その③
街に出かける当日。
教会で昼食を取り、私は
以前のように、派手なオレンジの服を選ぶなどという
レイスの方も変わらずシンプルなベスト姿だったが、それでも見目がいいから、一級品を身に纏っているように映るのが腹立たしい。
そんな彼の首には、きちんと精霊水晶がさげられていた。もらってから片時も離さず身につけているようだ。濁りなどは見えないので、やはり昨日は見間違えたのだと再
空は連日の快晴で、髪を
暖かい日差しを浴びて、私たちは教会を後にした。
──街に出れば、
常に
まだ昼時のためか、飲食関係の店は特に賑わっているようだ。店名の描かれた木製の看板の横には、来客を歓迎するかのように、教会の入り口にもあった小さな鐘が、チリンチリンと鳴っている。
初めて足を踏み入れた時はじっくり観察できなかったが、やはり活気溢れるいい街だ。石畳を行く人たちの周りには、精霊の姿も垣間見える。
触れても
宙を水状の
どこを見ても楽しい。
「あっちもこっちも面白いね、スー!」
「ええ」
ウォルもちゃぽちゃぽ尻尾を振ってご
レイスは離れない程度に距離を空けて、私たちを静観している。
というかレイスは教会に来てから、態度が
精霊が見えるようになって、多少心が清められたとか……ないか。
まあ、あくまで気のせいだ。油断したらまた手痛い態度を取られかねないので、私もウォルを見習って警戒心を強めよう。
「そっちじゃない、こっちだ」
羽目を外してはしゃいでいたら、レイスが店と店の間の路地を指差し、声をかけてきた。
先にレイスの用事を終わらせる予定だったので、ここは彼の
レンガ造りの
「ね、ねえ、本当にこの道で合っているの?
「……
二階建てのこぢんまりとした店で、木製の入り口には『レオンの薬屋』と雑な字で書かれている。……お薬屋さん?
「注文していたものを受け取るだけだ。すぐに済む」
レイスはドアを開けて店内へと入っていく。
なんだかピンクやド
「んー? 客? おお、いらっしゃーい、レイス君。用意はできているよー」
カウンターの
店内には彼一人のようだし、この緑藻が店主のレオンさんだろうか。レイスは常連らしく、レオンさんは慣れた対応だ。
「あれー? レイス君が女の子を連れてる。珍しいねー。
「いもっ……!?」
恋人はさておき、私はレイスより年下扱いされたことが
「
レイスの
中身が見えないのでなんの薬かは不明だが、告げられた金額に、私は思わず
「た、高っ!? 私の領なら小さな土地を買える金額だわ! 一体なんの薬なの!?」
「だって特注で作っているし。このくらい
「睡眠薬……?」
なぜレイスがそんなものを? 実は
首を
床にコロコロと転がった小瓶は、私の足元へと辿り着いた。
「リコラの花……」
よく見れば瓶の中の液体も、レイスの血色の瞳とよく似た、あの花の赤だ。
でもリコラの花に、睡眠薬に使われる成分なんてあったかしら? 頭痛や
「あ、知っている? その花。どっかの領で大量に取れるんだけどねー。普通の睡眠薬だとレイス君、効かないって言うから、俺が
いつの間にか私の傍に来ていたレオンさんが、そのひょろりとした指先で、私の手から小瓶を摘まんだ。そして流れるような動きでレイスに手渡す。
お
「──
ドアの向こうにいたのは真っ白な馬だった。立派な
「やぁ、リック。なにかいい情報でも仕入れてくれた? ていうか君、風の精霊なんだから、ドアくらいすり抜ければいいのにー」
「いや、人間はドアを開けて入るだろう。ならば人間の礼に従わねば」
「相変わらずクソ真面目だねぇ」
レオンさんも精霊使いだったのか。リックと呼ばれた馬の姿の精霊とは
社交的なウォルは「こんにちはー」と挨拶している。それに深々と頭を下げる仕草を返すリック君は、
「客人がいたのか。すまない、出直すか」
「いいよ、いいよ。それで? 面白い情報を手に入れたなら教えてよ。商売に役立つのは特にねー」
「……ふむ。商売に役立つものはないが、精霊使い行方不明事件についてなら、新たな証言が得られたぞ」
その言葉に私は足を止める。リック君の横を無理やり通り抜けようとしていたレイスも、動きを止め反応を示した。
風の精霊は噂好き。情報が回るのも速い。
「まず、八人目の行方不明者が出た際に、消えるところを
「おお。これは重要な手がかりになりそうだねー」
「セドラン通りのパン屋の娘が、精霊使いの友人が『黒い
私が
「黒い蝶かー。なんかどっかで聞いたなぁ。確かなにかの『
「精霊としてまだまだ
鼻先をレイスの方に向けて、リック君は
「ちょっと、なにか返事くらいしなさいよ」
「うるさい、気が散る」
「はあ!?」
レイスはなにかを考え込んでいる様子で、雑にあしらわれて私もつい嚙みつきかける。リック君は「我の失言だ、気にするな」と私にも気遣いを見せてくれ、この場の
「それと、行方不明者に共通点はないとされていたが、
──リック君の話を聞けたのはそこまでだった。
レイスが急に私の腕を引いて、リック君を
そのことにも驚いたが、なにより触れたレイスの手が氷のように冷たくて、きゅっと心臓が
「なんなの急に! それに
「……さっさと街を見て回らないと日が暮れるぞ」
レイスは何事もなかったかのように歩き出す。疑問を残しつつも、私は仕方なく彼を追いかけた。
レオンさんの薬屋を出たあとは、お
その間、レイスはほぼ無言で、
リコラの睡眠薬や黒い蝶のことなど、レイスに振ってみたい話題はあるにはあったが、それでせっかく持ち直した気分が
「スーリア様! 外出からお
足取り軽く、教会の塔と塔を繫ぐ
「
「とても楽しかったわ! ロア君のおかげよ。私を外に連れ出すよう、レイスに頼んでくれてありがとう」
「僕が騎士様に頼んだ……? なんのことでしょう?」
ロア君はきょとんとしている。忙しくて頼んだことを忘れたのかしら。
だが追及する間もなく、ロア君は廊下の向こうから他の使徒さんに呼ばれ、一礼すると慌ただしく
それから夕食や湯浴みを終えて、私は部屋へと戻った。ベッドの上で、故郷のみんな
どれも自領では買えない珍しい品なので、きっと喜んでくれるだろう。
「あの宝箱は少し心残りだけど……」
王都に着いて、最初に雑貨屋のガラス
ふうと息を
うつ
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