第21話 強い心でもう一度


「いつか、異世界の旅人カナタくんの本も見つかると思う」


 異世界図書館でVR16トンコンボイトラックを待つ間、パッソナはけらけらと笑ってた。


「異世界を渡り歩くカナタくんを君自身がどんな風に見ているのか、読むのが楽しみだな」


 本棚で空間が構築されている異世界図書館はとにかく視界が本だらけで広く見渡せない。どこからトラックが突っ込んでくるのか、ちょっとびびってしまってパッソナの会話にリアクションが取れなかった。


「さすがの君でもメタ認知崩壊してリライトされちゃうかな」


 パッソナの真っ暗いフードの奥深く、二つの光る点が見えた。初めて彼女の笑顔を拝めるかな、と思ったら、それはトラックのヘッドライトだった。


「またおいで。勇者カナタくん」


 じゃあなって言う間もなく、俺はパッソナがかぶったフードの奥から現れたトラックに跳ねられて仮想即死した。




『メタ認知再構築能力発動。強制即死判定無効化。リブートします』


 ヴァーチャライザーのウィスパーボイスで俺の意識がクリアになった。よし、仕切り直しだ。


 異世界転移前の状況から変化はなし。師団長室にて、師団長はThe Dの精神操作とかでぶっ倒れてて、建物の壁も俺の一撃で吹き飛んだまま。問題なく異世界転移成功だ。


「あれ?」


 変な声を上げたのはThe Dの奴だ。胸の前で両手の指を広げて三角形を作り、白眼だけの大きな目を見開いて呆然と俺を見ている。


「よっ、待たせたな」


「おまえ、何をした? なんかこう、雰囲気変わってんじゃねえか」


 ムンクの叫びのような大きく伸びた口がさらに大きくなる。実体のない黒い影のような身体してるだけあって、その表情も自在に動くようで非常に表情が読みやすい奴だ。明らかに動揺してる。


「さあな。言ったところで理解できないだろうし。それより続きをやろうぜ」


 右腕に装備した圧縮蒸気砲を軽くぶるんぶるん振って見せる。腰に輝くスキルベルトと左手首の異世界対応スマホが連動して光る。


 ライブラリーワールドのパッソナがダウンロードしてくれた『強い心の作り方』って異世界書籍のおかげでメタ認知再構築済みだ。俺はもう言葉と意識とが切り離されている。精神攻撃は無効だ。


「いいだろう。もう一発、食らわしてやる!」


 The Dが両手で作った三角形を俺に向ける。何やら聞き慣れない謎呪文を唱えて、くわっ! とムンクっぽい白眼が怪しく光る。


 次の瞬間には俺はThe Dが放った精神波動に洗われていた。両肩、両脚に重量のある鉄の塊が乗っかったようにずしっと来て、頭の中に『金縛り』という文字列が浮かんだ。だが、メタ認知をクリアした俺には精神ダメージはない。ないんだ。絶対にない!


「う・ご・け・る!」


 気合い一発、叫ぶ俺。強い心が叫んだ言葉にしっかりと力のこもった意味を持たせて、自信に満ち溢れて、強い言葉は強い現実へと昇華するんだ。俺は、う・ご・け・る!


『メタ認知再構築能力レベルアップ。言霊再現能力発動』


 ばんっと音を立ててThe Dの精神波動攻撃を打ち破ってやった。頭の中の『金縛り』という文字列も砕けて消える。


 すっきり晴れやかな心でのしっと片脚を重く踏み込み、強い心を抱いて重心を低く落とし、圧縮蒸気砲をがしゃりと構える。


「俺の番だぜ」


「そんな、バカな」


 The Dはますますムンクの叫びっぽく顔を青ざめた。白眼はおろおろと泳ぎ、大きな口がわなわな震える。


「何故、おまえにワタシの波動が効かないんだ」


「それはな」


『荷重力偏移能力発動』


 ヴァーチャライザーが俺の心まで熱く揺り動かす。俺はできる。殴れる。触れないコイツも問題なく、な・ぐ・れ・る!


「強い心だ! 俺は、おまえを、な・ぐ・れ・る!」


 The Dに渾身の一撃を放つ。


「カナタ・スピリット・ブレイク・エンフォースメント・パンチ!」


 重力を無視して跳ぶ俺の身体。The Dは白眼を剥いて叫んだ。物理実体を持たない存在だろうと、俺のメタ認知攻撃と強い心の言霊によって魂の接触が可能になったと本能で感じ取ったんだろう。無意識のうちに自分の敗北を認めた叫びだ。


 圧縮蒸気砲が低く唸りを上げて、The Dの顔面を撃ち砕くその瞬間、白い蒸気を猛烈に吹き上げて、ぴたり止まった。奴の顔面粉砕の直前で。


「寸止めだ」


 俺は圧縮蒸気砲を下ろした。


「な、なぜ?」


 震えるムンクの叫びは弱々しく言った。


「おまえは敗北を認めた。てことは、俺の勝ちってことだろ。殴るまでもない」


 強い心でもう一度。


「俺の勝ちだ」


 ようやく自分が負けたことに気付いたのか、The Dは両手をだらりと下げて、少し萎んだように見えた。


「ところで、俺が勇者カナタだが、何か用か?」


 勇者としての俺の立場。敵としての役割、そして敗北者としての立ち位置。The Dはたぶん俺と同じ種類の人間だ。それらを理解して、The Dはにやりと笑って言ってのけた。


「ふんっ、覚えてろよ」


 そのまま空間に溶け込むように消えていなくなる黒い影。


 強い心で、またもや完全勝利達成だ。

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