05 リ ク ロ ウ

 オーウェン。いつもシエロを本社まで送る親父気質な男。実を言うと、シエロを担当する前はユージンの担当をしていたベテランの運転手。そんな危険人物が今まですぐ近くにいたと思うと、寒気が走る。

 俄かには信じがたい。そう思った瞬間、決定的な声が、言葉が壁の向こうから発せられた。


「どうして分かったんだぁ、ユージン? 撃たねぇから、そのツラ見せやがれ」


 ユージンはガンっと音を立てて大楯を展開。シエロがその後ろに隠れたのを確認し、壁を解除した。

 目の前に現れたのは、黒のつなぎを着たいつも通りのオーウェン。


「バレちまったもんはぁ、仕方ないよなぁ。そうさ、俺は黒狼の一員だよ。名をリクロウ・オーウェンという。つまり、まとめ役さぁ」


 リクロウ、つまり陸の狼。黒狼のなかで陸狼と名乗れるのはおそらく棟梁のみ。シエロは背中に冷や汗を伝らせる。黒狼の棟梁がまさに喉元まで来ていたということだ。


「僕もなかなか分からなかったよ。黒狼の親玉が自ら〈 空宅 〉に潜んでいるとはね」

「トラックの運ちゃん、よく似合ってたろう」

「あぁ、そうだな元相棒くん。

 ……そんなに、潰したいのかい? この〈 空宅 〉を」


 毒を含んだ風のように静かに流れるユージンの言葉と、強く獰猛な牙を持つ獣のようなオーウェンの言葉がぶつかり合う。

 銃を一旦収めた黒服の連中がサングラスの奥の目でこちらに噛みつくタイミングを今か今かと待ち構えていた。


「あぁ、正直言って目障りだ。上空をぶんぶこ飛んで、金持ちの頼み事を運ぶハエども。よく耐えたよなぁ、俺」


 褒めてくれよ、とばかりに嫌な笑みを浮かべるオーウェンは、もはや猫を被っていた一社員の面影は無くなっていた。

 シエロは奥歯をかみしめながら、静かに師匠の言葉を待つ。


「だからって、人を殺していい理由にはならないよ」

「はっ、よく言う。襲われたら全員ぶっ殺す癖になぁ。それに、俺は知っているぞ。愛弟子に会いたいからと、臨時を指定したんだろう? 職権乱用だな」


 クックックとオーウェンは喉の奥で笑う。さながら映画の中の悪役だ。

 まるで今まで溜まっていたストレスを全てひけらかすように流暢に話している。


「それで、俺の行き先を知っていて、空での襲撃に失敗したからユージンもろとも殺すつもりだったと……」


 シエロはあの空での不可思議な襲撃を頭に浮かべて分析するかのように声を発した。我慢がきかなくていけない。

 師匠の邪魔をしないように、自制を効かせて横目で愛車を見る。幸いにも傷つけられた様子はなく、防犯シールドがうまく働いたようだ。


「あぁ、そうだ。荷物が姪宛だったのは誤算だったがな、うまく守ってくれて良かったぜぇ」


 下卑た笑みだ。おそらく、レンジュが死んでいても “ ついでに ” という言葉を使うつもりだったのが透けて見える。

 さあ、とオーウェンは右手を上げる。そのオーウェンを隠すように黒服の男たちが銃を構えて前に出る。

 シエロも回転式弾倉シリンダーの中身を確認し、胸の前で構えた。ユージンも大楯を支えながら、自動拳銃オートピストルを構えた。

 ふと、チチッという音が流れ、シエロのシールドが回復したことを告げる。

 オーウェンの笑みが深くなる。右手が振り下ろされ――銃撃。

 ――される前に一発。

 引き金を引き、シエロは一人の息の根を止めた。次ッ……! と防御シールドを展開し、弾丸を放つ。この合羽に内蔵された防御シールドは〈 空宅 〉製だ。だからあっちは数で押し、防弾チョッキを着ることでしか我が身を守れない。つまり、顔を狙えば一発KOだ。

 発射速度と弾数のある自動拳銃オートピストルを操るユージンが、弾数でも速さでも劣る丈夫が売りの回転式拳銃リボルバーを操るシエロを援護する。

 さすが空の獅子と呼ばれた男の動きであった。それは地上戦でも応用され、弾丸に狙われぬように飛んで跳ねて弾を拡散し、同士討ちをも誘う。

 数十分。

 圧倒的振りを悟ったのか、引こうとしているオーウェンの姿が目に入った。向かう先はシエロの〈 SKY DRIVE 〉。

 今までユージン、シエロと二代にわたって移動を任せていた男である。緊急ロックの解除方法も当然知っていた。

 しかし、今撃てば狙いが外れて遺志を乗せた車体に当たる。


「まだ甘いな」


 無線が小さなユージンの声を拾った。

 パァンと、いつも以上にシエロの耳朶に響いた発砲音。

 放たれた弾丸は雨に打たれながらも狙い違わずまっすぐに進み、オーウェンの後頭部を撃ち抜いた。

 どう、と倒れるその大きな体。周囲の水溜りが飛沫を上げて、もう息をしないモノと成り果てた遺体の上にばしゃりと降りかかる。


「あっ……。………わぁああ!! 棟梁が、やられたあああぁぁぁ」


 残った黒狼の残党どもが散り散りになって逃げ出そうとする。

 しかし、だった。

 ダダダダダダダダダん!!

 空から降ってきた弾丸。逃げようと少し離れた場所に居た黒服の男たちを次々に撃ち抜き、一瞬で骸と化した。

 見覚えのある短機関銃アサルトライフルを抱えたシルエット。

 それは足だけでアクセルが踏むことができるように改造された〈 SKY DRIVE 〉に跨り、徐々に近づいてくる。まるで天女のように深緑色のフーデットケープを風に揺らしながら。


「ユージン、遅れた」

「はぁ、美味しいところを持っていきますね、カノカ」


 あの空で会った、傭兵の女だった。

 任務遂行の為ならば手段を選ばない、彼らの恐ろしさをよく知るシエロは、平然と応答するユージンを信じられないものを見るように見つめることしかできなかった。

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