27 ヘンタイさの傾き加減、とか
私と綾里は毎朝一緒に登校している。
待ち合わせ場所には必ず綾里が先に立っていて、私の姿を視認するやこちらに駆けてきて、
「ことりー、おはよう。寂しくて死にそうだった」
とか言いながら、抱き着いてくる。
胸に顔をうずめて一心不乱に匂いを嗅いできたり、頬を重ね合わせて頬ずりしてきたり。
とにかくそうやって、まるで数年ぶりの再会に喜ぶような綾里のテンションを私が受け止めて、私たちの一日は始まる。
ぴったりと寄り添い、学校に向けて歩き出す。
「はあ、朝っぱらから熱烈過ぎて参っちゃうよ」
ため息交じりにそうこぼすと、綾里は小首をかしげて私に目を向けた。
「でも嬉しいでしょ?」
「言わせてほしいのは一つだけです。せめて人目のないところでやってください」
「だってもう今さらだもん。クラスでも私たちっていっつもベタベタしてるイメージが定着してるよ。クラスっていうか、学校?」
綾里がきょとんとした顔で言う。
「でもほら、付き合ってる、なんて噂にはなってないでしょ? そんなものだって」
「それは……そうかもしれない」
おそらくそれは、周囲に見せる綾里の顔が、今だ無邪気なままだからなのかもしれない。
だから周囲からすれば、『あらまあ、また琴莉さんに甘えてらっしゃるわ。綾里さんは甘えん坊だこと』というような認識になっているのだろう。
ふむ、なんと趣深い。じゃなくて、めちゃくちゃギリギリスレスレで気が気じゃないんですよこっちは!
「綾里さあ、私が女の子を好きになることを秘密にするっていう約束、忘れてない?」
私が訊くと、綾里は私の右手首につけた首輪に人差し指と中指をひっかけて、ぐいとひっぱった。
私の右腕を胸で抱いて、確信ありげに頷く。
「覚えてるよ、覚えてる」
「すでに少なくとも二人に知られちゃってるんですけど!」
「私もね、本当は私だけが知っていたいの」
憂いを帯びた目をして、「でもね」と綾里が言葉を継ぐ。
「私、ことりが欲しくてたまらないの」
はああああ、そんなセンチメンタルな雰囲気で言われても困るんですけど!
「あ、もちろんそっちの意味でね。性て――」
「いや、説明いりませんから!」
朝っぱらから恥ずかしげもなくよく言うなあ。ほんとこの人いつの間にか私を軽く超えていってるよ。
「もうことり中毒なの。いちいち我慢なんてしていられないの」
「重症だね」
「重症だよ……何もかもことりが魅力的すぎるのがいけないの、だから責任取ってよね」
「いや、私ほどすべてにおいて平均的な人はいないと思うけど」
「……ヘンタイさの傾き加減、とか」
「あ、単なる変態度じゃなくて傾きなんですね。すごくしっくりきてびっくり」
まあ正直なところ、綾里のおかげで『隠さなきゃいけないんだ』というどこか強迫的な観念はなくなっている。綾里の存在と、綾里がくれた言葉と安心感がそうさせたのだ。
だから、あれこれと言っても、本心としてはまんざらでもないのだ。
だって、別に誰にバレても、どうせ好きなのは綾里のことで、その綾里も私のことを心から好いてくれているのだから。
そこまで考えて、私は思わず、
「あっ、そうか!」
と声を発してしまった。
綾里が怪訝な表情を私に向けてくる。
「急にどうしたの?」
「いやあ、なんか割り切れるような気がしてきた」
「えっ、何の話?」
「なんでもなーい」
あしらおうとする私に、綾里がしつこくまとわりつく。
「ねーえー、なにがー?」と言って腰に巻き付く綾里と一緒に、今日も学校への道を歩くのだった。
一時間目の休み時間。
いつものように、綾里が小走りで私の席へ駆けてくる。
無言で私の肩をちょんちょんと押して、椅子を半分空けて寄越せと要求する。
私がずれると、綾里はすかさず腰を下ろして、身体を密着させてきた。
腕を絡ませて、私の肩に頬を置き、綾里がようやく口を開く。
「えへへ、充電タイム」
「朝からさんざんくっついたでしょうに。燃費が悪いこと」
「だって一時間目数学だったんだもん。疲れたよー、頭なでて」
「はいはい、頑張ったね」
二時間目の休み時間。
綾里が小走りで私の席へ駆けてくる。
「よいしょ」と言って、私に背中を向けて太ももにまたがり、だらりと背中を預けてきた。
子どものように足をブラブラと揺らしながら、おもむろに私の両手を掴んで自らのお腹に回した。
私は綾里の身体を引き寄せるように、両腕に力を入れて抱きしめた。
すると綾里が後ろを振り向いて、何とも表しがたい甘えた声を発した。
「後ろからぎゅーってされるとねー、守られてるって感じがするの」
「背中がガラ空きだ! ってこと?」
「意味わかんない」
「うん、私もわかんない」
三時間目の休み時間。
綾里が小走りで私の席へ駆けてくる。
床に膝をつき、横から私の太ももに突っ伏した。顔は横にして、私のお腹の方を向いている。
そうして目を瞑って心地よさそうにする綾里の頭をそっと撫でる。
「お腹すいたね」
「私のこと食べてもいいよ」
目を瞑ったまま、綾里が返事をした。よし、無視しよう。
