第20話 夢見る召喚観測士イングリット・アルマヴィヴァ
「人間をダメにする究極の毒は仕事であり、その対極の暇こそが進化のカギなんだよ」
異世界図書館司書のパッソナがいきなり核心をついた。いいこと言うじゃないか。リアルワールド時代の俺に聞かせてやりたい。
「暇だから何かやりたくなって時間をかけて追求して研究して、結果忙しくなって困窮してしまう」
「暇過ぎてもダメってことか?」
追求して研究しても困窮したら身体に毒だな。パッソナは立ち上るコーヒーの香りを楽しむように首を横に振って答える。
「暇過ぎなきゃダメってことだよ。ボクは君に出会ってから、とにかく暇を探したよ。君の言う異世界を調べるためにね」
パッソナの自室、と説明された空間もやっぱり大小さまざまの本で埋め尽くされた本棚で形作られていた。俺たちが隣同士に座ってコーヒーを飲むテーブルも足元には本がしまわれているし、くしゃって毛布がたたまれたやたら生活感があるベッドもやっぱり本棚に布団を敷いたものだ。
「もうめちゃくちゃ暇だったからね。たっぷり調べることができたよ。調べるのが暇になるくらいだったよ」
パッソナはマグカップ片手に謎理論を展開させた。
迷宮図書館本館は薄っすらと明かりが乏しいが、さすがに自室というくつろぎスペースはどうやって光ってるかわからない不思議ランタンがいくつもあって、コーヒーの琥珀色が澄んで見えるくらい明るい。
それでもパッソナはゴシックロリータ調の外套を脱ぐこともせず、フードを深くかぶったままコーヒーを楽しんでいる。フードから溢れているライトブラウンメッシュの長い髪やドレススカートから覗く細いふくらはぎとハイヒールから女性だと思うが、俺はまだ彼女の顔を見たことがない。
「そして見つけたのがこの本だ。君に自慢しようと思っていた」
パッソナはそう広くはない部屋的本棚空間をベッドまで歩き、その枕元に置いてあった一冊の本を手に取った。そして司書さんらしくオススメの一冊を紹介するように胸に抱いて表紙を俺に向ける。
不思議なことに、見たことのない文字なのに意味が読み取れた。『夢見る召喚観測士イングリット・アルマヴィヴァ 第2巻』と読める。
「これ、君が教えてくれた召喚観測士さんの本だよね。残念ながら第1巻は未発見だけど」
「なんでこのライブラリーワールドにファンタジーワールドのイングリットさんの本があるんだ?」
「異世界は有限なんだよ。そしてその限り有る異世界の人たちの本がすべて蔵書されているのが、ここ、異世界図書世界館だ。どこにどの本が眠っているかは誰にもわからないけどね。勇者タナカ・カナタの本も必ずどこかにあるはずだ」
パッソナはまるでペットの小動物を可愛がるように革張りの表紙を撫でながら俺の隣に戻ってきた。ちらっと俺の顔を覗き込み、真っ暗なフードの奥でくすりと微笑んだ。
「読みたい?」
「うわ、なんか怖いな」
「イングリット・アルマヴィヴァさんの十代後半から三十歳くらいまでのことが綴られてるよ」
イングリットさんは22歳。非常に気になる年頃の歴史書じゃないか。ん? たしか18歳で観測士になって入隊したって聞いたな。と、いうことは、俺と出会ってからのことがメインで書かれている可能性もあるのか。
「そう。君のこともちゃんと書かれていた」
パッソナは俺の心を見透かしたように肩を揺らしてフードの奥深くで笑った。
「読みたいだろ?」
「貸してください」
「ダメ。この図書館の本で個人の歴史本は貸し出し禁止。代わりにこっちなら持ち出してもいいよ」
パッソナがイングリットさんの歴史本をさっと隠して、代わりに取り出したのは文庫本のように小さく薄い本だった。
「イングリットさんの本を読む限り、今の君に必要な特殊スキルの本だ」
その表紙には『強い心の作り方』と書いてあった。また心の内を見透かされたか。そういえば、The Dの奴とバトル中だったな。パッソナの言う通り、新しいスキルを獲得して、速攻でファンタジーワールドに戻って、決着をつけた方がよさそうだ。
「『強い心の作り方』って、なんか安っぽい自己啓発本みたいなタイトルだな」
「自己啓発もなかなか馬鹿にはできないぞ。少なくとも、精神攻撃のゴーストタイプには心の持ち方次第で何とでも戦えるはずだ」
「そういうものか?」
「そういうものさ」
パッソナは文庫本を俺に差し出してまた気持ちよく笑った。
「ダウンロードしてくかい?」
俺は無言で左腕に巻きついてる異世界対応スマホを差し出した。
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