第12章

最後の部屋に入ると、天蓋の中で揺れる君を見つけた。冷静な自分を演じて、部屋を眺める。まるで映画を見ているように。部屋の四方には君が設置したであろうカメラが置かれていて、まるで作品を撮影しているようだ。右側の壁には絵が二つ立てかけられてあり、左側には僕たちが昔三人で取り付けたスクリーンが設置されている。そこには僕と君が共同で制作した最後の作品が流れている。葬式で踊る映像だ。落ち着いたはずの心が軋んで、怒りがこみ上げる。嫉妬を抑えることに夢中で君の真意に気がつかなかった自分が嫌になる。君の偽物の葬式の様子を僕はカメラで撮った。坊主の和尚さんが念仏を唱える。映像が切り替わって、僕が踊る。君が撮る。そこには君の家族も僕の家族もいた。僕たちの作品に納得いっていない様子だったが、君の真剣な説得でこの作品に参加してくれた。僕の母は撮影前日に僕にやっぱり芸術は難しいわねとこぼした。それは映画監督を諦めた僕への慰めのようでもあった。僕は踊りながら泣いた。そこにいる全員が泣いた。台本には涙を流す指示などなかったけど泣いた。君の才能に嫉妬する自分を認めた。家族のせいにしたこと、母が僕が本当に挫折したと思って気を揉んでいたことに申し訳なさが込み上げた。本当の挫折まで頑張ってなどいないのに。許せない事ばかりだ、ムカつくことばかりだ。なんで勝手に死ぬんだよ。映像の中で僕はいつまでも踊り続ける。バカが踊っている。

僕と彼女はどちらからともなく、天蓋の中の君を迎えに行く。天井からぶら下がる君は真っ白だ。まるで白い絵の具で塗りつぶしたように。体液で汚れていても君はやっぱり綺麗だ。彼女が電飾のスイッチを入れる。相変わらずチープで、情けない光だ。君を抱き上げて下ろそうとするけど上手くいかない。これ以上彼の首が閉まらないように、泣きながら君を上に持ち上げることしかできなかった。腕に骨が食い込んで痛いよ。僕たちは天蓋の中で夢を見た。君は死を、彼女は愛を、僕は・・・・夢を見るフリをした。成功を夢見るフリを。

僕は歌う。彼女も歌う。君の声が聞こえてくる。歌は僕たちを癒してはくれない。僕は今になって夢を見る。僕の映画を君に最初に見せることを。君が僕にアノ目を向ける。純粋な瞳で僕のことを尊敬する。君が生きている。


僕が夢の世界と現実の違いに気が付いたときには、君の本当の葬式に参列していた。文字通り本当の葬式だ。踊りのない葬式。物事はこうやって誰かが進める。何かに属している限り、誰かが進める。人生で立ち止まることはなかなか許されない。久し振りに会う君の両親は笑ってしまうほどに君に似ていない。君の面影すらない彼らの目の下には、君がいつも持っていたような黒い影が伸びていた。濃くて深いその色に深い愛情を感じる。君によく似た犬が母親の目から滴る涙を舐める。両親は僕と彼女に何度も頭を下げた。仲良くしてくれてありがとう。と。涙が出る。


葬式には君の作った映像が流された。今日という祝福の日のために撮られた“作品”だ。静かな彼の日常を切り取った映像は、君の記憶を呼び戻して参列者の涙を誘った。君はどこまでも芸術家だった。

隣で抜け殻のように立ち尽くす彼女を励ます言葉は思いつかなかった。何を伝えても、彼女に吸い込まれてしまう。だから僕は黙っていた。君の死が生きる意味になった僕は、なんて身勝手な男だろう。目を瞑ってお経をききながら、僕たちのアトリエの真ん中に吊るされた真っ白な天蓋を思い出していた。切なく揺れ続ける天蓋。あの乱暴で優しい声が聞こえる。自分を守ろうと、誰も傷つけまいと必死なあの声が。僕はまた涙を零した。


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