第27話 荷重力放蕩研究員は重力を編集してタピオカを飲む


 ヴァーチャライザーはいつどんな時だって俺を異世界へ誘ってくれる。VR16トンコンボイトラックでどーんと。


 これが何度やっても慣れないんだ。本気で死ぬほどビビる。まあ、死ぬほどビビるくらいリアルに死を再現してるからこそオートで異世界転移してしまうわけだが。


 ブラックカナタとのバトルは一時中断だ。奴と同じレベルの装備を整えるため、いや、決して奴が羨ましいわけじゃないぞ、俺は仮想臨死体験で異世界転移した。目的地は荷重力世界、グラヴィティワールド。


 VR即死後、俺の視界はどんっと巨大過ぎる異世界の月に覆われた。荷重力世界の重力を支配しているマジャーリジャーの月だ。荷重力技術研究所の天窓は大きく丸い。天空を覆うマジャーリジャーの月がよく映える。


「まったく、君って子はいつも突然やって来るのね。心の準備はさせてくれないの?」


 俺の背後からしっとりとした大人な声が波打つように聞こえてきた。振り向くと、荷重力技術研究所の放蕩研究員ラライラ・コアントロが自宅兼研究室でハンモックに揺られながら、ふわりふわり、青く澄んだ長い髪を宙に漂わせていた。


「あっ、急にごめんな。ひょっとして寝てた?」


「ううん、実験中よ」


「じゃあいいな」


 俺もマジャーリジャーの月がもたらす巨大な重力に引かれて、ふわりふわりとラライラの側まで空中を泳いだ。ラライラはハンモックの上で半身を起こし、少し拗ねてみせるようにほっぺたを膨らませた。


「じゃあって何よ。こう見えても重要な実験中で暇ではないのよ」


 と、側に浮いてるプラカップを手にして黒タピオカをずるずるとすする。ハンモックに身体を預けてゆらゆら、この異世界でも売ってるのかタピオカをずるずる。こんなの絶対暇してるはずだろ。


「寝てんじゃん」


「寝てない」


「いやいや、ハンモックで寝てんじゃん」


「寝てないってば」


 不貞腐れたのか、それともタピオカが思ったよりも流入したのか、さらにほっぺたをぷっくりと膨らませるラライラ。俺にほっそいウエスト見せつけるようにハンモックをゆらゆらさせながら、天窓を圧倒的に覆い尽くすマジャーリジャーの月を指差した。


「マジャーリジャーの左目が大きく見開かれた時は、うちの地方は重力偏位が大きく偏るの。荷重力蓄にぴったりの時節よ」


「ちょっと何言ってるかわかんないな」


 俺はラライラのハンモックに手をかけて揺れを止めた。いや、止めようとした。ラライラのハンモックはそれでも動きを止めず、横たわるラライラの身体とぶら下がる俺の身体をまとめてゆらりゆらり揺らしてくれる。なんだこのハンモックは。


「どう? 君にこれを止められるかしら?」


 ラライラは長い指でしなやかに俺の顎をくいっと持ち上げた。その冷たい指を顎から頬へと滑らせて色っぽい仕草でハンモックの吊り紐を指差した。


「どうなってんだ、このハンモック」


 見れば、ハンモックの吊り紐はどこにも結ばれていなかった。壁や天井に届かず、宙空にとぐろを巻く蛇のように丸めて置いてある。それでもハンモックはぴんと吊り紐を張ってラライラのボディをしっとりと包み込んでいた。


「布地に荷重繊維を織り込んでいるの。重力偏位と違って支点と力点を自在に編集できるわよ」


 ラライラはそう言って定重力下では物理的に不可能なセクシーな動きを見せてくれた。


 これこれ。俺が求めてたのはまさにこれだよ。やっぱりあのブラックカナタの奴はグラヴィティワールドに来ているな。間違いない。


「これ貸して」


「いやよ。ベッドがなくなっちゃう」


 イヤイヤ、と物理的不可能な姿勢と仕草で全力拒否するラライラ。


「やっぱり寝てるだけじゃねえか」


「寝てない。研究中だってば」


 どうにもラライラはやたら寝心地がよさそうな寝床を貸してくれそうにない。他の荷重繊維とかの布地はないものか。


「じゃあ、こういうのないか? なかったら作れないかな」


 俺はスマホをラライラに見せた。さっき撮ったブラックカナタのマントを翻すファイティングポーズだ。


「その通信機能付き記憶媒体、欲しいなー」


「高いんだよ、これ。今度中古のでよかったら持ってきてやるよ」


 この重力バランスの崩壊した異世界でもネットに繋がるかどうかわからないけどな。


「ほんと? 楽しみにしちゃうよ」


「ああ。いいから、これ見ろって」


「見てるよ。黒いカナタ? 異世界の星を見るタナカの別バージョンってわけ?」


「こいつみたいな重力編集できるマントが欲しいんだよ。そのハンモックみたいなの。この世界の技術だろ?」


「そうねー」


 ラライラは俺のスマホを手にとってまじまじと画面を凝視した。ずるずると黒タピオカを啜って、ようやく思い出したようににっこりと微笑む。


「わかった。たぶんだけど、この黒いカナタくんは、この黒タピオカを異世界から持ち込んだ異世界タナカよ」

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