第18話 The D
一気に緊張感が張り詰める師団長室。
勇者カナタ、そして異世界よりなんとかしたアストラルなんとか、ストーカーのでぃみとる・ペル……フカ。お互いの自己紹介も済んで、あとは戦いを始めるだけとなった。
何故、俺たちは戦うのか。そんな愚かな問いの答えを求める必要はない。ただ同じ時間、同じ場所に居合わせたのが不運だっただけだ。
「同じ時間、同じ場所に居合わせたのが不運、か。確かにその通りだ」
ムンクの叫びが静かに言った。
「……それと、ムンクって誰だ?」
誰って、おまえのことだよ。
あれ、俺ムンクって声に出してないよな。なんでムンクの叫びは俺がムンクって呼んでるの知ってんだ? こいつ、まさか人の心が。
「人の心が読めるのか、と思っているだろ?」
ムンクの叫びがムンクのニヤニヤ顔になった。
「おまえ、ほんとに人の心が読めるのか?」
よし、試してやるか。技の1号、力の2号。おまえはどっちだ?
「……1号2号って、何の話だ?」
「マジか」
ムンクの叫びは俺が思ったことを言い当てやがった。さすがはゴーストタイプだ。今までの強敵たちとは違う。
「フッ、いかにも。特殊スキルを使えば訳もないことだ。ところで、ワタシの名をもう一度言ってみろ」
ムンクの叫びが構えるようにすうっと両腕を広げた。マスク付きの真っ黒いマントが宙を舞うようで、ますますゴーストムンク化しやがる。名前だって? えーと、長くて発音が難しくて、何だっけ。
「異世界の、ストーカーの、ディムペドロさん」
「おまえなあ、名前は大事だとか自分で言ってたろう? 勇者タナカと間違って呼ばれて嫌な気分にならなかったのか?」
「ごめん」
だって長いんだよ。発音も現代日本人には耳慣れない音だったし。でぃみとり、えーと、「The D」でいいんじゃね?
「それいいな」
「えっ、いいのか?」
「それでいこう。さあ、来い! 勇者カナタ!」
「オーケイ。初っ端からフルパワーだぜ! 行くぞ、The D! ヴァーチャライザー・オン!」
やたら戦闘に自信有り気なThe Dに圧縮蒸気砲を向ける。様子見の手加減攻撃だなんてまどろっこしいことはしない。初手から全力で最高の一撃をお見舞いだ。
『荷重力偏移能力、および時間操作能力発動』
「カナタ・ブースト!」
『スーパースローモード移行、圧縮蒸気連続装填』
「16アタック・イン・ワン・セカンド!」
重力固定した対象に超速で接敵し、ゼロ距離で圧縮蒸気砲をスーパースローな1秒間に16発ぶち込む荒技だ。ピンポイントにダメージを集中させる一点破壊攻撃。物理的に回避不能技でもある。
兵舎が大きく揺れた。地面がひっくり返ったような轟音とともに師団長室の壁が砕け散って床がめくれ上がり天井が吹き飛ぶ。すっかり、そしてうっかり存在を忘れてたけど、師団長はふかふか座り心地の良さそうな自分の椅子に衝撃で飛ばされて、そのままデスクごとざざあっとスライドして隣の部屋まですっ飛んでいった。たぶん平気だろ。
「これはこれは」
もうもうと舞い上がる土埃の中、The Dの声が響く。声のする位置はさっきと変わっていない。
「1秒間に16発の一点集中攻撃とは見事だ。人の拳一個分のスペースに全ダメージを注ぎ込み、その衝撃で周囲の物を吹き飛ばす。まさに全力最高一撃だな」
The Dはそこにいた。さっきと変わらない両手を広げたポーズでふわりと浮いている。
触れていないのか。たしか異世界のアストラルなんとかって言ったな。そうか、本気のゴーストタイプか。奴には触れられないんだ。
「正解だ、勇者カナタ。では、次はワタシのターンだな」
The Dの影状の身体が一回り大きくなった、ように見えた。オーラだ。The Dは真っ黒いオーラを纏ったんだ。さらにゴーストっぽくなってる。
俺の心の声を聞けるのなら、The Dの奴に隠し事は不要だな。俺には物理ダメージも熱エネルギーダメージも無効だ。重力場攻撃も時間崩壊系攻撃も効かない。さあ、どうくる?
The Dの目がくわっと大きく見開かれた。
そして、俺の頭の中にThe Dの両手が入ってくるのがわかった。これは、精神攻撃か。俺の灰色の脳裏に真っ赤な文字が浮かんでくる。漢字二文字だ。防御しようがない精神体へ絶対命令してくる攻撃だな。
その漢字二文字は『即・死』だった。
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