第27話 遠雷 ~ 2 ~


激しい雨、跳ね飛ぶ水しぶき、雷鳴。

”すまない……すまない ” と繰り返される言葉。



   

「う、うう、……」



首を絞められているように息が苦しく、寝返りを打ったため少しだけ

意識が眠りの底から浮かび上がり、エミリオは自室のドアが

ノックされていることに気づいた。



   

「エミリオ、エミリオ、いないのかね?」




ハグサム副侍従長の声だ。



   

「は、……はい!」




休憩時間に自室に戻り、知らぬ間に寝入ってしまっていたらしい。

跳ね起きて小走りでドアに向かい開けると、ハグサム副侍従長が

驚いた声をあげた。





   「よかった、いたのだね」

   「すみません、眠ってしまっていたようです」




ハグサムは頷いたがいつもの柔和な表情はなく、いつになく気遣わしげに

“ 陛下からの呼び出しがエミリオにきている “ と告げた。




   「呼び出される心当たりはあるかね」

   「いいえ」

   「視察でアスター王子がいらっしゃらないから、詳しいことは何も

    わからない、だが、とにかく急ぎなさい。正棟ではなく西棟で

    陛下はお待ちだ」

   「はい」

   「それから......」




ハグサム副侍従長が、なんとも言えない顔でエミリオを見て、それから

” こほん " と、わざとらしく咳払いをする。



   「その、西棟に行く前には、必ず鏡を見てから行きなさい

    それから、庭仕事はほどほどに」

   「わかりました」



国王陛下の御前に伺うのだから身だしなみを整えるのは当たり前だ。

ドアが閉まると、エミリアは慌ててチェストの上の鏡を覗き込んだが、

ひょっぉと息を飲んだ。

顔がかぁーと赤くなる。

なるほど、庭仕事は " ほどほどに "と言われるはずだ。

鼻の頭が、泥で真っ黒だった。



モルビッツ城にはひときわ立派な正棟の両側に、国王の居室を中心とした

西棟と皇太子の居室を中心とする東棟がある。


突然の陛下の呼び出しも理由がわからないが、国王の私的な場所である

西棟に呼び出しとはいったいどういうことだろう。


ー ー 普通は、正棟で行なわれるはずなのに。


王太子のそば近くに仕えてはいるが、アスター王子は表向きの要件にはすべて

ハグサム副侍従長を伴うため、エミリオは国王に一度しか逢っていない。

もしかして呼び出しの理由は、そのたった一度のことだろうか? 

エミリオはどきりとした。


あの管弦の会で、クリティールド公爵夫人に続き、女装した姿で

陛下に挨拶をした、あの時ただ一度きりだけだが、

身分のよろしくない侍従が貴族の令嬢になっていたと知れて、

国王は不愉快に思ったのかもしれない。



   

   「もしそうなら、どうしよう」



公爵夫人は ” 咎が及ぶことはない “ ときっぱり言われたが、

そうではなかったのかも、と悪い方へばかり考えがおよぶ。




西棟の入り口で国王付きの侍従に迎え入れられ、人気ひとけのない

棟の端の一室へと案内され、作法に則って礼をし室内に入れば、

装飾も少ない小さな謁見室には、壇上の玉座に座る国王が一人

エミリオを見下ろしていた。


正面まで進み、もう一度心を込めて礼をする。


国王は怒っているようには見えずエミリオは安心したが、頷いて礼に応えた

陛下が口にした言葉に身体を強張らせた。



   

   「君はロンドミルの人間か?」

   「!」

   「どうなのかね」

   「は、はい…… そうです」




イアソン執務補佐官の警告が頭に蘇る。


” あなたがロンドミルから来たことは、ここでは数名しか知りません。

 国交の途絶えた国の者を近くに置くことは王子の弱点になりますから、

 迂闊に周りに知られないようにして下さい ”


ー ー もう駄目だ。


目の前が暗くなる。

知られてはいけない事を、とうとう知られてしまった。


ーー どんな処罰があるだろう、もし、それが王子にまで及んだら。


だが、つぎに陛下が口にした言葉はまったく予想外のものだった。



   

   「ロンドミルからお前を探して、会いに来たものがいる」




国王の合図に、壁際に控えていた侍従が隣室に繋がるドアを開く。

とそこには……、

キースが立っていた。



東棟の一室がキースのために急遽、内密に、客間として準備された。


国王は、”すべてのことを秘密裏に行うこと、結果はアスタリオンから聞く “ 

とだけ述べ、すぐに御前から下がらされ、二人は再会を喜び合って、

あの冬の夜から今までのことや仲間の近況を、お互いに興奮して喋りあった。


アンブル博士の手紙をブラン将軍に届けに来た者が、口を滑らした事から

ここに辿り着いたのだとキースは言い、長い溜息をついた。


   

   

   「みんなもうお前のことは諦めていたんだ、

    もう生きてはいないだろうって。でも俺は、

    もう一度だけと思って調べた、そしてやっとお前を見つけだした。」

   「うん」

   「なんで帰ってこなかった? 

    帰れないのなら、なんで連絡のひとつも寄越さなかったんだ?」

   「ごめんなさい」




怒っているような困っているような顔をして、キースは腕を組む。



   

   「おまけにアスタリオン殿下付きの侍従だって? どういうことだ」

   「それは」

   「王子は、お前を侍従にするためにここに連れてきたのか」

   「違うよ!」

   「あの時、他にも捕らえられた者はいたはずだ、なのになんでお前だけ」

   「…… 」

   「おい、エミリオ」




どう説明すればいいんだろう、この数ヶ月の王子とのことを

どう話せばいいんだろう。


   

   「まさか……お前」




エミリオはぎくっとした。


ー ー 見透かされた? 誰にも言えない胸の内を、キースに?


頬を染め狼狽えるエミリオを見て、キースは眉間に深く皺を刻む。



   

   「王子は、お前が特別な身体だって知っているのか?」

   「え? うん」




返事を聞いてキースの皺はますます深まり、地中のマグマのような

とろりとした塊りが、彼の中でふつふつと煮えたぎりり始めた。


珍しい性のない身体、その上エミリオはもともとが女性だから、

はっと人目をひくほど美しい。


自分専用の侍従だと! そういうことか!


あながち間違っているわけではないが、著しく曲解したキースが

アスターに敵意を抱いたのを、自分のことでいっぱいだったエミリオは

少しも気づいていない。



   

   「アスタリオン王子は、いつ帰ってくるんだ」

   「明日にはお戻りになるよ」




ふんとキースは鼻を鳴らす。


そうか、明日……。

王太子だろうとなんだろうと、見ていろよ! 俺の大事なエミリオを。

よくも!!

キースは心の中で叫び、雄叫びをあげた。

   

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