第29話 音速越えと超圧縮の高次元戦闘の始まりは一瞬の終わり
視界いっぱいに透き通った空色が広がる。
『重力編集スキル獲得、同発動。重力場偏移、アンチグラヴィティエリア拡大効果追加』
ぐるり、今度は乾いた煉瓦色した街の風景が吹っ飛んでいく。建物の屋根が回転しながら視界から消えて、また空色と大地の緑色が回り込んできた。
『圧縮蒸気砲装填105%。物理ダメージ無効化状態継続中』
ヴァーチャライザーのウィスパーボイスが戦闘状況を解説してくれる。
そして飜る黒。俺の重力編集コートが空を覆い隠し、再び空が現れた時、ブラックカナタが太陽を背にして立ちはだかった。
「よう、待たせたな、偽物。第2ラウンドと行こうか」
本物ヒーローらしい台詞とともに、鋭い発射音をほとばしらせて圧縮蒸気砲から高圧の水蒸気を吹き出して宙空姿勢を腰だめに正す。ちょうどブラックカナタに真正面から対峙する格好だ。
「やっぱりそう来たか。そのコートを羽織ってるってことは、重力編集スキルを手に入れたか」
「おかげさまでな」
「吹っ飛ばされた瞬間に異世界転移を決めるだなんて思い切ったことしやがる。さすが俺だな」
「本物の俺の戦闘予想を裏切れないなんて、偽物の俺らしくないぜ。
「おまえ、一つ勘違いしてるぜ」
ブラックカナタがニヤついて言う。勘違いだって?
「俺は偽物じゃあない。俺もおまえと同じ勇者カナタだ」
『時法操作算術スキル発動。時間操作逆転開始』
「試してみるか!」
時間操作だ。ワールドから時間的に俺だけ切り離して逆転させる。数秒でいい。そうすれば、俺は吹っ飛ばされている時間軸に巻き戻り、座標とベクトルと運動エネルギーが再現される。それはちょうど、ブラックカナタの真後ろの座標だ。
瞬きするよりも速くブラックカナタの背中が目の前に迫ってくる。時間操作した俺の姿を見失ったブラックカナタがすぐさま振り返った。が、遅い。
俺は圧縮蒸気砲を突きつけてやった。ブラックカナタは即座にガードのポーズを取る。しかしそれは俺の予想通りの行動だ。本物の俺なら敵の攻撃を避けずに受け止めてやるからな。
「場所を変えようって言ったのはおまえの方だろ」
圧縮蒸気砲を撃つ、と見せかけてガードポジションのブラックカナタの顔面を鷲掴みしてやる。
「カナタ・ブースト・ハンマー・オブ・ムロフシ!」
『荷重力偏位能力発動。ハイパースローモード移行』
さあ、本物だと語る偽物の俺よ。超加速した本物の俺の攻撃を受け切れるか?
ブラックカナタの顔面を鷲掴みにしたまま、空中でぐるぐると回転して奴をオーバースローでぶん投げてやる。城下町から遠く離れた草原での格闘戦へと展開しようぜ。
ものすごい勢いで吹っ飛んでいくブラックカナタは、身体を包んだ黒マントを空気との摩擦で白く光らせた。空気が波打って弾け飛んでるのが見える。ソニックブームを巻き起こして音速で吹き飛んでしまえ。
「まだまだだ」
本物ヒーローの俺は自力で音速を越えてやるか。重力を編集して極限までに前方へ落っこちる。重力加速度の限界突破だ。
世界がぎゅうっと萎むように俺の後ろに飛んでいく。空間が斜めに歪んで色合いが溶けてにじんで見える。
「もっと速く」
城下町の外側の景色が集中線を引いたみたいにぐんっと拡大して、空気の塊が俺を避ける間もなくぶち当たって音を立てて弾け飛ぶ。
「もっと強く!」
音速でぶん投げてやったブラックカナタが重力に引かれて地面に接するタイミングでぶわっと黒マントを翻して姿勢を立て直した。
そこへ突っ込んでいく音速を越えた俺。今の俺には重力も味方についているからブラックカナタのように一切減速しない。音速越えの勢いで攻撃だ。
「メガグラヴィティ・ファルコンダイブ・ヒロイック・ローグラウンダー・キック!」
ようやく静止してブラックカナタめがけて、重力加速度を越えて前方向に落下しながらヒーローキックを放つ。
柔らかめの重金属の立方体を鋼鉄のハンマーで真っ平らに叩き潰すような密度の高い重低音が爆発した。空中でグラウンダー・キックの蹴りの体勢のままの俺、両腕を胸の前でクロスさせて俺の必殺キックを受け止めたブラックカナタ。
二人の勇者の間で急激に超圧縮された空気が水分が蒸発するほどの熱を発して、二人の周囲の空気は暴発的に弾け飛び圧力が下がり凍りつくほどの冷気を放った。
「おまえも物理ダメージ無効化スキルを持ってるのか。スキルレベルいくつだ?」
「おまえも重力編集コートを使いこなしてるな。なかなかいい攻撃だ」
ブラックカナタ。こいつはやっぱり姿形強さだけ俺そっくりな偽物ってわけじゃあなさそうだな。異世界転移で獲得できる特殊スキルまで完全習得してやがる。熱くなるじゃないか。
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