祭囃子
あきふれっちゃー
祭囃子
古寂びた鉄製のスピーカーが、カタカタと揺れながら夕刻の時報を響かせた。録音された人間の女性の、平坦で聞き取りやすい声
赤黒い夕焼けの空に無数の
外の空き地で遊んでいた少しの人間の子供達がまた明日と約束を交わしてそれぞれの家へ戻っていく。
少しずつ、少しずつ太陽が落ちて山の向こうに隠れ、夜の帳が降りてくる。外の世界から次第に人間の声が消え、虫や動物達の声が吹奏楽の控室のようにごった返した音で大きく聞こえてくるようになる。
それとは別に、山の奥、あるいは麓、あるいは山ですらなく谷から聞こえてくる軽快な音がある。
祭囃子。
だけどそれは規則性のようなものは存在せず、ただ太鼓が打ち鳴らされるだの、ただ横笛が鳴り響くだの、それはそれは無秩序な囃子だった。
けれど、その者にはそれが祭囃子であると確信が在った。この世に存在しうる幾百年、その音を飽きることなく聞き続けてきたからだ。その者の
「よぉ、今宵は早かったのう」
繁みの中から唐突に甲高い声がした。その者はそれに対して驚くわけでもなく答える。
「嗚呼、
「にしてもよぉ、お前、その恰好だと悪目立ちするんじゃぁねぇか?」
その者は
「人間には見えぬ。 それに、儂はこれが気に入っておる」
「そうかよぉ。 動き辛そうだがなぁ」
繁みは全く理解できないといった風な口をきいてから、ひとつ草笛を鳴らした。
「ほれ、入れ入れ。 日本を見回って疲れたろ。 飲んで騒いで笑ってけ」
「嗚呼」
木々の合間の空間が一つ揺れた。その者はそこに物怖じせず踏み込んでいく。二足の草鞋でしっかりと大地を掴み、悠々と異界へ歩み入る。
暫くは道なき道。寂しく木の葉が揺れ、虫や動物の声さえしない。
暫くは獣道。木々がざわざわとゆれ、どこか楽しげな雰囲気すら感じる。微かに耳の奥に響く祭囃子の音に、周囲の虫や動物たちも少し色めきだっているのが肌で感じられる。
暫くは石の道。乱雑に埋め込まれた平石が一応は未知の形を成している。木々に行灯が提がり始め、誘うように
その者はニィと口角を上げた。
「あら、帰ってきたのね」
と、美しい白銀の毛並みの九尾狐が言った。
「祭りが恋しくてな」とその者は返した。その返答に満足したように九尾狐は微笑み、九つの尾を揺らした。
ここまで来るとその全貌がよく見える。中心の
喧嘩をする二匹の猫又。その隣で訳も分からず踊る小豆洗い。腕相撲に興じる牛頭と馬頭の足元には既に沢山の酒器が転がっている。
その者はうっすらと笑みを浮かべると、ふわりとその場で浮かび上がった。
「愉しんでくるよ」
「心ゆくまで」
その者はふわりと、祭りの中心の櫓の屋根の上へ飛び乗ると、腰を落ち着けた。
「待ってたよ」と、先客が酒器を差し出す。酒呑童子の盃を受け取って、ぐいとひとつ呷る。その者の身体を炎が駆け巡る。存在する心地がする。夜空がより鮮明に、祭囃子がより高級な音楽に聞こえてくる。
「肴、いるか?」と入道が差し出した掌の上に乗った酒の肴を頂戴し、盃をぶつけ合う。
「色褪せんね、この光景は」とその者が言った。眼下に広がる百鬼夜行。「全く。 酒が旨い」と酒呑童子は豪快に笑って同意を示した。
「お前はいつも呑んでいるだろう」
「だから今日だけは、酒に呑まれてやるのさ」
笑って、盃を再度ぶつけ合う。
「こういうもんは、なくならんで欲しいね」
「嗚呼」
妖怪たちは笑い合う。無秩序で、混沌とした祭囃子を響かせながら。
妖怪たちは笑い合う、山の中、あるいは麓、あるいは谷、あるいは――。
祭囃子 あきふれっちゃー @akifletcher
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