反重力祭り

クロロニー

反重力祭り

 私が見てきた数々の祭りの中で最高の祭りはなんだと聞かれれば、私は迷いなく『反重力祭り』と答える。まさしく最高の――最高度の祭りだ。そういうことを聞きたいわけじゃない? まあ聞いて損はないはずだ。国際宇宙ステーションで年に一度開かれる『反重力祭り』は、今となってはあまりにも有名だ。ハッチを中心に全員で輪になり、阿波踊りにも似た手の動きをしながらただ只管グルグルと輪を回り続けるのだ。長い時は六時間ほど回り続ける。非常に退屈な時間だ。その間は地球の方に頭のてっぺんを向けないといけず、地球を眺めていることも出来ないため、まるで光速に近づいた時のように時間の流れが非常にゆっくりと感じられたよ。一般に、祭り好きの日本人船員が持ち込んだものとされているが、実際は違う。その祭りの考案者は国際宇宙ステーションで活動する船員の中の誰でもなかったし、それどころか地球上で活動する人類の誰でもなかった。自然発生的なものだった。もっとも祭りというものは往々にしてそういうものだろうとは思うが、しかしこの奇妙で不合理な動きで構成された祭りが、合理で構成された集団の中で何の意図もなしに自然発生するとは俄かに信じがたかった。私は、ちょうどその祭りが発生した瞬間を目撃している。今まで誰にも言えずにいたが、その祭りの始まりが地球外知的生命体による電磁波攻撃によって生じた不随意運動だったのではないかと私は信じている。

 始まりは船長がハッチを点検していた時に起こった。ハッチ側の壁に張り付いていた船長がゆっくりと立ち上がったかと思うと、器用に両手を挙げて関節と言う関節をくねくねと曲げ始めた。当時の船長は厳格かつ神経質なことで知られており、船内の点検を他の船員に二重にも三重にも任せておきながら、最終報告を聞き次第自分でも一つ一つ点検して回る程であり、その点検の最中に点検を放り出してふざけた動きをし始めるなど夢にも思わないことだった。その顔は完全に弛緩しきっており、うつ病が起こした奇行かと思ったのも束の間、船長に付き添っていた船員も目の前で同じ動きをし始めた。何が起こってる? そう自問しながらふと自分の手先に目を向けてみると、なんと自分も同じ動きをしているではないか! どよめきは船中に広がり、何があったかと見に来た船員が一人残らず輪の中に加わっていった。次第にその場にいる全員が輪を形成しながら完全に同じ動きをするようになった。我々は妙な幸福感に包まれながら何時間も踊り続けた。

 これは阿波踊りではなく手旗信号の一種なのだと、当時の私は確信していた。知的生命体の身体構成要素によっては音による言語は生まれ得ないかもしれないが、可動部を持つ姿である限りボディランゲージは常に生まれ得る。私が思うに彼らは自分たちの姿を教えようとしていたのだろう。これから接触するとなれば、相手が自分を認識できるようあらかじめ自らの身体的特徴を伝えておくのは当然のことだ。しかし我々人間はそれを解釈できる知性を持ち合わせていなかった。IQが大きく違うもの同士での会話が成り立たないように、知能レベルが大きく違う生命体同士の会話もまた成り立たないのだ。我々はそれを地球外知的生命体からの信号とは露程も思わず、誰かが踊りだしたのにつられて自分も踊りだしてしまったと、そう解釈してしまったのだ。向こうもそれがわかったのだろう、我々が彼らと出会う日はついぞ来なかった。しかし私は色んな人に馬鹿にされながらも、彼らの存在を信じ続けた。そしてこの動きをし続ければ、いつか彼らを歓迎できる日が来るだろうと考えた。だからこそ、その踊りが一過性のものならないよう――踊りが祭りとなるよう、私は色んな働きかけをし続けた。結果、本当ならあの数時間で消えるはずだった祭りが、こうして数十年の間祭りとして残った。祭りの本分は祈りだ。『反重力祭り』は、イベントとしては最低なほどつまらない祭りだが、祭りとしての本分を弁えた最高の祭りだと私は確信している。そう思わないかね?

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