第8話 金属甲虫メタルタマムシは突然降格宣言を言い渡される
突然、がつんっていやに身の詰まった金属音が頭の中に響いた。うわ、硬えし、重いし。でもまったく痛くない。
『荷重力偏移能力発動。物理ダメージ無効』
ヴァーチャライザーは静かに囁く。俺の耳をくすぐるウィスパーボイスで、俺はグラヴィティワールドからファンタジーワールドへ異世界転移したことを確認。不意打ち判定は覆らなかったようだが、とにかくもう俺に物理ダメージは効かない。最強の生物はまた一段と最強に輝くのだ。
「不意打ちとは卑怯なり」
俺の身体をがりがりと削り取るように回転し続ける金属球に気合いのこもった台詞を叩きつけてやる。
まったくダメージが通らないとようやく気が付いたか、巨大な金属球は弾け飛んで俺から距離を置いた。どうやらただの大きな金属の球じゃないようだな。何らかの意思を感じさせる動きだ。
「なるほど。おまえが召喚モンスターだな」
びしっと指を差して謎の金属球に決めてやる。
金属球は俺の台詞を理解したのか、猛烈な回転を止めてぴたっと静止した。そのままじいっと動かない。ちょっと様子見だな。
しばらく黙って見つめる。すると痺れを切らしたか、光沢のある表面に展開図のように黒いラインが引かれて、金属球はぱくっと軽い音を立てて割れた。
「面白そうな奴だな」
割れ目からボディと同じく金属光沢のある節だった腕が四本、鉤爪がついた多関節の脚も四本突き出された。さらに金属球は展開して、にょきっと丸い頭部が生えて、がっちりと防御された鎧のような腹部が現れた。金属球はメタル色した攻撃的な甲虫のようなモンスターだった。メタルタマムシと名付けてやる。
「うお、ちょっとかっこいいな。終わったら俺の部屋に飾ってやるぜ」
「カナタ。直撃したように見えたけど、大丈夫?」
俺に抱えられた格好のイングリットさんが心配そうにヴァーチャライザーの奥を覗き込む。
「ああ。異世界の星を見るタナカは無敵だ。ノーダメージだ」
「勇者カナタだろ?」
「そう言ったろ。それよりイングリットさんは大丈夫か? 当たらなかったか?」
勇者カナタとして、戦場パートナーであり、師団長付きの召喚観測士に優しいところを見せてやろう。きっと好感度アップで晩ご飯のおかずも豪勢になるに違いない。
「そういうのいいから。カッコつけてないでさっさと倒せ」
「ハイ」
『対人好感度判定失敗。イングリット好感度数値変化なし』
黙れ、ヴァーチャライザー。
「来いよ、メタルタマムシ。球遊びのあと解体してフィギュア化して飾ってやる」
イングリットさんを背後に守り、俺は一歩メタルタマムシに踏み込んだ。奴が繰り出す金属球突撃ダメージは無効化できるが、完全球体状態だとかなり防御力は高そうだ。やるなら、腹が開いている人型状態の時だな。
メタルタマムシはメタリックな複眼で俺を睨み付け、牙の生えた口角をにやりと上げて笑った。ぎゅるっと身体を捻るようにして球体化しやがる。防御力には自信ありって笑い方だった。
おいおい、虫ごときが、俺を笑いやがったな。おまえなんかもう格調高いタマムシじゃない。雑魚なカナブンに降格だ。
「遊ぶのやめだ。秒殺だ、秒殺」
スキルベルト起動!
『重力場偏移、アンチグラヴィティエリア拡大』
ヴァーチャライザーのスキル宣言とともにスキルベルトから指向性のある重力波が発射され、余裕ぶっこいて動かなかったメタルカナブンの球体を捉えた。重力という支えがなくなってふわっと浮き上がるメタルカナブン球。どうだ、もう動けないぞ。
とうっ! 俺は無重力を利用して地面を蹴って空高く舞い上がった。眼下に浮くメタルカナブンに狙いを定めて、空中でヒーローキックのポーズを決める。
「メガグラヴィティ・ファルコンダイブ」
俺限定で無重力解除。重力加速度を伴ってメタルカナブンにキックを放つ。
「ヒロイック・スカイハイ・キック!」
『荷重力偏移能力発動。重力加速度限界突破』
さらに荷重力発動。急激に落下速度が増す超重力でキックの攻撃力は物理法則上の最高数値を叩き出す。
「落ちろおおおっ!」
超重力により加速した俺のキックは、無重力状態で身動き取れないでいたメタルカナブンの硬い甲殻をいとも簡単に突き破り、金属光沢のある球体を維持したまま貫通し、石畳もろとも地面に深いクレーターを打ち開けた。
轟音とともに揺れ動く街。びりびりと建物群を震わせ、空気すら吹き飛ばして一瞬音もなく静けさだけが街に残った。
俺は穴の空いた金属球に向かって親指を立てて見せた。
「俺が勇者カナタだが、何か用か? って、もう異世界に転生しちまったか」
メタルカナブン戦、完全勝利。
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