イェールカ ―雨花娘―

 あらゆる祈りを歌のかたちで捧げるこの国で、歌の上手な者というのはそのまま天の力に近い者だ。中でも雨を呼ぶのは娘の歌声と言われていた。

 あまりにも長いひでりから国を救うため、王は国中の娘たちに命じた。龍神イズラに歌を献じるように。雨を呼んだ者には褒美をとらせる。呼べないものは呼べるまで歌えと。

 それは、イェールカにとって死を意味していた。

 もともと、ただじっと立っていることも難しいような病弱の身だったのだ。それでも歌いに出なければ家族が罰を受ける。

 はじめは、歌が上手くて元気な娘たちが呼ばれた。それでも雨が来なければ普通に歌う娘を、それでもだめで歌の苦手な娘を。やがてはついに病の娘たちを。

 けつく太陽の光に突き刺されながら、健康だった娘たちでさえも声をらし身体をらして倒れていった。歌えなくなるまで許してはもらえず、雨を呼べなかったとがで家には罰金が命じられた。

 イェールカが白くひび割れた大地の上に引きずり出された時には、近隣の見知った娘たちは皆瀕死となって運ばれた後だった。

 もう誰も期待はしていない。病人のイェールカが龍神イズラに届くほどの美しい祈りを歌えるとは誰も思っていなかった。健康で歌のうまい娘たちはもういない。このひでりは終わらない。この国はもうおしまいだ。誰もがそう思った。

 イェールカ自身でさえも。


 わたしはここで死ぬ。


 イェールカはそう思った。歌っても死ぬ。歌わなくても家におとがめがある。貧しい家だ、とてもやっては行けまい。やはり自分は死ぬ。家族もやがて餓えて死ぬだろう。

 このひでりのために。

 雨をもたらさない龍神イズラのために。

 民の命を埃とも思わない王のために。


 弱々しいかすれた声でイェールカが歌い始めたのは、日が傾き始めた時刻のことだったと伝わる。


 とむらいの歌であった。


 人々は驚き、いきどおった。

 不謹慎な。罰当たりな。こんな歌で龍神イズラがお出ましになるはずはない。イェールカは王の命に従わぬ。国に害をなすつもりだと。

 役人の命があって、イェールカは剣で刺し殺された。

 血潮が流れ出し、乾き切った大地にするすると吸い込まれていった。


――わたしは、わたしを弔った。


 苦しい息の下からイェールカはそう歌った。

 声の高さも分からない、長い節もない、震えて苦しげな息ばかりの、しかしそれは確かに歌であった。


――わたしは、家族を弔った。

――わたしは、皆を弔った。

――街を。国を。この世のすべてを。


――遅かれ早かれ、皆、滅ぶ。


――見ていろ、龍神イズラ、人なき世では誰も神をあがめない。



――わたしは、龍神おまえを弔って死ぬ。




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