その⑤
悪魔って……レイスのこと?
奴の『悪魔騎士』という異名から浮かんだだけだが、ロア君の様子を見ると、どうもそんな「おまえ性格悪すぎ、本当に悪魔だな!」みたいに使われる意味とは違うようだ。
「なんとなく、悪い存在ということしかわからないわ」
素直にそう答えると、ロア君は
「この国では馴染みの薄い存在です。常ならば、精霊女王の守護するこの地は
「確かに……いてもおかしくはない、わね」
「悪魔は人を
「あくまつき……」
耳馴染みのない言葉に、私は瞬きを繰り返す。
悪魔が対価として求めるものは、契約内容によって変わるそうだが、視覚や
また実は教会では、一部の霊力の強い使徒が
……そんなのまったく知らなかったわ。
「どれも
ここで事件の話が出てくるとは思わず、意表を突かれて
でも、ロア君の解説通りならばそれはおかしい。
「今月からこの国で起こっている事件よ? 精霊女王の力が働いているこの国に、悪魔は近寄れないのでしょう?」
「常ならば、です。ここまで悪魔をのさばらせたのには、二つの要因が考えられます」
男の子にしては
「一つは、『悪魔使い』が絡んでいるからだと予想されます」
「また新しい単語が出たわね……悪魔使いって?」
「強力な悪魔と契約した上で、さらに何体もの悪魔を自在に従える人間です。奴らは自分以外の人間に悪魔を憑けることもできます」
「ええっと、他者と悪魔の
「はい。単独で悪魔と契約した場合、契約は不完全な場合が多いのですが、悪魔使いが間に
なるほど……それで、精霊女王の目を
同化が完全であればあるほど、悪魔憑きの人間なのかどうかの判断は難しくなるそうだ。ただ、悪魔は基本的には契約に従うが、油断をすれば、契約者の意識と体を乗っ取ろうともするらしい。同化が進めば、その危険性も高くなる、と。
ロア君は、その中性的な顔に苦い表情を浮かべる。
「おじい様ほどの霊力があれば、一目見ただけで同化した悪魔憑きを見つけられるかもしれませんが……僕には無理です。傍にいたとしても、おそらく気付けません」
「おじい様……?」
「ああ、申し訳ありません! つい……!」
わたわたと取り乱したあと、ロア君はクッションの上で居住まいを正す。
「おじい様とは、まだスーリア様が面会されていない、使徒長であるガウディ=フィンスのことです」
「フィンスって……」
「……実は、僕は使徒長様の孫なんです」
「そうなの!?」
それなら、ロア君がこの若さで教会で働き、精霊姫の世話役に
ロア君は「うっかりおじい様と呼んでしまいました……別に
学舎で先生をお母さん呼びするようなものかしら?
なんにせよ、気が重くなる話ばかりだったので、少し気分が
「おじ……し、使徒長様ほどお力のある方か、精霊でもよほど
「どんな?」
「胸元に悪魔との『契約印』があるのです。逆さまになった、黒い蝶の印です」
黒い蝶は悪魔の遣いなのだと、ロア君は言った。
そういえば薬屋のレオンさんも、「黒い蝶はなにかの遣いだった気が……」と呟いていたわ。八人目の行方不明者が黒い蝶を追いかけていたことからも、事件が悪魔絡みだと判断されたようだ。
「それと、悪魔憑きは体内に悪魔の『気』が流れているため、体が冷たいのです。……悪魔に温度は、ありませんから」
ロア君は自身の掌に視線を落とす。そのため悪魔憑きは普段、
冷たい体。
胸元の黒い蝶。
人との接触を避ける。
ドクリと、嫌なふうに心臓が脈打つ。頭の中でロア君の言葉が巡るが、一部だけ
「この国に悪魔がのさばった二つ目の要因はですね……っと、だ、大丈夫ですか!? スーリア様!」
「え……?」
「顔色が悪いです! こ、こんな話を一気にされたら、ご気分も悪くなるかと……
「ちょ、ちょっと待って!」
そそくさと出ていこうとするロア君の手首を咄嗟に
「わ! て、手が……! あの、は、放して頂けると……!」
「あ、ごめんなさい」
音を立てて
ロア君の乙女度、私より高くて困るわ。
