第19話 超迷宮的複合多層構造異世界図書世界館


 精神攻撃なんて初めてだ。今までの敵異世界モンスターは物理的に殴ってきたり、珍しくてもUFOからレーザー撃ってくるレベルだった。そこにきていきなり即死級精神攻撃だ。


 そもそもこっちの攻撃が効かない初めてのゴーストタイプだったし、すっかり意表をつかれて抵抗する間もなくヴァーチャライザーが勝手に即死判定を下してしまったようだ。


 The Dの精神攻撃を食らった瞬間に、俺はまた自動異世界転移していた。


「せっかく盛り上がってきたとこなのに。当たり判定でか過ぎるのか」


 自動異世界転移そのものはどうでもいい。ヴァーチャライザーに備わった緊急回避オプションだ。問題は、ここがどんな異世界か、だ。異世界への緊急回避を選択したヴァーチャライザーは、俺の能力強化のために敵モンスターの能力に対応できる特殊スキルを持った異世界へ連れてってくれる。


 さて、ここはどこだ。見たところ、何度か来たことがある異世界だな。


大きな本屋さんの喫茶コーナーみたいな一画に俺は立っていた。


 この木造建築物はいったいどれだけの高さがあるのか、と自分の常識を疑ってしまうほどに吹き抜けが高い。見たこともない文字の本がみっちりと詰まった本棚が四方を囲む壁代わりになっているんだが、吹き抜けが高過ぎて本棚の頂上がかすんで見えないくらいだ。


 それぞれ違う色合いの木材で組まれた本棚には発光原理がさっぱりわからない不思議のランタンが架けられていて、本の大きさもまちまちなせいでランタンの光でできる本の影の伸びもばらばらだ。おかげで本棚の素材の色と相まって空間全体がモザイクパズルのような光景になっていた。


 ここは異世界の本が集まる世界、ライブラリーワールド。不安になるくらい本棚の背が高いくせにトーンが抑えられて落ち着いた色調のせいで、今まで訪れた数ある異世界の中でも奇妙に居心地がいい世界だ。


 ライブラリーワールドに飛んで来たってことは、最強の生き物だと思っていた俺もまだまだ意識の修行が足りないってことだな。


 そうやって何が何やら理解できない書籍群の背表紙を眺めていると、堅い材質の木の床をハイヒールで踏みつけるような中が詰まった足音が背後から聞こえて来た。この異世界図書館の司書さんがおいでなすったようだ。


「やあ、君か。召喚予兆を観測できたから来てみれば、異世界の旅人カナタくんか。久しぶりだね」


 異世界図書館司書のパッソナ・パッソアは優しい声で出迎えてくれた。


「この三次元迷路みたいな図書館世界でよく俺の転移場所がわかったな」


「君が教えてくれた召喚観測術とやらのおかげだよ」


 マントみたいな真っ黒い外套のフードを深く被っていて、長く捻じ曲がった杖の先端にぶら下げた不思議ランタンの光がフードの奥を影にしてしまい、彼女の顔は相変わらず拝むことができない。それでも慈愛と優しさに浸されたような柔らかな声は聞いているだけでとろけてしまいそうになる。


「異世界の召喚観測士の本を見つけたんだよ。たぶんカナタくんが言っていたファンタジーワールドの本だと思うよ。その本で勉強してみたら、意外と何とかなるものだね。予兆が観測できたよ」


「そうなんだ。よかった。ここはいつ来ても迷子になるから、助かるよ」


 吹き抜けを貫く高過ぎて頂上が見えない本棚は、幾つもの階層に分断された図書館そのものの柱にもなっている。超迷宮的多層構造図書館を司書さんの案内なしで探求するのは自殺行為だ。間違いなく数時間で遭難し、数日で行き倒れて、そのまま本に囲まれて餓死だ。


「ボクの部屋へおいでよ。また何か特殊技能の習得のために転移してきたんだろ?」


 ゴシックロリータ調で濃い灰色のドレススカートととても細やかな金の鎖が施された外套を翻して、司書のパッソナ・パッソアは振り返ってまたハイヒールの音を軽やかに奏でた。


 新しい特殊スキル習得のためだ。パッソナに新しい扉の向こうへ連れてってもらおう。The Dの奴は待たせいてもいいな。どうせ一瞬で戻れるし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る