第6話 マジャーリジャーの巨大な月は何度見ても美しい


『対物理ショック耐性レベル上昇』


 あれ、ここはどこだ?


 キラキラと大小のドットが不規則に白く明滅する謎空間に浮かぶ俺。耳元で囁かれるスキル関連のウィスパーボイス。


 あ、そうだ。俺は黒点から撃ち出された金属球に当たって死んだのか。


 ヴァーチャライザーのウィスパーボイスでふと我に帰る。俺はただいま絶賛異世界転移中のようだ。


 ここは異世界間に存在する集合的無意識の海。ヴァーチャライザーに吹っ飛ばされる世界。生きていて、同時に死んでいる時に意識が漂う謎空間だ。


『物理ダメージを身体耐久値へと変換』


 ウィスパーボイスとともにふわふわ浮かんでいた身体がぐっと締まるように感じた。するとすぐに、パチンってシャボン玉が弾けて消えたような、そんな儚いモーションが俺の中に入り込んで来る。よし、異世界転移が完了したな。


 俺は相変わらずぷかぷか浮かんでいた。また別の異世界に転移したが、さて、ここはどこだろうか。


『荷重力偏移能力発動。重力スキルレベルアップ』


 今度は普通の物理空間のようだ。白い壁が滑らかな曲線を描いていて、大きな窓が壁と天井に開けられている。


 転移先がわからない時はまず空を見上げるんだ。空を巡る星々の様子で世界がわかる。俺はふわふわと浮かびながら大きなガラスの天窓に近寄ってみた。


「おわ、でけえ」


 とてつもなく大きくて、茶色と黄色の縞模様がぐるぐると渦巻いている巨大な月が見えた。何度見てもその大きさに威圧されてしまう。荷重力世界のマジャーリジャーの月だ。天空の四分の一はその鈍く光る月が覆っている。


「あら、異世界の星を見るタナカくん。元気してた?」


 鈴が鳴るような可憐な声に振り返ると、青く光る長い髪を優雅にたゆたわせているラライラ・コアントロが笑っていた。宙になびく濃やかな青い髪が相変わらずきれいだ。


「やあ、ラライラ」


 青い髪のラライラとマジャーリジャーの月がある異世界は、荷重力世界、グラヴィティワールドだ。金属球が直撃したあの瞬間、俺は無事死亡して異世界転移したようだ。


「そのぼんやりした目は、また仮想即死で異世界転移ってとこかな。死んじゃったんなら元気じゃなさそうね」


 いやいや、死んでない死んでない。そうだよ。最強の生物であるこの俺がそう簡単に金属球ごときに殺されてたまるか。


 これは即死現象じゃない。ヴァーチャライザーによる仮想臨死体験からの異世界転移だ。勇者カナタは死んだとヴァーチャライザーが勝手に判断して異世界転移の手続きを取ったに過ぎない。俺はまだあの金属球に負けたわけじゃない。


「タナカくん? まだ意識不明? 本気で死んだ? 死んでるなら空に棄てちゃうよ」


 ラライラがきれいな顔して怖いことをさらっと言ってくる。この荷重力世界では惑星時刻と月の相対位置によって地上の重力がバラバラなのだ。下手に空に棄てられたらそのまま大気圏外まで落っこちてしまう。それはいやだ。しかもラライラなら本当にやりかねない。早めに意識を覚醒させなければ。


「タナカじゃない。俺は異世界の星を見るカナタだ」


 ぱしっと自分で頬を張って気合いを充填だ。よし、お馴染みの自己紹介もして、だいぶ意識がクリアになってきた。


「はいはい、おかえりなさい。カナタくん」


 うん。ようやくタナカじゃなくてカナタと呼んでくれたな。この荷重力世界の住人たちもやっぱりカナタとタナカを呼び間違えてくれる。


「そう。俺は勇者カナタであり、異世界からの来訪者カナタであり、そして異世界の星を見るカナタなんだ」


 腰に手をやり、部屋の壁と天井の半分以上ある大きなガラス窓からマジャーリジャーの月を見上げる。異世界の星は今日も圧倒的に天低く流れて美しい。


「元気そうで何よりよ。お茶でも飲む? それとも気付けにお酒がいいかしら?」


 ラライラはにっこり笑って言った。さっきまで空の彼方に死体遺棄するつもりだったくせに。

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