02 青空宅急便
ガレージで荷物を確認しながら待つこと半時間。
ピピっと耳に差した無線機が外部からの入力に反応する。
「こちら
「こちらNO.46シエロ。聞こえる」
ノイズ交じりの交信は、馴染みの
「仲介人」とは、荷物が保管されているシエロの職場〈 青空宅急便 〉本社に社員の宅配員を運ぶ、簡単に言えば送り迎え要員のことを指す。彼らは社員本人と一緒に〈 SKY DRIVE 〉も運んでくれるため、大抵四輪の運搬車で来るのがセオリーとなっていた。
なぜ送り迎えが必要なのか。それは、ココ最近〈 空宅 〉本人すらも狙う輩が増えてきたからだ。本社は社員寮を置くことも考えたが、家で精密な点検をしたい社員が多く批判を食らったため、作り出された制度である。こうして、オーウェンのように〈 SKY DRIVER 〉ではない人員も、採用するようになっていた。
シエロはガレージのシャッターをガラガラと鳴らしながら大きく開ける。目の前にはたった今止まったばかりのバン。
太陽がではじめ、若干明るくなった視界に映った空は、相変わらずどんよりとした雰囲気を醸し出し、しとどに雨を降らせている。その雨は、バンにも例外なく降り注ぎ、黒塗りの塗装がテカテカと所々に設置された街灯の光を反射する。
その運転席から無精ひげを生やした男オーウェンが、どっこいしょうと気だるげに降りてくる。
足を踏み出す。
チカッ……と。
シエロの目の端に、黒光りする物が映る。瞬間、左真横に体ごと回転させ標的を捕捉。引き金を引いて撃鉄を起こし、引ききる。
銃声。引く。銃声。排莢。
物陰から顔を覗かせていた黒服黒サングラスの男が二人、積み重なるように倒れ、動かなくなる。
「……チッ。最近は情報のリークが多すぎやしねぇか?」
オーウェンが軽く舌打ちをして、あたりに視線を巡らせた。周りに敵らしい姿は他には見えない。警戒しながら倒れた二人の元に駆け寄り慎重に荷物を探る。
「黒狼の紋……。ブラックウォルフズの連中、か……」
「きなくせなぁ、おい」
シエロが男のポケットから黒い狼が遠吠えをする姿が描かれたバッジを見つけ出した。オーウェンは顔をしかめながら屋根の下で写真を撮り、情報の流出を避けるために端末の通信機能を切る。
バッジは小袋に放り入れられ、警戒心をとく。
不気味な黒狼の紋が視界から消えると、シエロも深々と詰めていた息を吐く。
人数は少ないが、とある事件も相まって、彼らは〈 空宅 〉一番の敵と言われている。
降り注ぐ雨のせいで周りに染み出す血液を横目に、シエロは愛車をトラックに積み上げガレージのシャッターを閉めた。シャッターの隣、備え付けられた小さな鍵穴に鍵を押し込んで回した。ロックのかかるガチリとした音と鳴動する地面。
それは真下で起こり、どんどん遠ざかっていく。
ガレージ出口の場所を変えたのだ。しかもそれはランダムであるため、今のシエロにも分からない。
二人とも目の前に設置されたカードリーダーにシエロは〈 SKY DRIVER 〉免許証、オーウェンは普通免許証を押し当て、どちらも認証されるとエンジンがかかる。
「ガレージの位置、あとで教えろよ~」
オーウェンが軽くそう言ってハンドルを握る。
シエロは
ガレージの位置。おそらくそれは筆談での伝達になるだろう。
オーウェンが銃撃後ぼやいたように、最近はなぜか情報のリークが多い。
このあいだも同僚の一人が政府の機密情報を持っていたことがどこからか漏れ、応援要請が社員全員の無線機から響き渡った。ついこの間の大富豪からの金塊護送依頼も、囮を何組も作って行ったというのに、適確にその護送車だけが狙われ、危うく盗まれる寸前にまで陥った。
だから今、社内は緊迫状態だ。様々な課の上司や
シエロは白くけぶる視界にうんざりとした目を向けながら、近づきつつある本社に到着するまで、ひと眠りすることにした。
起きてから色々ありすぎたのだ。オーウェンの「そんな短時間で寝るのか?」という言葉を無視し、背もたれに身を預け、目をつぶった。
それから一時間くらい経っただろうか。「お~い、起きろ~」というオーウェンの言葉に起こされ、シエロは〈 空宅 〉本社地下駐車場に降り立った。
ふわぁ、と眠い目をこすりながら、〈 SKY DRIVE 〉を離発着場に運ぶオーウェンと別れ、シエロは積荷受取所に足を向ける。
「おはようございます。シエロさん」
受付のカウンターにいる顔馴染みの受付嬢が温かな笑みを浮かべてシエロを出迎えた。
「臨時出勤だ。積荷は?」
「はい、NO.46の積荷はAロッカールームです」
「分かった、ありがとう」
「はい、ご無事で。頑張ってください」
この鬱々とした天気の日に、どうすればそんな爽やかな笑顔ができるのか。シエロはその笑顔を眩しく感じながらAロッカールームに向かう。
入口のカードリーダーに〈 SKY DRIVER 〉の免許証データを読み込ませ、ロッカー番号の紙を印刷させる。
本人認証が済み、スライドドアが開いたのでなかに入り、ロッカーを探し出して暗証番号を入れる。
ロッカードアを開けたそこに鎮座していたのは金属製の小箱だった。大きさは片手で持てるくらいの正方形。表示は割れ物。
どうやら文書ではないようだ。
場所はここから六〇㎞離れたカントリーエリア。時間指定はなしだ。
シエロは箱を宅配バックに詰めて固定し、ホルスターの邪魔にならないようにかける。
再度ロッカーの中身を確かめ、きちんとロックをかけなおして外に出た。シエロは気合を入れなおして離発着場に向かう。
そして辿り着いた〈 空宅 〉離発着場5番ゲート。
そこにはオーウェンが置いていったシエロの〈 SKY DRIVE 〉。そして、荷台に吊られたゴーグルと空色のマフラー、そして雨避け様の合羽。これは〈 空宅 〉唯一のトレードマークだ。
合羽を着こみ、上からホルスターをかけ、ゴーグルをかぶり、マフラーをキュッとしめる。そして、愛車をついて外に出る。
空にどんよりと浮かぶ雲が近い。雨がコンクリートを叩き、溜まった雨水が配管を伝って地上へ落ちていく。
「雨、強くなってきたな……」
さらに嫌な顔を浮かべ、ペダルに足をかける。グイっと足に力を込め、燃料スイッチを点火し、思いっきり踏みしめる。
瞬く間に熱が湧き、空気が膨張し、ふわりとした浮遊感に襲われる。前に傾けていた重心を後ろに変えて、バランスを取って悠々と漕ぎ始めた。
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