人形の温度

 未だに、家に帰れば母がいるような気がしてしまう。未だに家に帰れば、母がいて、あの人のコレクションの中の一つになって、価値なんて体温しかない出来損ないの人形になってしまうような。

 無いものをあると信じることは、あるものを無いと信じることより簡単だ。想像することは容易いのに、無視することはこんなにも難しい。もう会うことのない母の想像は出来ても、いつまでも消えない思い出を無視することは出来ない。

 有りもしないことなら否定も肯定も容易いのに、確かに有ったことであれば、記憶が確かであればあるほど、否定も肯定も躊躇ってしまう。

 

母さん、貴方は、私に何を望んでいた?私は、どうすれば、貴方に認めて貰えた?愛して貰えた?貴方は、どうして。

「私を、見てくれなかったの?」

 なんて、私の価値は、36.7℃。知っていた。分かってる。だから、私は生きていた。この温度だけはなくさぬように。

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