唱えた瞬間に殴られた。理不尽だ。シエロはただ単に師匠を心配しただけだというのに。


「彼女は、その襲撃事件当時、私を襲った一人だよ。あの後私が君と同じように叩き上げたのさ。

 それにシエロ。その首謀者は既にもう居ない。いい加減その恨みを捨てなさい」

「う……ユージンがそう言うなら……」


 襲撃事件の参加者なら尚更に、だ。

 という言葉を飲み込み、げんなりとした表情でシエロは肩とともに頭も落とす。

 ユージンの敵であったことは、暴走族時代のシエロも同じだ。それが時を越え、同じ境遇の人間が一人増えただけだ。そのことを考えると、シエロは何も言えなくなってしまう。

 シエロはあのときの恨みを全て死んだオーウェンに向けることにして、無理やり心に区切りをつける。

 仲間という認識を心に刻み、再度彼女を見る。しかしながらその物騒な短機関銃アサルトライフルをしまってほしいところであった。拳銃ハンドガンの類ならポケットにでも仕舞えるのだが、彼女の持っている短機関銃アサルトライフルは武骨な銃身が隠し切れないほどの重厚さで、正直見ているだけで恐怖を覚えてしまう。

 その旨を恐る恐る伝えると、師匠からは「慣れよう」という言葉、カノカからは「無理だ」という無慈悲な言葉を頂戴した。


「カーノーカー!!」


 ユージンの笑い声を聞いてか、レンジュがついでにカノカも見つけて胸に飛び込んでくる。

 両手に今日届いたばかりの玉を握りしめているため、頭でのタックルになっているが、カノカは普通にそれを予期していたのか、やんわりと受け止めくるくると回してやっていた。

 ふわりと、カノカが笑う。シエロの心の中で絡まっていた糸が、雨に濡れてぐちゃぐちゃなはずの彼女の笑顔で、バラバラと解けていった。

 ーーーー笑った。彼女も人間だ。

 シエロはそう思った。思えてしまった。

 そこにはレンジュの笑顔もあったからかもしれないが、シエロはそのときはっきりと、カノカを見ることができた。


「恨みだけでは、生きては行けないさ、シエロ。

 ときには許すことも大切だ。その者に、敵意がないと分かればあとは信じるだけだ。

 不意を打たれて即死するほど、僕の教えた技術は拙いものだったかな?」

「それは……分からない」

「ならば、もっと賢く生きろ、空の獅子。

 閉じこもってばかりでは、何も掴めない。目を開け。辛くなったら、また閉じればいい。

 その経験も、君の糧になる」

「………はい」


 シエロの変化を目敏く感じ取ったのか、ユージンはシエロの真後ろに立ち、そう言った。

 強くなれ。師匠が弟子にそう激励した。シエロは敵わないなぁとその声に耳を傾ける。


「あ……、シエロさんも無事?!」


 ぐるぐるとカノカに振り回してもらった後、レンジュはシエロにも飛びついてきた。玉を両手で抱えたままだったので、頭から突っ込まれて軽くせき込む。

 一人名前を呼ばれずむくれたユージンに大楯を傘代わりにされながらレンジュはえへへと満足げに微笑んだ。その笑顔はまさに天使であった。

 ユージンは皆の幸せを祝い微笑むレンジュを連れて部屋に戻り、シエロとカノカは無言で死体を片付けた。しかし、その間には妙な緊張もほぐれ、沈黙が気にならなかった。

 すると、どうしたものか雨が弱まり、霧雨のようになっていく。ついで雲間から日の光が差し、それはまるで……。


「あ、叔父さま! 流星群みたい!」


 シエロが思い浮かべたことと同じ表現を、カノカがはっきりと口にした。先ほどからレンジュの手のなかで光を放つ「セージ・イフェマラル」の玉を見ていたからだろうか。シエロだけでなく、ユージンもカノカも胸の中に「流星群」という言葉がすっと腑に落ちた。


「シエロ、これ!」


 窓を開けて、レンジュが「セージ・イフェマラル」を差し出す。


「これはね……!」

「“儚し”の名をつけられた、今は亡き星なのですよね、レンジュ」


 何度も聞いたのだろうか。カノカが言葉を短く引き継いだ。


「うん! だからね! 星にしてほしいの、この子を飛ばしてほしいの!」


 シエロはレンジュから星の玉を受け取り、それから〈 SKY DRIVE 〉に跨って、片手で星の玉を掴む。ぐるりと弾丸を躱すときのように、足の力と左手だけで自分の体を支え、ひとまず三回転を果たす。勢いづけ、構えているカノカにぽぉんと放る。

 カノカはきっちりと過たずにきっちりと受け取り、足だけでアクセルを踏めるように改造された〈 SKY DRIVE 〉を足だけで支え、横回転させながらジャグリングするかのように、右手左手右手と次々に跳ねさせる。

 シエロの男らしく力強い動き、カノカの女性らしい優雅な動き。くるくるとひたすら回って滑るように前に進んでまた放った。

 シエロからカノカ、カノカからシエロ、カノカ、シエロ……。手から手へと渡る星を模倣した美しき玉は光の尾を引き、流れ舞う。頼んだレンジュはもちろん、若き二人の不規則な舞を見つめるユージンも、空を舞うカノカも、そしてシエロも。

 初めて経験するダンスに喜ぶように走り回り、跳ねまわる、雨に煌めく星と、いつまでも戯れていた

                                  〈Fin〉

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