第15話 交わる糸 ~ 5 ~


浅い眠りの中でアスターは何度も寝返りをうち、浮かび上がってくる

記憶の波の中で、もがいていた。


 緑あふれる明るい森。

 じゃれて走り回る変わった毛並みの犬。

 陽の光に透けて輝く金の髪。

 はにかみ、差し出した青紫色の花束。

 それを受けとり、笑みをうかべる美しいサニー・シーの瞳。


 

 

    「瞳……、」




胸を締めつける記憶に耐えきれず、うっすらと目を開けたアスターは呟き、

ほんの数時間前に会った、同じ色の瞳をもつ兵士の顔を思い浮かべた。


担架に乗せられ運ばれてきた姿を見た時は、似ているなと思った

だけだったが、取調室であった彼は…… 。


” 収容されたあの兵士の取り調べは、私がする “ と無理を通したのは、

記憶の中の少女に似た彼に、興味をもったからだ。


ひょっとしたら血縁者かもしれない。

そんな期待を胸につれてこられた彼を見たとき、アスターは衝撃に、

心臓を鷲掴みにされた。


気絶していた時にはわからなかった澄んだサニー・シーの瞳が、

まっすぐ自分を見つめ返している。


そこに思い出の少女の幼さはない、でも……。

だが冷静に考えれば、彼はエミリオ=デュッソという名の男で、兵士だ。

いくつかの質問して言葉を交わしたが、彼女につながるものは何もなく、

苦い自嘲が胸に広がっただけだった。


ー ー 今更、どうする。


彼女が生きているならともかく、もうこの世にはいないのだから。



国交が絶えた後もアスターは密かに探らせ、少女の消息をわずかに得ていた。

原因不明の館の火災で彼女が命を落としたという報告をうけとったのは、

ついこの間のこと。


ゆっくりと身を起こし、乱れた髪に指を埋め、彼は俯いた。


胸の痛みは今もまだ消えていない。


カーテンの隙間から差し込む明かりが変わったと気づき、夜明けが近いと感じた彼は、苦しみを抱えたまま起き出すと、身支度を整え、そっと静かに外に出た。




冬の早朝の空気は肌に痛いほどだったが、胸苦しい思いと、その上、

寝不足気味のアスターにはかえって心地よかった。

頭が冴え、無理やりにでも気持ちを切り替えれそうに思う。


いい機会だと彼は思った。

すべてこの雪の中に埋めてしまおう、過去の記憶も、想いも、すべて。

そして王都に戻ったら、妃を迎える。

そこに愛はなく、欲にまみれた駆け引きだけがあるとしても……。


汚れのない白い足元だけを見つめて、ざくざくと雪を踏みしめて歩いていた

彼は、いつの間にか正門まで来てしまっていた。

盾と矛を持つ戦いの女神エンルーグの門の下で、若い兵士が、燃える焚き火に

手をかざし警備に立っている。



   

   「おはよう。 寒い中、ご苦労様だね」

   「あ、はいっ、おはようございます、アスタリオン殿下」




慌てて敬礼する隊員に声をかけて近づき、火に手をかざしたアスターは、

新雪の上に、門から外へと馬車の車輪の跡がついているのに目を留めた。



   

   「朝早くに、またなにか問題でもおきたのかね?」




王子の視線の先を見て、聞かれた意味がわかった兵士が答える。

   


   

   「ああ、これはロンドミルの難民を移送する馬車が通った跡です」

   「なに? こんなに雪があるのに、日ものぼらないうちに出かけたのか」

   「はい」

   「収容所に行くには、ウィロル峠を通るだろう?」

   「はい……、あの、実は私もおかしいなとは思ったんですが、

    指令書を持っていましたし馬車に乗り込んでいたエバンズ大佐が、

    大丈夫だからとにかく通せ、と言って」




アスターは顔を強張らせた。


ウィロル峠は曲がりくねった細道が続く難所だ、こんなに雪が多い

状態で無事に越せるわけがない。


崖下に落ちていく馬車と、昨晩あったエミリオという名の兵士の顔が、

一緒に脳裏に浮かんで、彼はいてもたってもいられなくなった。


ー ー とにかく副支部長を起こして、詳細を聞こう、それから……



   

   「馬の準備を頼む、すぐに出かけられるようにしておいてくれ!」




そう怒鳴り、アスターは身を翻した。

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