第40話 異世界より舞い降りたアストラル・ナイトストーカー、再び現る
白く煙るスチームを渦巻いて、突如現れたそいつは、こいつは、何て名前だったか。ムンクの叫びそっくりな奴だ。
「おまえ、何でここに!」
物理攻撃が完全無効で精神攻撃を得意とするゴーストタイプのあいつだ。もちろん異世界ヒーローである俺が負けるはずもなく完勝だったが。ええと、名前何だっけ。たしかThe Dって名付けてやったんだけど、本名も異名も覚えてねえぞ。
「きゃっ。何、こいつ」
イングリットさんも軍服にパンクヘアーな割に可愛く驚く。三人もいるとさすがに狭さを感じるドーム型スチームサウナ内で、突如現れた変な奴から遠ざかろうと俺の背後にぴったりくっついてくれた。
「ふふっ、勇者カナタよ。久しぶりだな」
「久しぶりって、体感的にはそうかも知んないけど、時間軸的にはついさっき戦ったばっかじゃないか?」
「そうか?」
The Dが大きな目をぱちくりとさせる。
「そのくせワタシの名前忘れてんじゃないのか? ワタシの名を言ってみろ」
えっと……。一般人の目には見えないゴーストタイプなせいで、誰も勇者俺の活躍を見ててくれず、首都防衛師団から追い出される結果をもたらしてくれた厄介な敵だってとこまでは覚えてる。覚えてるよ。でも、名前が長くてめんどくさくて記憶にありません。
「記憶にありません、じゃない。ワタシはおまえをちゃんとカナタと呼んだぞ」
「うわ、ごめん」
そういえばこいつは人の心が読めるんだ。物理攻撃は効かないし、そもそも実体が存在しないから文字通り掴み所がないやばいムンクだった。
「だからムンクって誰だ?」
「おまえによく似た奴が俺の世界にいたんだよ。超有名なアーティストだ」
「……悪くはないが、やはりThe Dの方が呼びやすいんならそう呼んでもいいぞ」
相変わらずめんどくさい奴だ。思い出してきた。たしか、異世界ストーカーのディミトリー何とかだ。まあ、The Dでもムンクでもどっちでもいいか。
「ねえ、カナタ。えっと、どなた?」
さすがに間が持たなくなったか、放置されていたイングリットさんが口を開いた。俺もThe Dも、どう紹介したものか、と少々見つめ合ってしまう。やがて、The Dはイングリットさんの圧の強い沈黙に耐え切れずにうやうやしく頭を下げた。
「ワタシは異世界より舞い降りたアストラル・ナイトストーカー。その名はディムィトゥル・ペルツォーフカ」
「……」
「……」
「……」
で、三人とも次の言葉が出てこない。スチームサウナ内は一気に膠着してしまった。この空気、どうしてくれる、異世界ストーカーよ。
「異世界ってことは、つまり、カナタの友達?」
「まあ、そんなとこ」
「当たらずも遠からず、そして無きにしもあらず。我々は強敵と書いてライバルと読む間柄なのだ」
イングリットさんが、めんどくさっ、て顔した。きっと俺もおんなじ顔してたろう。それを知ってか知らずか、The Dの奴は朗々と唄うように続ける。
「カナタを倒すのはこのワタシ、人呼んでThe Dだ。どこの馬の骨とも知れん四天王とやらに負けてもらっては困るのでな。今回に限ってワタシが助っ人として喚ばれてやったのだ」
あー、はいはい。勝手に言っててくれ。異世界最強最高勇者であるこのカナタがそう簡単に負けやしないって。
「なら、速攻で四天王とやらをぶっ倒しに行くぜ。The D、手伝ってくれるんだろ?」
「どうしても、と言うのなら仕方がないな」
こいつに聞きたいことがいっぱいあるが、今はめんどくせえ。四天王二人目を速攻でへこましてからじっくり話し合おうじゃないか。
「イングリットさん、この中は絶対に安全だから、四天王バトルが終わるまでここにいてくれ」
「うん、わかった。カナタ、お願いね」
素直に俺の言うことに従ってくれるイングリットさん。突然の冬の到来やら不気味な顔した異世界ストーカーやら、異常事態続きでさすがに混乱したか。パンクな前髪を軽く揺らして頷いてくれた。
「行くぞ、The D!」
「おう、勇者カナタ!」
俺とThe Dはスチームサウナドームから極寒の真冬の最中に飛び出した。
俺は異世界ヒーローであり、The Dは異世界ストーカーであり実体のないゴーストタイプだから寒さによるダメージは受けない。完全無効だ。それでも顔にピシピシと細かく当たる空気中の氷の粒が気になって、思わず腕で顔を覆ってしまう。
このままじゃ雪に埋もれて視界が利かない。空から敵を探ろう。
上空から見下ろすと、冬はますます厳しく街を覆い尽くしていた。完全に雪と氷に閉ざされてしまっている。イングリットさんは問題ないが、街の住人たちは無事だろうか。
「なあ、カナタよ」
「うん、なに?」
The Dが白い息も吐かず、あんまり口も動かさずに言った。
「あの女、アストラル体であるワタシの姿が見えていたようだな。彼女は何者なんだ?」
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