24 ことりを抱いて走りましょう!
「えっ、部活対抗リレーですか? 園芸部が?」
部活前、部室に集った部員に向かって、部長さんが体育祭の部活対抗リレーにエントリーすると発表した。
「なにせ去年も一昨年も人数不足で出られなかったからな。今は丁度四人揃っている、今年こそはでるぞ、おー!」
握りこぶしを高々と突き上げて、部長さんがひとり声をあげる。
い、いやだよお……やりたくないよお……。園芸部がリレーなんかして何になるって言うんだ!
私の心の叫びをよそに、古水先輩が部長さんに続いて胸の前で握りこぶしをつくった。そして、「おー」と気のない声を出す。
部長さんが古水先輩に顔を向け、嬉しそうに微笑んだ。
よし、やりましょう! リレーに出ても余りある元気を今もらいました!
「わかりやす」
横から飛んできた声に、私は握り締めた拳を思わず緩めた。
うう、綾里の呆れた視線がなじってくるよ……。居た堪れない、が、それが何だっていうんだ! 私は自分が誇らしい! いや、百合は素晴らしい!
私はこの身を捧げて部長さんの笑顔を守るんだ!
綾里に目を向け、決心の意味を込めて強く頷く。
「私が守るんだ」
「ばーか」
「ひどいっ」
ま、まあ、私なんかが守るだなんてちょっと自惚れ過ぎかなあ、とは思いますけどね。だって、私はただ運動音痴で本心としては走りたくないというだけなのだから!
はあ、やだなあ、リレーなんて出たくない。ただでさえクラス対抗リレーもあるのに。リレー×2、地獄ですか?
「というわけでだな、取り急ぎバトンを何にするか決めたいんだ」
「えっ、どういうことですか?」
「部活ごとにその部活に合った道具をバトンとして使うんだよ。そうだなあ、例えばテニス部ならラケットとか、去年の吹奏楽部はホルン使ってたぞ。一昨年はタクトだったよなあ」
古水先輩がコクコクと頷き、「そうだった」と同意する。
「で、あたしらはどうするかって話なんだが……緋野ちゃん!」
部長さんに指をさされ、綾里は顎に人差し指を置いて考える素ぶりを見せた。そして、
「ことりを抱いて走りましょう!」
力強く、そう答えた。
部室に沈黙が流れる。そりゃこんな空気にもなりますよ。だって意味わからないもの。
「あたしは別にいいけどさ……」
いいんですか部長!
「緋野ちゃん、そうなるとあたしと楓ちゃんも夢川ちゃんを抱っこすることになるが」
「却下します!」
あはは、バカだなーこの子。そもそも私が走るときはどうするのよ、それ。
「じゃあ次、夢川ちゃん!」
「え……す、スコップとか?」
「普通だなー」
うう、無難でいいじゃないですか。
「ガーデンハットかぶって軍手はめてスコップ持って一生懸命走ることり、可愛い……」
宙の一点を見つめて、綾里がポツリとこぼした。なんか勝手にアイテム追加されてるし。
その時、古水先輩が恐る恐るとった様子で右手をあげた。
なぜか私に一瞥をくれてから、ゆっくりと口を開く。
「一輪用のケースに入れたブリザーブドフラワーとか、丁度良さそう」
「さすが楓ちゃん、それだ!」
こうして、先輩の提案が一瞬で採用されたのだった。
すぐさま用紙に記入した部長さんが、「委員に提出してくる!」と言って部室を飛び出していった。
その背中を見つめていた古水先輩が呆れたように、それでいて愛しそうに笑みをこぼす。
「明日でも間に合うのに」
「部長さん嬉しそうでしたねー。ところで先輩、何か企んでます?」
私の問いに、先輩は肩をすぼめて、「バレた?」と照れ臭そうな表情を浮かべた。
「ブリザーブドフラワー、もう用意してあるんだよね。手作りの」
「おおー、さすが
ん、ちょっと待てよ……手作りか……手作りか、手作りだって! どうして手作りのブリザーブドフラワーなんて用意してるんですか!
「そそそれはどどどどういうことでごございましょうか!」
「ことり落ち着きなさい。興奮しすぎ」
思わずテーブルに身を乗り出した私を、綾里が背中をさすってなだめてくる。
これが落ち着いていられますか! なんですかその特別感満載の響き!
