その⑥
ロア君の訪問から数日が経過したが、私の周りは逆に不気味なくらい平和だった。
マリーナさんとの特訓も順調で、今のところ支障はない。外出も控えているので、
反して、教会内のバタつきは日に日に
ロア君と密会(?)した次の日に……ついに九人目の行方不明者が出たのだ。
事件を解決すると宣言した舌の根も乾かぬうちに、次なる
しかもロア君は、悪魔の儀式の生贄に必要な精霊使いの数は、ちょうど十人ではないかと予想しており、それが余計に彼を
小さな体でいつも走り回っており、正直
レイスとは……相変わらずだ。
簡単な会話はすれど、それだけ。事件のことなど話題にしたいことはあるのに、結局なにも聞けなくて、
ただレイスは以前にも増して、「夜は外に出るな」と
──そんなふうに、すっきりしない想いを抱えたまま。
事件は解決の糸口も摑めず、ロア君の危惧していた満月の夜……その前日があっという間に来てしまった。
「これ、『護身用に!』ってロア君に渡されたけど、置き場所に困るのよね……。使徒さんたちやレイスが交代で夜間の見回りもしているし、教会内、しかも部屋の中にいて、護身用の剣なんて必要あると思う? ウォル」
「スーにはボクがいるから必要ないよ! なにかあっても、ボクが守ってあげる!」
「それは頼もしいわ」
プカプカと、
彼の尻尾の水状の部分は、
「でも本当に……どうしましょう、これ」
ベッドに腰かける私の
「満月が近いですから!」と、ロア君にすごい勢いで廊下で渡され、「これ私が昼に片付けたやつ!」と驚きながらも、勢いで受け取ってしまった。
宝剣、こんな扱いでいいの?
ロア君は忙しすぎてテンパっているのかもしれない。
銀に輝く
手に馴染んだ今でも、その宝剣の放つ
うーんと地味に頭を悩ませていると、コンコンと窓を叩く音がした。
ビクリ、と肩が跳ねる。
──ここは二階だ。なぜそんな音が窓からするのか。
十分に警戒しながら、私は剣を抱えたまま、窓の傍に息を殺して歩み寄る。
月明かりを
「…………なんだ、あなたたちなの」
窓の外にいたのは、いつぞやの光の精霊たちだった。
数えて五羽。小鳥の姿をした精霊たちが、黄色い光を翼に纏わせ、私の目の高さくらいで飛んでいる。強い月明かりの
軽い悪戯かしらと思っていたら、次いで彼らの発した言葉に、私は目を見張った。
彼らは「助けて」と──そう言ったのだ。
「助けて、『彼』を助けて! お願い!」
「僕が見つけたの! 彼は『あの子』のために、よくないことをしようとしている! でも僕らじゃ止められない! 近寄ることもできないの!」
「きっと君なら助けられる! このままじゃ彼も危ない! 僕らは彼を助けたい!」
「その前に『彼女』を助けなきゃ! 彼女にも僕らの声が届いていない!」
「そうだ! まずは彼女を助けなきゃ!」
彼? あの子? 彼女?
それが一体誰のことを指していて、なにを彼らが
示された方向には、月明かりに照らされた
ふらふらと覚束ない足取りで、その人物はなにかを追いかけている。
必死に目を凝らす。
闇に
月光の中を羽ばたくのは、悪魔の遣いである……黒い蝶だ。
それだけでも
月の光を受けて
──マリーナさんだ。
こんな夜に、貴族の娘であるマリーナさんが、お供もつけずに一人で歩いていることがそもそもおかしい。遠目からでもぼんやりとした様子がわかり、普段から
そんな彼女の目線の先には──黒い蝶。
光の精霊はマリーナさんを指し示し、「彼女を助けて!」と訴えてくる。『彼女』とはどうも、マリーナさんのことだったようだ。
誰かを呼びに行く? ダメだ。目を離した隙に、マリーナさんが消えてしまう。
ここから大声で呼びかけてみる? 今の彼女ではきっと反応してくれない。
ウォルに止めてもらう? 光の精霊たちは『近寄れない』と言った。たぶん彼女の周辺には、黒い蝶を通して悪魔の力が働いている。
いくつもの自問自答を瞬きの合間に繰り返し、辿り着いた答えは一つだった。
事は一刻を争う。どうやら腹を
「……ああ、もう!」
──ここは私が行くしかないじゃない!
室内着である軽い布地のスカートをたくし上げ、ガッと私は
高いところは得意だ。どっかの騎士様には『ガサツ』と評価を受けたこともあるように、私の特技は木登りだった。
もちろん、幼少期の話だが。
今この二階から普通に飛び下りたら、私は確実に
「ウォル! さっきの水泡みたいなの、この窓の下に作れる? 私を受け止められるくらい大きいやつ! ほら、前にもやったでしょう!?」
「え、えっと、ずっと前にスーのお部屋で、『水のベッドを作りましょう!』って
「それよ!」
お
それに派手に水音を立てたら、誰かが来てくれるかもしれない。
「ウォル!」
「任せて!」
むむむと、ウォルが全身に力を入れて念じる。すると眼下にたくさんの水泡が集まり、すぐに一つに収束した。
プルンと平たく固まれば、
「いい? ウォル。私が飛び下りたら、すぐに誰かを呼びに行って。レイスでも、ロア君でも、他の使徒さんでもいいわ。適当に捕まえてきて!」
「わかった!」という返事を耳にしたのと同時に、私は両手に剣を抱えたまま窓枠を
体の芯がキュッと竦む感覚は
水の塊は上手く私を受け止めてくれ、
辺り一面、私も含めてびしょ濡れだ。水の
黒い蝶に近付くのは本能的に怖かったが、ここは気合いと
ロア君は精霊姫である私には、『女王の加護』があると言っていた。
それがどんなふうに働くかはわからないが……万が一このまま巻き込まれても、マリーナさんの傍に私がいる方がきっといい。
大丈夫、大丈夫、大丈夫──そう自分に言い聞かせて足を動かす。
「マリーナさん!」
花壇の花や草を
「あら……? ここは? スー、リアさん?」
「しっかりしてください、マリーナさん!」
「おかしいわね……あの人が、密かに会って話したいことがあるって……それで……。どう、したんだったかしら? そう、あの人が……ああ」
「なんだ。ここにいるじゃない、私の恋人」
とろりとした濁った瞳で、そんなことを微笑みながら言うマリーナさんにゾッとした。
彼女は
黒い蝶が、恋人の姿を映し出しているのか。
「ごめんなさいね、彼が呼んでいるからもう行くわ」
「ま、待ってください! ダメです、行ってはダメです!」
やんわり私の手を
脳内で悪態をつきつつ、マリーナさんを摑む手に力を込める。だが黒い蝶は、そんな私の存在が邪魔だと認識したようだ。鉄柵をスルリと抜けて、蝶が私の眼前に
しまったと思い、剣ではらおうとしたが遅かった。
「あ……!」
ポタリと私の髪から雫が落ち、地面に吸い込まれていったのを見たのが最後。
──私の意識は、緩やかに闇に吞まれていった。
幼馴染みで悪魔な騎士は、私のことが大嫌い 編乃肌/ビーズログ文庫 @bslog
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