第5話 緊急即死案件


 ヴァーチャライザーを装備した俺はすなわち最強の生き物であるからにして、しかしイングリットさんに引きずられるように屋外に連れ出されるその姿はまさしくドナドナ状態の仔牛のようだ。


「ちょっと、イングリットさん。いったいどうしたんだ? 何かあった?」


 俺の手を引っ張るイングリットさんの細い背中に控えめに声をかけた。彼女はイエローのパンクヘアーを振り向かせることもなく答える。


「召喚予兆を観測した。敵襲だ」


「召喚予兆? ずいぶんペース早くない?」


「帝国軍の都合なんて知るもんか。敵が来る。それを倒す。人民を、街を守る。それがあんたの仕事だ」


「わかってるよ。勇者としてやるべきことはやるよ。だからそんなに引っ張んないでくれ」


 イングリットさんは俺の手を引っ張っている自分の小さな手を見つめて「ふんっ」って鼻を鳴らして振りほどいた。


 そんなかわいいとこもあるが、実はイングリットさんは首都防衛師団の中でもそこそこの召喚観測士だ。軍隊として召喚士の地位は低いけど、師団長付きって立場は勇者カナタの活躍があってこそだ。


 この剣と魔法のファンタジー異世界において、魔法の主力ジャンルは召喚魔法だ。召喚士は遠く離れた場所へ物資を瞬間移動させたり、兵士やモンスターを集団で転送させたり。戦場でやりたい放題できるタイプの魔法使いだ。


「で、今回はどの程度の規模の戦力が観測できたんだ?」


「規模はとても小さい、と思う」


「小さい? じゃあ俺の出番ないんじゃないか?」


 前回のように大兵団を一挙瞬間移動させてきて、首都の街中で大規模戦闘に展開する場合もある。もちろん集団転送のための召喚準備期間も長いものになるから、防衛するこちら側もいろいろと対策を講じることができる。


「魔力集中に大きな振れが見られた。たぶん、異世界からのモンスター召喚だと思う」


「モンスターか。いいね。腕が鳴る」


「レッドドラゴンを一撃で沈めたからって調子に乗らないで。あんたがへまをやらかせばあんたの保護者のあたしにまで責任が負わされる」


 召喚魔法でかなり厄介なのが異世界からのモンスター召喚ってパターンだ。こちらの世界に存在しない強力なモンスターを突然街中に解き放つというかなりタチが悪い侵略行為になる。


「大丈夫。俺、最強の生物だから」


「そういう根拠のない自信があたしを不安にさせるんだ」


 だからこそ、異世界からの召喚の予兆を観測できるタイプの魔法使いは重宝される。戦局を一気に変える強大な異世界モンスターの出現を予測観測できる召喚観測士は戦場で重要なポジションを担っているんだ。


 とりわけ師団長付き召喚観測士というイングリットさんの立場は地位も階級も低いくせに相当責任重大で、かなりヘビーなプレッシャーが彼女の背中にのしかかっているわけだ。


「出現予測ポイントは近いの? 街の中?」


「兵舎のすぐ近くだ。きっと、ピンポイントであんたを狙って召喚したんだと思う」


「俺を狙うってことは、秒殺してやったレッドドラゴンを喚んだ召喚士がリベンジに来たのかな」


「たぶんね」


「オーケイだ。出現即返り討ちにしてやるよ」


 俺がくつろいで自分語りしていた兵舎からイングリットさんに外へと連れ出されたまさにその瞬間。どんっと広がる青い空とぽっかり浮かぶ白い雲の下、緑豊かな首都の街並みの上に、ぶくぶくと泡立ってどす黒い黒点が渦巻き始めた。


 イングリットさんは出入り口のドアノブを握ってこっちを見ていて渦巻く黒点に気付いていない。黒点はいびつに蠢いて、ちょうどイングリットさんの背後、俺の目の前まで猛スピードで突進してきた。


 危ない! 直撃コースだ!


 俺はとっさにイングリットさんの肩を掴んで身体を引き寄せた。


「えっ?」


 小さく声を漏らすイングリットさん。蠢き回転する黒点から飛び出た金属光沢のある巨大球体。見た目より華奢な身体だな、とイングリットさんの肩を抱きながら思う俺。三つのことが同時に起こった。


 黒点から撃ち出された人間ほどの巨大な金属の球体はイングリットさんのパンクな髪をかすめて俺の身体に直撃し、肉を打つ鈍い低音と後ろに弾かれるものすごい衝撃を感じて、俺は即死してしまった。

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