「実はね、もうすぐ西原の誕生日なんだよ。だから作っておいたんだけど……誕生日は体育祭の次の日だから、丁度いいかなって提案してみた。西原にはバレないように、アイツにはアンカーになってもらってリレーが始まる直前に手紙でも入れようかな。それで走り終わったらプレゼントだって気づく、みたいな」」
テレテレと頬を赤く染め、今までに見たことのない顔をして先輩が言う。
そんな先輩を尻目に、私は両手で頭を抱えた。
「おおおおお落としたらどうしよおおおお」
綾里が可笑しそうに笑い、私の背中をポンポンと優しく叩く。
「ことりの場合、落とすよりもまず自分がこけそうだけどね」
「やめてええええ! こうなったら私、歩く!」
「バカなこと言わないの」
「ううう、だってえ……」
顔をあげて上目遣いに綾里を見つめると、綾里は無言でただニコリと微笑んだ。
私の様子を見て苦笑する先輩が、
「いや、落として壊れるような容器じゃないから安心しな」
とフォローしてくれた。
「でも万が一にでも落としたら、先輩たちにとって大切で神聖なプレゼントに汚れが……」
「神聖なのはことりにとって、でしょうが」
「その通り! こんな素敵イベントを台無しにしたくない! ハッピーエンドを死守するぞ、おー!」
やる気に満ち満ちて、握りこぶしを天に突き上げる。綾里が頬杖をついて、横目で視線を寄越してくる。
「百合脳全開のことりって、ほんとアホだよね」
「死守するぞ、おー!」
私の強行したかけ声に続いて、綾里と先輩もおずおずと「おー」と声を出した。
「ななななんだって!」
思わず大声を漏らす私の頭に、綾里がチョップを振り下ろした。
「うるさい」
「だってえ……先輩、これって」
古水先輩が頷いて、「うん、レイニーブルー」と言った。
体育祭当日。
お昼休みに部室に集まった私と綾里に先輩が見せたのは、薄紫色のバラ、レイニーブルーで作ったブリザーブドフラワーだった。
「部長さんにはもう見せたんですか?」
「うん、すごく喜んでた」
でしょうねえ、ニコニコ笑顔の部長さんが容易に想像できます。
先輩が「そしてコレ」と言い、二つ折りにされたカードを差し出した。表面に『誕生日おめでとう』と記してある。
「これ、スタートする前にこの中に入れておいてね」
ブリザーブドフラワーが入っている筒状の容器を開け、先輩は私にそう頼んでからカードを手渡した。
それを受け取り、じっと見つめる。
「責任重大だ」
「あっ、中は読まないでね、恥ずかしいから」
最初から開く気なんてなかったのにそんなこと言われたら気になるじゃないですか!
「先輩、ことりが自制心と欲求の間で苦しんでます」
綾里が笑い混じりにそう言うと、先輩は目を逸らして頬を掻いた。
「ちょっと昔みたいにさ、素直に西原への自分の気持ちを書いてみただけだよ。ここ何年も、そういうことは言わないようにしてたから」
その先輩の言葉を聞いて、私はつい先日部長さんのカバンの中にあった、幼いころの誕生日プレゼントを思い出した。
「とりあえず進展はしなくても、気持ちだけは言葉にしておこうと思って……君たちを見てたらそう思ったから」
先輩が顔を俯けてうっすらと微笑む。
綾里が横から私を見上げ、腰を肘で小突いてきた。そして悪戯っぽい笑みと共に、小声で囁く。
「だってさ。大好きだよ、ことり」
「うっ、あ、ありがとう」
「ことりは言ってくれないの?」
そっぽを向いて、「言いません」と返事をする。まったく、困った小悪魔だよ。
先輩から預かったカードをポケットに仕舞い、私はさながら戦地に赴かんとする兵士のごとく気を引き締めた。
レイニーブルーよし! 誕生日カードよし!
スタートラインに立って、改めて手に握ったそれを確認する。
ふはは、私がうっかりなくすなんてヘマをするもんか! こちとら先輩たちの崇高で清麗な百合がかかってんだ!
ちらと横に並ぶ生徒を見る。文芸部に吹奏楽部に美術部にその他諸々。
しかしあれだ、一緒に走る部が文化部でよかった。多少は私の運動音痴加減も薄れるかもしれない。
なんてことを考えている間に、耳を貫くような音が響いた。
おや、始まりました。っていうかみんな速っ!
ごめんよ、みんな私と同類だと思ってごめんよお……。みんなに比べたら私なんて地を這うナメクジだよお……。
いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかく、私は手に持ったこのバトンを無事に綾里に届けさえすればいいのだ。
「こーとーりー! あーいーしーてーるー!」
四方八方から飛び交う声援に交じって、盛大に愛を叫んでる人がいる。
ははは、誰だろうねいったい。
「こーとーりー! ちょー愛してる!」
「はいはい、嬉しいよ」
両手を大きく広げて叫ぶ綾里のところまで無事にたどり着き、バトンを渡す。
そして、綾里は猛ダッシュで去っていった。
あはー、綾里は足が速いなあ。そして走りながらまだ何か叫んでるけど、よく聞こえないから気にしないでおこう。
「夢川ちゃんナイスファイト」
膝に手をついて呼吸を整えているところへ、親指を立てた部長さんが声をかけてくれた。
「あはは、遅くてすみません」
「いいのいいの。それにしても緋野ちゃんはこんなところで大胆だなあ」
「あ、あははー、ほんと何言ってるんですかねーあの子は」
「そこが緋野ちゃんのいいところだ」
ま、まあ、見ようによっては良いのかも……?
部長さんが、「おっ、楓ちゃんに渡ったぞ、最後は私の番だな」と言って歩いていく。
ただ今、ビリから二番目。綾里、あの差から一人抜いたんだなあ、すごいなあ。
「かーえーでーちゃーん! あーいーしーてーるー!」
驚くほどに鮮明に聞こえた部長さんのよく通る声に、勢いよく顔を向ける。満面の笑みで部長さんが古水先輩に両手を振っていた。
真似しちゃうのかよ! ほら古水先輩動揺してるから! やめてあげて!
部長さんにバトンを渡した先輩が、困惑顔で私の方へ歩み寄ってきた。
「何だったの、あれ」
「いやあ、最初に綾里が私に同じことやったんですけど、真似したくなったんでしょうね」
「なんだ、そういうことか」
どこかホッとしたような、困ったような顔で先輩がため息をつく。
「無事渡せましたね」
走る部長さんの姿を目で追いながら、先輩は不安げに「うん」と頷いた。
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