第9話 10メートルの巨人は幼稚に笑う


 その巨人は人と呼ぶにはあまりに大きく、ドラゴンと呼ぶには棘の尾も炎のトサカもなく、悪魔と呼ぶにはねじ曲がった角も夜の帳のような翼もなく。いったいその巨人を何と呼べばいいんだろうか。ってゆーか、巨人じゃん。身長10メートルほどのただの巨人じゃないか。何を言ってるんだ、俺は。


「左翼、大筒隊、放てっ!」


 首都防衛師団長が叫ぶ。喉が破けんばかりに叫ぶ。


 城下町の堅牢な外壁は街の防衛ラインそのものだ。それが破られる時は、街が陥ちる時だ。今まさに、その巨人は外壁に手をかけていた。巨人は人の形をしているが、ドラゴンのように鱗に覆われた立ち姿は大きく、悪魔のように牙を剥いた笑顔をしていた。はっきり言って気持ち悪い顔だ。


 師団長が陣取る外壁の大門。その左側外壁上部に並ぶ大砲が一斉に火を吹いた。しかし、このファンタジーワールドの製鉄技術はあまり高くない。従って大砲の精度も火力も弱い。まるで遠くに見える花火の気の抜けた破裂音のようだ。


 大砲から弾き飛ばされた鉄の弾は巨人の鱗にぶち当たると火花を散らして粉々に砕け散った。それで一斉射撃は終わった。砲兵たちはあたふたとして次弾装填に取り掛かる。あっけないもんだ。


「あの軽い衝突音じゃあんまりダメージはなさそうだな」


 けっこうな至近距離から撃ってるってのに、ファンタジーワールドの近代兵器もまだまだ開発途上だ。スチームパンクワールドの蒸気発明家デック・マイヤーズを連れてきてやろうか。


「ダメじゃん。ノーダメじゃん」


 撃たれても巨人は攻撃を止めない。図体がでかいせいで動きがスローモーションに見えるが、ぶっとい両手を防御壁にかけて大きく揺さぶり始めた。


 俺は外壁右翼からその様子をのんびり眺めていた。師団長の指示で右翼側の防御を任されていたんだが、師団長の読みはてんで的外れで、巨人は左翼側に攻め込んでいた。あれだけ壮観に大砲が並べば、巨人にとっては新しいおもちゃに見えたんだろう。そりゃそっちにちょっかい出すよな。


 それで勇者カナタである俺は見てるだけの手持ち無沙汰だ。さて、どうしようか。


「イングリットさん。俺、あっち手伝おうか?」


「うーん。勝手に動いたら、作戦も指揮もめちゃくちゃになって師団長が拗ねちゃうかも。自信と野心だけは立派な人だから」


 それってダメ人間一歩手前じゃないか。でもさすがにそれを口にするわけにはいかない。言い方を変えよう。


「師団長にもまだ成長の余地はあるね」


「そういう評価の仕方もあるんだ」


 どうやらイングリットさんも同意見らしい。


「このままじゃ左翼は大崩れ、街の防御壁も巨人に崩されるよ」


「時間の問題ね」


 巨人の侵略はイングリットさんの召喚予兆観測でその召喚位置は把握できていた。おかげで俺には装備を整える時間的余裕があった。


「もういいよ。俺が独断で命令違反したって言ってくれれば済む話だ」


「そんな、カナタだけ戦わせるなんて」


「大丈夫。俺は勇者カナタだ。戦うためにここにいるんだ」


 スチームパンクワールドの圧縮蒸気砲を右腕に背負い込み、グラヴィティワールドのスキルベルトを腰に巻き、もう戦う準備は出来ている。


「カナタ、気を付けて。召喚予兆は一体だけじゃない。どこかにもう一体現れるはずだ」


「ああ、わかってる。どっちも秒殺で決めてくるよ」


 とうっ! 俺はこの惑星の重力を無視して跳んだ。飛んだ。


『荷重力偏移能力発動。重力スキルレベルアップ』


 ヴァーチャライザーがウィスパーボイスでささやく。よし、タイミングよくレベルアップした。スキルは使えば使うほど強くなる。つまり、俺は戦えば戦うほど強くなれるのだ。あんなふざけた巨人ごときに2秒もかけていられるか。


 俺は空高く舞い上がり、防御壁にじゃれついている巨人を見降ろし、重力を操作して緩い曲線を描いて巨人に向かって落っこちてやった。


「こっちを向けえっ!」


『右腕圧縮蒸気砲装填完了』


 巨人が俺に気付いて、こっちを見上げた。その瞬間だ。


「カナタ・パンチ」


 俺の右腕から激しく蒸気が噴き出す。巨人が目を剥いて、口を開けて牙を光らせるが、もう手遅れだ。


「クラッシュ・オブ・ザ・ワンダフル・デイズ!」


 圧縮蒸気砲が吼えた。打ち出された鋼鉄の拳は巨人の鼻っ柱を直撃し、波紋状に肉を弾き飛ばし、太い首を身体にめり込ませた。


「沈めえっ!」


 圧縮された蒸気の勢いはまだ止まらない。俺の右腕から繰り出された圧倒的なパワーは、雷鳴のような音を轟かせて、10メートルはあった巨人の背丈を5メートルほどまで縮めてしまい、さらにその歪んだ身体を地面に砕き埋めてやった。


 まずは一匹目、問題なく秒殺だ。

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