第41話 異世界勇者と異世界ストーカーとの共闘は一時的なものか

 彼女は何者なんだ。


 と、言われましても。イングリットさんはイングリットさんだ。そうとしか言いようがない。


「本来ならば、異世界からのアストラルエネルギーを常人が検知することはない。言うなれば魂の周波数が異なるからな」


 ガチガチに凍えた空気を掻き分けるようにしてThe Dは強く風が吹きつける方角へ飛んだ。どこに敵が潜んでいるのか、俺にはまだ感じ取れていないから大人しく奴の後を追う。


「イングリットさんはこの国で一番の召喚観測士だ。異世界関連なら彼女の得意分野だし、おまえを見て会話するくらい不思議じゃないだろ?」


「考え過ぎか?」


 小難しい顔して小さく頷くThe D。美術家ムンクの名画『叫び』に描かれた耳を塞ぐ人物にそっくりな顔付きなので、どの辺が小難しいかはわかりにくいが。


「それより四天王はこっちにいるのか? この真冬の超寒さはやっぱり四天王の全体攻撃か。つまり、氷結系能力者ってとこだな」


「少し違うな。どこにいると言うより、むしろそこら中に存在すると表現した方が的確だ」


 The Dが空中でぴたりと留まり、わざとらしい舞台俳優のように両手を広げて天を仰いだ。そこら中にいるって、敵は一体じゃないのか? もしかしたら今度の四天王は小さいキャラ群の集合体タイプとか?


「この極寒の冬こそが次の四天王戦の相手だ。四天王最強の異世界人ウインターズは冬そのものなんだ」


「四天王最強、だと? そりゃ燃えるな」


 敵は冬。しかも四天王最強ときたか。さて、自然現象である冬とどうやって戦おうか。


「他に四天王最高戦力のタンクと絶対四天王の光の国の住人が控えているはずだ。どいつもこいつも一筋縄ではいかないいかれた異世界人どもだ」


「あっ、最強ってそう言う系か。最高戦力と絶対がまだいるのかよ」


「最近になって四天王入りした生意気な奴だ。自分の世界が急激に氷河期化してしまったそうで、氷結能力がやけに高まってるらしい。異世界間熱交換の法則が乱れているようだな」


 冬の四天王ウインターズがどこかで聞き耳を立てていたのか、空を飛ぶ俺とThe Dを凍てついた突風が襲いかかってきた。


 それは突風と呼ぶにはあまりに鋭利で、まるで氷の刃が異常な数で飛んできたような破壊力を持っていた。しかし俺は重力編集で飛んでいるので風の影響はまったく受けないし、異世界のアストラル体であるThe Dは物理攻撃は無効だし、ウインターズの攻撃は無意味だった。


 異世界間熱交換の法則って、つい最近誰かと話したテーマだな。まあ、どっかの異世界が暑くなったり寒くなったりとか、そんなの俺には関係ない話だ。


「それにしてもThe Dって四天王詳しいな」


「そりゃそうだ。ワタシは元四天王だからな。ワタシが四天王を抜けて、空いた席に収まったのがウインターズってだけの話だ」


 そりゃ四天王に詳しいはずだ。そしてThe Dは四天王から追放されたってわけか。とは、言わないでおこう。それがかつて敵として戦った男への、アストラル体に性別があるのかわからないけど、最大限のリスペクトだ。


「元四天王か。新しい属性だな。俺も似たようなものだけど。俺も首都防衛師団から抜けたんだよ。今はフリーで戦ってる」


 The Dの大きく驚いたような目がさらにぎょろっと見開かれた。


「おまえほどの実力者を手放すとは。ウインターズを前にして、この国ももう終わりだな」


「いや、そうはさせない。この勇者カナタ、決して戦いを放棄などしないさ」


「そうか。ならば、異世界より舞い降りたアストラル・ナイトストーカーも黙って見ているわけにはいかないな」


 The Dがそっと手を差し伸べてきた。握手か? 友情の握手だな? 今まさに、俺たちは強敵と書いてトモと読む共同戦線を張るわけだな? 


 異世界最強タッグが生まれようとしたその時、冬将軍ウインターズがまたちょっかいを出してきやがった。ものすごくでかい雹が俺とThe Dめがけて連発で降ってきた。


「効かねえぞ」


 軽トラックほどの巨大な雹が俺に直撃する。が、しかし、軽い音を立ててばらばらに砕け散ったのは当然雹の方だ。俺に物理攻撃も熱関連攻撃もまったく効果はない。The Dに至ってはかすりもせずにあっさり通り抜けてしまった。


「地表で氷に埋もれた人々や農作物が凍り腐れるまで、あと三分ってところか」


 The Dが自分めがけて落下する雹を睨みつける。その瞬間、雹は音もなく霧散してしまった。


「カナタ、三分でケリをつけろ。さもなくばこの国は終わる。ウインターズを倒せたとして、三分が過ぎれば人々は氷に窒息し、植物はすべて腐れ落ちて消えてしまう。国そのものが氷が溶けるとともに消滅する」


「ああ。任せな」


 三分もいらない。きっちり二分で終わらせる。

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