第7話 ヒーローになれるスキルベルトはとても冷たい


 ラライラは白い部屋の中をふわりと漂って冷蔵庫まで飛んだ。無重力状態に近いラライラの研究室内は小難しそうな書籍やらかわいい柄のマグカップやらがぷかぷかと浮いていて、ラライラの青く澄んだ髪の毛もまるで海中を泳ぐ人魚のように美しくなびいている。


 今は重力が低くて心地いい時刻か。それはいい時間帯に転移したな。冷たい異世界のお茶でも楽しもうか。


「って、そんな暇ないんだ。バトルの途中だったんだ」


 しかもイングリットさんを向こうに置きっ放しだし。怒らせたら大変だ。晩ご飯のおかずが一品減らされてしまう。


「悪いけど、またの機会にお茶するよ。今日は例のベルトを借りるだけでいいか? 重力チャージできてるだろ?」


「何よ、つまんないわね。また異世界のお話でも聞かせてよ」


 ラライラは冷蔵庫をぱかっと開けて、何でそんなとこにしまってあったのか、俺がデザインした特殊スキル発動ベルトを取り出した。


「何で冷蔵庫で冷やしてんだよ」


「温度が低い方が重力を溜めやすいの」


 なるほど。なら仕方ない。


 このグラヴィティワールドの住人は重力が変わりやすい環境に住んでいるため、重力をある程度自在にコントロールできる特殊なスキルを持っている。ヴァーチャライザーの効果で俺もスキル獲得済みだ。


「うわ、冷てえ」


「気持ちいいでしょ? よーく冷やしといたわ」


 ラライラはお淑やかな大人の女性って雰囲気をまとっているが、このグラヴィティワールドでもかなり上位の荷重力技術研究員だ。だから重力に関してラライラの言うことに間違いはないだろう。ベルトを冷蔵庫で冷やすのも、この異世界では普通なことなんだよ、きっと。


 このキンキンに冷えたベルトは、リアルワールドのヒーローオタクの俺がデザインして、スチームパンクワールドの金属加工職人のデックが作成したスキルベルトだ。さらにグラヴィティワールドの荷重力研究者のラライラが荷重加工を施した異世界ハイブリッド技術のスペシャルアイテムでもある。これで別の異世界でも重力をコントロールできるようになる。


「持ってくぞ」


「いきなりやってきてもう帰っちゃうの?」


「ごめんって。勇者カナタは忙しいんだ」


「異世界からの来訪者タナカくんじゃなかったっけ?」


「異世界の星を見るカナタだ」


 よく冷えたスキルベルトを早速装着。うひゃ、ほんとに冷てえ。冷やし過ぎだろ。


 シャープなデザインのVRヘッドギアのヴァーチャライザーとがっちりとした金属的なスキルベルト。気分はもう特撮変身ヒーローだぜ。


「ありがとう。ちょっと、向こうの世界で友達を助けてくるよ」


「あん、もう。ゆっくりしてけばいいのに」


「また今度な」


 さあ、異世界転移だ。ファンタジーワールドへ戻って、不意打ちで俺を仮想死亡させてくれやがった謎の金属球をへこましてやらなければ。


 ヴァーチャライザー・オンッ! 来いよ、16トンコンボイトラック!


 あれ、来ない。VR空間をトラックが走ってこないぞ。


 と、思いきや。グラヴィティワールドの16トンコンボイトラックは無重力空間のため頭上から降ってきやがった。


 突然頭の上に落ちてきた16トンの金属の塊に、仮想の俺はぶっ潰されて仮想即死して、さあ、一気にファンタジーワールドへ転移してあの金属球をべっこりへこましてやるぜ。

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