04 届け先

 届け先でも雨は降っていた。

 シエロは身体を打つ雨を忌々しく思いながら〈 SKY DRIVE 〉をくるくると旋回させてゆっくりと降下し、家から離れた場所に着陸した。

 少し広めの庭があるログハウス。家の周りに柵も生垣もなく、前を通る道と敷地の境界だけが敷地の大きさを示していた。裏には小高い山と森。シエロの住む“ 殺伐 ”とした田舎より、“ のどか ”という表現が似合う地域だ。

 不規則に並ぶ木々だけが遮蔽物となるこの家は、敵が隠れようと思えばたやすいので危険といえば危険だが、一般人の住む家の周りでドンパチはしないだろう。

 それは、 黒 狼 ブラック・ウォルフズはもちろん他の義賊たちの主義思想に反する。

 シエロはいつもの営業スマイルを引っ張り出しながらバッグの中から品を引き出す。傷一つつけていない、大切なお届け物。

 インターホンを押す。


「はーい!」


 明るい女性の声がシエロを出迎える。


「宅配の者ですが」


 シエロがその声にこたえると、ガチャっと鍵が回されドアが開けられた。


「こんにちは!」


 声が低い。いや、質ではなく位置だ。

 目の前の玄関の上。小さな銀髪の女の子が顔に天使のような満面の笑顔を浮かべてそこに立っていた。


「君は……」

「私はレンジュ・ガードナー、よろしくね。お兄さん!」


 箱の外側、貼られたシールの宛名を見る。「レンジュ・ガードナー」、同じだ。

 というか、君はと尋ねられて名乗るほどの幼さで〈 空宅 〉を使うのは、一体どういう状況なのだろうか。


「では、ここにサインをお願いします」

「はーい」


 少し戸惑いながら、シエロはサインを受け取る。年相応のつたない文字。

 〈 空宅 〉の職務は機密性の高いもの、危険性の高いものなどを運ぶ仕事だ。子供の玩具を運ぶ職ではない。


「では、私はこれで。ご利用ありがとうございました」

「そこまで送っていってあげる!」


 釈然としない感情を抱えながら、少女がついてくるのを容認し、シエロは前を行く。

 〈 SKY DRIVE 〉まで数十歩の距離だ。迷惑にもならないだろうし、彼女の様子を見るにいつも通りの行動のようだ。

 だが、今彼女が夢中になっているのはお届け物の方のようで、どのようなものかは知らないが、誰かに盗まれたりしないかが気がかりでもある。

 暗証番号を入力したらしく、ガチャリと鉄箱が開く音がする。


「お兄さん、見て見て」


 少女がそう言って完璧な丸をかたどる球体を見せて来た。


「綺麗でしょ? 叔父様が取り寄せてくださったの」


 お客様の呼びかけとなれば無視することなどできない、とはユージンの言葉だ。

 チラと目を向けた少女の手の中にある球は、雨で薄暗い視界のなか、淡く青白い光を静かにたたえていた。自発的に、だ。


「これはね、セージ・イフェマラルという星の死を、可哀想だと嘆いたご先祖様が作ったの。そのご先祖さまのご先祖さまに、この星の名付親さまがいるんですって」


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 夢見る乙女のようにその大きな蒼い瞳キラキラとした光を浮かべ、その時代を超えた神秘的な話に憧れを持って楽しげに話す。その話を聞いて、シエロもへぇっと声を漏らす。由緒正しき珍しい小物だったそうだ。


「イフェマラル、の意味はね。“儚い”っていう意味だってユー……」

「危ない!!」


 自発的に輝く淡い光を受けて、こちらに向けられていた銃口が反射する。シエロがエンジュを抱えて家の方に跳んだ瞬間、今さっきまで歩いていたその場所を銃弾が抉り抜いた。ゴーグルと合羽の硬化モードを選択し、レンジュの全身を我が身で覆う。

 ガリガリと削るように銃弾の雨が降り注ぎ、簡易的に作られているだけのガードがどんどん脆くなっていく。

 時間がない! と焦燥感が胸を覆う。


 ―――ピッ

「前に跳べ! シエロ!」


 掠れの混じった細く厳しい声が無線機から飛び出し耳を打つ。

 何も考えることができず、ただ助けたい、助かりたいという一心で前に飛び出した。


 ガッシャァアン!!! ガガガガガガガガンン!!!

 銃弾が当たる不気味な振動が消え去り、真後ろに鋼の壁がせり出し家ごとシエロたちを覆った。

 続く銃声。何十発かが跳弾して当たったらしく、くぐもった悲鳴が小さく響く。

 家の中から慌てた銀髪銀瞳の年を幾つか取った男が、息せき切って現れる。その手には、〈 空宅 〉の無線機。


「こっちだ、家のなかへ」


 男に手招きされるがままに、シエロはレンジュを抱えて家の中に入る。

 相手方は重火器の意味がなくなったことを悟り、攻撃の手が止む。リーダーの指示が飛び、壁の周りを歩き回って偵察をし始めた足音がザッザッとくぐもって聞こえた。


「……ユージン!?」


 家に入り、落ち着いて見た男の顔はユージンだった。あまりにも大きな声で叫んだため、シエロはユージンの大きなこぶしで小突かれてしまう。

 肩まで伸びた白銀の髪をうなじのあたりで結わえ、白い顔には汗の雫を浮かせて長い睫毛に縁どられた星のような銀の瞳を瞬かせる、齢四十五の男ユージンは、はぁ、といつもの呆れ声でぼやく。


「君ねぇ、どれだけ俺の声を聞いてたんだ? 無線で気づけよ、このバカ弟子」

「あんたが無線なんか持ち出してんの知らねぇよ」

「だから君はいつまでもバカなんだよ。けど、脳筋の君なら、次にすることは分かるよね?」

「分かってる……このアホ師匠」


 一昔前なら、こんな喧嘩は日常茶飯事だった。のんびり屋だが過激な思想持ちのシエロがポカやらかして、ユージンが冷静な口調で、それでいてよく刺さる言葉でころころと転がし、シエロが覇気のない口調で返す。

 お互いに口調だけ聞けばゆるっとしたボールを投げ返しながら、シエロはそれを少し懐かしく思っていた。

 しかし、今は緊急時だ。あまり長々と話してはいられない。

 シエロは愛銃をユージンは 自 動 拳 銃 オートピストルと大楯を手に取る。昔シエロに仕事を叩きこむため、一緒にタッグを組んでいた時代、よく使われていた大楯だ。それゆえ、シエロにはおのずとユージンがどのような戦法を取るのかわかってしまった。

 レンジュはといえば、叔父の指導の賜物か、さっさと奥の部屋に隠れている。

 戦闘態勢は整った。

「やあ、君たち。 あのときと言い、今日と言い、僕になんか用でもあるのかい? 特にオーウェン……君だ」


 ユージンのさらにドスを上乗せした大声が、壁の外にまで響く。シエロは予想だにしなかったその言葉に身体をこわばらせた。

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