第37話 真鍮のコーヒーメーカーはとてもしなやかに捻れる

 熱せられた真鍮は、そのあまりの熱で部屋の中に陽炎を呼び起こして空間を揺らめかせて、って、見ているだけでもう暑い。


『耐熱属性発動。熱エネルギー転換スキルレベルアップ。熱ダメージは無効』


 ほら。耐熱スキルがレベルアップしてしまうほど暑い。いや、熱い。ヴァーチャライザーのウィスパーボイスも気のせいか熱苦しいそうに聞こえる。


「おうっ! タナカか? 異世界からの来訪者タナカじゃねえか」


 このうだるような熱さの中でもごわごわした耐熱防護ジャケットを着込んだスチームパンクな金属加工職人デック・マイヤーズが大袈裟に驚いた。その豪胆な外見に似合わない繊細なおっさんだ。


「だーかーらー、カナタだって言ってるだろ」


 何度目だ、このやり取りは。


「どうしてみんなタナカ呼ばわりするんだよ」


「カナタだろうが勇者だろうが異世界からの来訪者だろうが、要はタナカだろ? すべてのエンジンを発動機とは呼ばない」


 はいはい、言っても無駄ってことですか。命名方法に関する説得を諦めて俺はデックの狭苦しい工房に座る場所を探した。


 スチームパンクワールドの金属加工職人が働く工房はとても狭い。


 理由その一。スチームパンク人はやたらごつい身体つきをしていて部屋そのものが小さく感じられるから。熱焼けした赤銅色の肌と針金のようなアフロな剛毛と顎髭がさらに圧迫感を煽ってくる。


 理由その二。金属加工機械の主動力であるスチームエンジンが規格外に巨大過ぎて、工房内に収まりきらず工房の建築物を覆い尽くすように設計されているから。もちろんバカでかいエンジンが発揮する出力は凄まじいもので、俺の圧縮蒸気砲を一瞬で何十発分も充填できる蒸気エネルギーを生み出している。


 ここまで大きなエンジンとなると金属加工職人は単なる技師ではないな。技師も引っくるめて工房そのものもエンジンの一つのパーツだ。


「ほれ、おまえに頼まれていたブーツの改造、完成しているぞ」


「さすがデック。仕事が早い」


 俺自身いったいいつどうやって仕事を依頼したかわからない。いつのまにか俺の脚から蹴爪ブーツが姿を消していて、いつのまにかスチームパンクワールドのデック・マイヤーズの手に渡っていた。時法算術ってのはそういうもんなんだろうな。


「リザーバータンク付きのサスペンション装備だ。圧縮された蒸気でおまえの脚力はさらに10倍は強化されるぞ」


 蹴爪ブーツはさらにごてっとした装備が加えられ、武骨ながらも洗練されたデザインはいかにもスチームパンク異世界風で、ブラックパラレルカナタのものよりも特撮ヒーロー感が盛られている。ふくらはぎ部位に二本の蒸気圧サスペンションが踵を支えていて、後ろに突き出た細身の蒸気リザーバータンクがいい感じで完成度を高めている。m


 ついさっきまで戦闘中からずっと履きっぱなしで蒸れっぱなしだったブーツだってのは、この際黙っておこう。蒸気の熱と圧とで殺菌消毒されてるだろうし。


「ありがとう、デック。いいデザインだ。気に入ったよ」


 裸足だった俺は早速蹴爪サスペンションブーツを装備した。攻撃力も機動力も高そうなデザインなのにまるで跳び箱の踏み切り板で跳んでいるように軽い履き心地だ。


「いい出来だろ? 新しいスチームエンジンを組んだんだ。世界最大級の駆体、排気量、出力を誇るデック・マイヤーズブランドの最高傑作だ」


「俺のトラックよりもでかいエンジンじゃねえかよ。これを車に載せたらどんだけでかいモンスターマシンになるんだか」


 そもそも建物よりも大きなエンジンってだけで考え方他の異世界と違ってるし。


「その最高傑作エンジンで最初に加工したパーツを組んでやったぞ。すなわち、そいつも最高傑作の一部ってことだ」


 職人ならではの自信あふれる言葉だ。俺もゲームガジェット、ヴァーチャライザーを作成したからその気持ちはよくわかるぞ。


「もうこのエンジンに住みたいくらいだ。放出熱、駆動音、微細振動。よく眠れそうだろ」


 いやいや、やっぱりその気持ちはわかりません。


「ところでカナタ。おまえどうやってこのブーツを送ってきたんだ? 気がついたらこの手にあって、改造しなくてはって使命感が湧いてきた」


「異世界からの来訪者ならではの異世界を探究する者特有のスキルだ」


「そうか。やるな。それとお土産にコーヒーだろ?」


 ほんとに理解できたのかって早さで話題を切り替えたデック。電気ケトルぐらいの大きさの小型エンジンを取り出した。真鍮の極細パイプが魚の鱗みたいに張り巡らされ、一杯のコーヒーを淹れるためにかなりの蒸気を吹き出しそうなデザインしてる。


「燻蒸コーヒーエンジンだ。豆の焙煎から粉挽き、そして蒸気で一滴ずつ抽出する最高のエンジンに仕上がってる」


 真鍮のコーヒーメーカーはまさに光り輝く楽器のようだった。細いピストンが蒸気に押されて、真鍮のパイプが奏でる音色は相当に熱くて甲高いだろう。これならお茶好きのフレスコ・スピリタスも気に入ってくれるはずだ。


「かっこいいコーヒーメーカーだな。もう一台頼んでもいいか?」


『時法算術スキルレベルアップ。時間操作完了』


 一瞬、世界に間が空く。


「ああ。出来ているぞ。ほれ、色違いの二台目だ」


 いつのまにか、デックはもう一基のコーヒーエンジンを取り出していた。イングリットさんの髪の色と同じイエローのワンポイントデザインが光る異世界ガジェットを、俺はすでに手に入れたわけだ。時法算術による異世界間召喚って便利過ぎるぞ。

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