「私は平気よ。話の続きは今聞くわ。ロア君の時間が許すなら」
「ぼ、僕もまだ大丈夫ですが……」
まだ顔に赤みを残したまま、ロア君はクッションに座り直す。そしてコホンと
「え、えっとですね、悪魔が
「聖鐘節が? なぜ?」
「……これは精霊姫様の『本当の役割』に関することなので、本来ならば、使徒長様からお話しすべき内容なのですが」
『貴方なら、精霊姫の本当の役割をきちんと果たせるはずです』
そう
あの時は疑問を抱いたまま終わったが、存外早く、ロア君の口から聞けるようだ。
「そもそもなぜ、精霊姫が精霊女王と謁見するのが三年に一度なのか。それはその周期で、女王の『
「穢れって……?」
「『悪い気』のようなものだと、思って頂ければいいかと。女王はその
「女王の穢れを祓う……」
「文言や剣舞は、清めの儀式の
水は穢れを洗い流す──水の精霊は元より、浄化の力が強い生き物らしい。
歴代の精霊姫も、水の精霊と交流を
……ウォルにそんな力があるとは、とても想像できないけど。
穢れを綺麗にするより、お菓子の皿を綺麗にする方が上手だと思うわよ、あの子。
「ここまでの話で、精霊姫様のお役目はご理解頂けたでしょうか?」
「ええ、わかったわ……なぜ聖鐘節だと、悪魔が暴れやすくなるのかも。穢れが溜まると、女王の加護も弱まるのでしょう? その
「その通りでございます! 精霊姫様が女王にお会いするまでの準備期間である、聖鐘節。それは別の見方をすれば、穢れが溜まり祓われる前、女王の力が最も弱い間を指すのです。しかしこのことを知るのは、教会の者でも限られた一部。それと、歴代の精霊姫様だけです。此度の事件は、今月、聖鐘節の期間に入ってから起こりました。最初は
「意図的に、悪魔憑きは聖鐘節の期間に事件を起こした……?」
それはつまり。聖鐘節に女王の力が弱まると知る者──教会に関連する人物と、犯人の悪魔憑きは繫がっている、ということになる。
「疑いなど持ちたくはありませんが……。悪魔憑きに情報を漏らした存在は確実にいます」
「……その犯人の悪魔憑きは、精霊使いを何人も誘拐して、なにをしたいのかしら?」
「考えられるのは……なにかしらの儀式です。身の内の悪魔の力を使い、より大きなことを
不穏な単語に背筋が冷える。
それって救出が
「現在は、悪魔憑きによる犯行という新たな線で、調査を見直しております。ですが急がなくては。満月の夜が近いのです」
「満月?」
「悪魔は月の光を力に変えます。太陽の光を好む、精霊とは真逆です。もしこの考察が正しく、悪魔憑きが儀式を行うのなら、次の満月の夜が最も可能性が高いのです」
リック君の情報でも、行方不明者が消えたのは月明かりの強い夜だった。
今日の月は雲間に潜んでいる。だけど満月の日にあの雲が晴れ、強い月明かりが地に降り注いだら──。
ロア君は、ぎゅっと小さな
「──悪魔の儀式を成功させるなど、精霊女王の
藍色の瞳に、強固な意思の輝きが宿る。
幼い顔立ちに急に男らしさが生まれ、不覚にも私はドキリとしてしまった。
ロア君、可愛いのにカッコいいとか、将来有望すぎて心配になるわ。天然タラシに成長しないといいけど。
「スーリア様も月明かりの強い夜は、どうか十分に注意されてください。……といっても、精霊姫様と護衛騎士様には、女王の加護が
「レイスにも……?」
「はい。しかも騎士様には、精霊水晶までお渡ししております。あの水晶は、霊力を溜められるだけでなく、悪魔の力も
あと独り言だからか、おじい様呼びに戻っているわよ、ロア君。
「と、とにかく、教会の
話が終わると、ロア君は素早く退出した。「もう、今日は
……でも、どうしてかしら。パタリとドアを閉じ、一人きりになった部屋で思い浮かんだのは、いつかのレイスの冷たい赤の瞳だった。
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