無言で頭を撫で続けていると、もぞもぞと身じろぎをした綾里がゆっくりと瞼を上げた。
かと思うと、今度は下を向いて、太ももに顔をうずめてしまった。右手で太ももをさすりながら、深めに呼吸を繰り返す綾里。
「うへへへ、ことり最高だよーことりー」
「少しは自重なさい」
こんなことをしていても、クラスメイトの誰も気にしていないのだから、慣れとはなんて怖いものか。
「スカートめくったらナマの太もも、じゅるり」
「それはさすがにやめなさい」
綾里の脳天に手刀を食らわせる。それでも綾里はだらしのない緩み切った表情のままで、私はされるがままにスカートをほんの僅かにめくられるのだった。
なんとか欲望の発散を最小限にセーブしたな、偉いぞ綾里。
お昼休み。
綾里が小走りで私の席へ駆けてくる。
私も立ち上がり、ごく自然と綾里の手をとった。
「お手洗いに行きましょう」
そうして一緒にトイレへ向かい、私が個室へ入ろうとすると、綾里も私の後に続いて同じ個室に入ってこようとした。
綾里を湿っぽく見つめる。綾里は小首をかしげ、すっとぼけた表情をした。
「おいこらド変態ご主人」
「あー、お口わるーい、いけないんだー」
そう言いつつ一歩身を引いた綾里が、小悪魔スマイルを浮かべて小声で囁く。
「そんなにお仕置きしてほしいんだね」
あっ……。時すでに遅し。諦めを覚えた私は、近い未来の自分の身を案じるのみなのだった。
教室に戻ると、お弁当を手に、綾里が小走りで私の席へ駆けてきた。
「椅子借りていいー?」
「どうぞー」
よそに座っていた私の前の席の子といつものやり取りをして、綾里が私と向かい合うように椅子に腰を下ろした。
弁当を広げ、最初に箸でつまんだ卵焼きを「あーん」と言って差し向けてくる。
「ん、おいしい」
「ありがとう。最近ね、ちょっと方向性がアレな百合漫画読んだんだけどね、それの真似してイロイロ入れてみようと思ったけど、なんとか踏みとどまったよ」
イロイロって何! イロイロって何! 綾里のアレがアレでアレですか!
というかそんな報告してくれない方がありがたいのですが!
心の中で叫びつつ、綾里の作った卵焼きを飲み込んだ。
歯磨きをして口をゆすいだ綾里が、「はい、ことり」と歯ブラシを私に差し出した。
そして、「あー」と声を出して、私に向けてその小さなお口を開いて見せた。
これもいつものことで、つまり仕上げ磨きをしなさいということだ。
あなたは一体何歳ですか!
と言いたいところだが、綾里に言わせれば、『ことりにお口の中見られてドキドキするから』らしい。
そんな本意を聞かされたらこちらまでそれを意識してしまうというものだ。まあ、綾里の場合、それが狙いなのだろうが。
毎度のことながら、周囲のほっこりしたような温かい視線が逆に痛い。
そんな純粋なモノじゃないのよコレは! むしろ不純も不純なのよ!
悶々とした邪念と闘いつつ、無心で手を動かすのだった。
五時間目の休み時間。
次の体育のために、更衣室に移動して着替え始めた。
綾里の舐めまわすような視線にはもはや慣れたものだ。たまに肩やらお腹やらの素肌に触れてくるのはやめてほしいが。
体育が終わり、更衣室に戻ると、私は壁際に追い詰められた。
綾里が素早くカーテンを閉め、ふたりの身体を隠す。
綾里の顔が、汗をかいた私の首元に近づき、されるがままに匂いを嗅がれ、すぐに首筋に綾里の舌が這う。
背筋がぞくりとして、腰から力が抜けそうになる。
ううう、綾里のフェチはわかりやすいなあ。
その間、十秒足らず。サッとカーテンを開くと、綾里は私に
六時間目の休み時間。
綾里が小走りで私の席へ駆けてくる。
そして、私の太ももに対面でまたがると、人目もはばからずに首に腕を回してきつく抱きしめてきた。
うーむ、果たして『綾里さんがまた甘えてらっしゃるわ、無邪気で子どもらしくてお可愛いこと、おほほ』で済まされるのだろうか。
いや、そう信じるしかない。信じるしか。
こうして、すべての授業を終え、私たちは部活をするべく部室へ向かう。
ごく普段通りに振る舞う古水先輩と西原部長のやり取りに癒されて、部活が終わると、綾里と共に帰路につく。
手を繋いで歩いていると、ふと綾里がこぼす。
「ことりとイチャイチャし足りない」
「あれだけしておいてよく言いますよ!」
「はあ、ことりのことが好きすぎておかしくなりそう」
「じゅううううううぶんおかしくなってますけどね!」
「えへへ、照れる」
なーにテレテレしてんだコイツ! 絶対照れるタイミングじゃないだろ!
「それじゃ、また明日ね。ちゃんと電話かけてきなさいよ」
「うん、わかってる。じゃあね」
手を振り合って、私たちはいつもの場所で別れた。
こういう一日がデフォルトなのだから、甚だ困りものである。
とは言え、これにうんざりしているとか、イヤだなんて思うはずもなく、むしろ幸福と安心感に満たされてしまっているのだから、そんな自分自身が甚だ困りものなのである。
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