03 黒狼――ブラック・ウォルフズ――

 空は青のほうが好きだ。

 ゴーグルに挿入されている気圧安定メットを装着し、雲の切れ間から上空に昇ったシエロはそう物思いに耽りながら足を動かす。

 晴れ渡った、何の遮蔽物のないこの空は〈 空宅 〉を狙う 黒 狼 ブラック・ウォルフズや荷物を狙う義賊に狙われやすいことこの上ないが、雨の嫌いなシエロにとってはそっちの方がいくらかマシであった。

 そのうえ、離発着場として認められているエリア以外は透過フィールドが展開されているため、落としても下にいる民に被害は及ばない。

 それを把握してあちらも襲撃してくるのだが……。

 そんな起こるかどうかも分からないうえ、ある程度は撃退し得る敵を心配してまで苦手な雨に打たれたくはなかった。

 パックに詰められた栄養ジェルを飲みつつ、シエロはゆったり愛車を走らせる。

 そのとき――――。

 ピッという音を立ててレーダーが反応する。点の色は黒。空色ではないので、同僚ではない。

 浮上ポイントから距離を取り、一般車か敵か見分けるために目を凝らす。

(黒、……!)

 射出。発砲。

 シエロが〈 空宅 〉だと、どうして判別できたのだろうか。そんな思考を一旦追い払いながら、思い切り左に身をよじる。

 車輪を軸にして器用に一回転し、一段雲に近づいて急ブレーキをかける。

 追いかけて来た吠える黒狼のエンブレムを着けた敵機二機が横を過ぎ去った。

 後ろを取り、右に体重をかけながら左手で体を支え、ホルスターから銃を引き抜き、バランスをとる。

 安全装置を外し、撃鉄ハンマーを起こして指を引き金にかけ、放つ。

 普通の〈 空宅 〉なら、こんなことなどせずに逃げ出している。気圧は安定しないが、比較的命の安全な雲の中へ入る。なぜなら、現代の技術を総動員させた〈 SKY DRIVE 〉の安全面はきっちりしているからだ。撃退アイテムもそれはそれは選り取り見取りである。しかし、それは荷台の多いバイク型のみであって、旧型の自転車型にはない。

 現代技術の集大成。最新式の超合金性回転式拳銃リボルバー。〈 SKY DRIVE 〉自体にではなく、武器と防衛装備に金をかけたシエロは見事片手だけで敵を撃ち抜いた。

 黒服の後頭部から血が噴き出し、バランスを崩して落ちていく。

 それを見守ることなく、シエロは車体の向きを変える。


「やりやがったな! シエロ・アルバン!!」

「……それは俺のことか? だったら人違いだな」


 個人を特定したその物言いに、シエロはしらを切る。余計な情報を与える必要はない。

 残った一機に乗っている黒服の男は空の上でも良く通る声で再度怒鳴る。


「知ってんだぞ! 元〈 空宅 〉のエース、ユージン・アルバンの遺志を継ぐおと――」


 ダッ……ン!

  黒 狼 ブラック・ウォルフズの頬を銃弾が掠めていく。

 引き金を引く動作のみで放たれた命中性の高い弾に男の顔は青ざめる。唇がブルリと震え、か細い悲鳴を紡ぐ。


「ヒッ……」

「お前、あの事件に絡んでいたのか?」


 ドスの効いた声が、シエロの口から流れる。男は息も絶え絶えおびえた目でシエロを見ている。

 弾倉を回す。構える。


「ま、待ってくれ! 俺は……!」


 ダダダッ!

 連続して続く銃声。シエロの拳銃ハンドガンではない。連続する短機関銃サブマシンガンの銃声。

 唖然とした表情で見つめたシエロの視線の先。崩れ落ちるの 黒 狼 ブラック・ウォルフズの男。

 背後に硝煙の立ち上る銃を携えたフーデッドケープの女。色は深緑色。マフラーもゴーグルも同色に揃えられている。傭兵の女だ。

 黒い睫毛が無言で伏せられる。

 シエロが何も言えずに銃を構えていると、傭兵の女は無言でバイク型の〈 SKY DRIVE 〉を回頭させる。そのままエンジン音を鳴らし、どこかへと去って行ってしまった。

 それを呆然と見送りながら、シエロの脳裏に苦い思い出がよぎる。

 悲しい、一〇年ほど前の話だ。

 あの 黒 狼 ブラック・ウォルフズの男が言った通り、ユージン・アルバンはシエロの師であった。彼はシエロの知る頃から〈 空宅 〉のエースと呼ばれていた。四〇を越えてもなお衰えぬ操作技術、観察力、洞察力、そしてカリスマ。彼は皆に慕われ愛される男だった。ユージンの一番弟子と言われたシエロも彼に親しみと尊敬の念を向けていた。

 シエロはユージンに拾われる前、他人の〈 SKY DRIVE 〉を奪い乗り回す、俗に言う暴走族のリーダーだった。

 鉄パイプをその右手に持ち、ほかの暴走族との抗争に明け暮れる日々を送り、シエロはいつしか空の獅子とまで呼ばれていた。

 そんな彼らの暴走を止めたのが、ユージンだった。それまでほとんど無敗だったシエロは、ユージンが操る銃の圧倒的精密射撃に敗れ、警察ではなく〈 空宅 〉に入れられた。彼らが盗んだ〈 SKY DRIVE 〉は整備が行き届き、高値で売れたため、それでこっそりと被害者を丸め込み、訴えられなかったのだ。そのうえ実際に暴力をふるったのは、同じ暴走族の連中のみ。喧嘩両成敗である。

 何故、ユージンがこんな面倒な彼らをスカウトしたのか。それは単純な人手不足だった。〈 SKY DRIVE 〉をとりあげ、反抗するシエロたちを押さえつけ、ユージンは道徳や礼儀を教え込んだ。そして世間の常識を分かってきたころに、纏めて〈 SKY DRIVE 〉の教習所に放り込んだのだった。

 ほかの連中より手のかかるシエロをユージンは最初から最後まで教育を施した。そして今のシエロがいる。

 しかし、シエロがまともに仕事を始めた矢先のことであった。


「シエロ! ユージンさんが……!」


 仲間の一人が、ユージンが多人数の 黒 狼 ブラック・ウォルフズに襲撃されて死に体で帰ってきたことを伝えた。

 〈 空宅 〉の名医の元に入った地点で、生きているのも奇跡なくらいに失血気味。

 八時間にも及ぶ手術の末、なんとか息を吹き返した。

 だが、〈 空宅 〉復帰は難しく、ユージンはシエロに愛車を託して消えた。

 情報をリークした男は早急に逮捕され、今は檻のなかだ。

 だから、シエロはこの仕事をやめられないし、今も情報がリークされ続けている状態をよしとは思えない。

 そのうえでの今日の襲撃だ。確実に誰かが糸を引いている。

 それを元エースの一番弟子である俺の仕事だろうとシエロは心に強く思い、ゆったりとした遊覧飛行を再開するのだった。

 彼の辞書に「真面目」の文字はない。

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