第28話 時間さえも凌駕する哲学的タピオカ問題
ラライラが身体をくねらせると青く長い髪がゆらりと宙を漂う。天を覆い尽くすマジャーリジャーの月の重力は大きい。ラライラの髪と同じように、ミルクティー色したたぷたぷの液体の中を黒いタピオカがゆるりと揺れている。今までにない無重力タピオカだな。いや、むしろ荷重力タピオカか。
「液体の中の固形物を吸うなんて、こっちの世界では考えられない飲み物ね」
たしかに。重力に引かれてミルクティーの底に沈んでこそタピオカは吸えるんだ。不安定な液体の中をゆらゆら漂っていたら極太ストローでドゥルルって連発で吸えやしない。重力が一定の世界ならではの飲み物だな。
「画像のこいつが異世界の飲み物を持ち込んだのか?」
スマホの中のブラックカナタ。俺の自撮りに合わせてしっかりカメラ目線でポージング。
「そうね。たぶん、この黒いカナタくんっぽい異世界のタナカが持ち込んだに違いないね」
そう言って揺らめくタピオカを極太ストローでカップの縁に追い込んでずるんと吸い込むラライラ。
「私はカナタくんとしか会ったことないけど、最近ちょくちょく噂に聞くよ。異世界からの来訪者タナカって」
俺の他にも異世界人がワールドシフトして来てるってことか。それも大勢で。
「タピオカが持ち込まれるほど異世界人の数が多いってわけか?」
「タピオカが異世界転移の基準になるかはわかんないけど、少なくとも、このタピオカはカナタくんとは違う異世界タナカからもたらされたタピオカだってのは事実ね」
「なんか哲学的なタピオカだな」
タナカって名前が異世界人の総称に使われてるってことにつっこみたいとこだが、いい加減脱線しまくって話がこじれそうだからちょっとこっちに置いとこう。今は戦闘アイテムゲットを優先だ。
「タピオカ問題も重要だが、この黒マントも異世界バトルでは最重要アイテムなんだ。俺が異世界最強であることに違いはないが、なにかこう、代わりになるような重力編集グッズはあるか?」
急かす俺をラライラはじとっと見つめる。
異世界転移で瞬時に元の戦闘時間中に戻れるとは言え、あまり中断時間を置きすぎると戦闘感覚が鈍ってしまう。ブラックカナタを待たせとく分にはどうでもいいが。
「縫製前の荷重生地でよければいくらでも持ってっていいわよ。でもね、少し気になることがあるの」
ラライラは網にかかった魚が逃げるように身体をくねらせて重力編集ハンモックから抜け出した。タピオカミルクティーを片手に空間を泳ぎ、アルミ削り出しみたいな素材の大型冷蔵庫の扉に手をかける。
「異世界渡航の先駆者だと思ってたカナタくんよりもアイテム的にさらに先を行ってる異世界タナカがいるってこと」
異世界の先駆者っていいキャッチコピーだな。また新しい異世界に行った時に使わせてもらおう。で、異世界タナカがどうしたって?
「別にアイテム的に劣勢になってるわけじゃない。でもどうせなら俺も欲しいってだけだよ」
「そんなんじゃないわよ」
冷蔵庫から冷えっ冷えに冷え切った黒い生地を引っ張り出すラライラ。まだ縫い合わせる前のロングコートみたいな形に切り出された布で、しっとりと濡れたように真っ黒い艶がある。
「カナタくんのヴァーチャライザーって特殊装備のおかげで異世界転移できてるんでしょ? それなのに、カナタくんより先に進んでる異世界タナカが存在するって時系列的におかしくない? 異世界転移の時間順行が逆転してる。本来の時間ベクトルに従って進むべき情報バランスが乱れてる証拠よ」
小難しいことを言って心配そうにラライラが差し出す黒い重力編集生地を受け取る。うわ、冬の寒空の下に干した洗濯物を直に着るみたいに冷た過ぎる肌触りだ。
「そんな深刻な問題か? 異世界の先駆者カナタは時間すらも凌駕するってことだろ」
「時間を凌駕してるのはこのタピオカよ。あなたはそれにようやく追いついたってだけ」
「追いついたんならいいじゃないか」
「カナタくんがそう言うならいいけど。ポジティブでよろしい」
「ああ。俺は異世界の先駆者カナタだからな」
ばさり、ヒーロー台詞とともに微弱な重力空間で黒生地を翻す。この強い空気抵抗みたいな感触が重力編集能力の効果なのか、波打つ黒い液面のように空間にぴんととどまって低反発枕を鷲掴みするみたいな抵抗圧を感じる。うん、十分ヒーローマントっぽく空を自在に飛べてかっこよく機能してくれそうだ。
さて、あとは実戦で試してみるか。
「ラライラ、ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「あん、もう行っちゃうの? 私のタピオカ飲まないの?」
ラライラは冷蔵庫からタピオカがふわふわ漂うガラス容器を取り出して俺を呼び止めた。
「ごめん。異世界ヒーローは常に先駆者でなくちゃいけないんだ。戦いが終わったら、また来るよ」
ヴァーチャライザー・オン。黒のロングコートを翻し、ふわりと宙を舞う。ブラックカナタとの戦闘中のファンタジーワールドへ異世界転移だ。
「もう。重力はうまく扱えても女の子の扱いは下手ね」
ラライラが拗ねたように言った台詞は、大型冷蔵庫から飛び出して来た16トンコンボイトラックのエンジン音に掻き消された。
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