第三章 王都編

その①


 翌朝。

 宣告通りむかえに来たレイスは、純白の団服姿ではなかった。茶色のベストに白シャツ。黒のベルトに動きやすさを重視したズボンを合わせ、革のながぐついた簡素なよそおいをしていた。こしからげているせいこうけんだけが、かれの本来の身分を表しているようだ。

 昨日の特権だん専用の団服は、わばせいれいひめとの顔合わせのための礼服で、通常は目立ちすぎない格好でいるらしい。

 立派なレイスのとなりに並ぶことを想定し、クローゼットの中で一番はなやかなオレンジのワンピースを着て待っていたことを、私は激しくこうかいする。負けたくなくてったんです。今すぐえたい。

「……言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」

「特にない」

 それはそれで腹立つ!

 出鼻をくじかれた気分で、私は荷物を馬車に積み込んだ。もうすでにぜん多難そうなんだけど、本当にコイツとしばらくやっていけるのかしら、私。

 出かけたためいきみ込んで、私はあんたんたる心持ちで自領をったのだった。




 道中はこれといった異変もなく、王都へは五日かけて順調に辿たどいた。

 初めておとずれた王都・ルべーリアは、いしだたみそうされた道路に、色とりどりの屋根が立ち並ぶ、活気あふれるれいな街だった。

 きょろきょろと周囲を見回す私に、レイスは「をするな」とだけくぎし、さっさと長い足を進ませる。完全に他人のきよ感だ。

 レイスは最初の宣言通り、移動中も私とのせつしよくは最低限で、会話らしい会話はなかった。せいぜい事務的なものか、私をはなすようなことばかり。

 そんな息がまる馬車の旅で、私の話し相手はもつぱらウォルだった。

「ねぇ、スー。あれはなにかな? おいしそうなにおいがするよ! あっちはなにして遊ぶもの? おもしろそう。近くで見たい!」

 精霊として生まれて日が浅いウォルも、私と同じで王都は初めてらしい。ウォルはいつけんの店の前で、目をキラキラさせながら「見て見て、スー!」と私を呼ぶ。

「ここにボクがかざられているよ!」

「あら、確かに似ているわ。りの人形ね」

 店は雑貨屋のようで、ドア横のうすいガラスの向こうには、看板商品らしきものが並べられていた。ウォル似の狐の人形の他にも、おしやびんに入ったこうすいおもむきのある銀時計、わくに花飾りのあしらわれた鏡などなど。乙女おとめごころをくすぐるものばかりだ。

 その中で、私はあるものにかれて視線が吸い寄せられる。

「これは……宝箱?」

「お目が高いね、おじようさん。それは『精霊の宝箱』だよ」

 声をかけられてけば、かつぷくのいいおじさんが、あいのいいがおで立っていた。店主だろうか。中から商売の気配を感じて出てきたらしい。おじさんはにこにこと説明してくれる。

「その宝箱は特に、貴族のお嬢さん方に人気でね。王都で有名な精霊使いけん木工職人が、『精霊女王の聖なるかね』を一つずつ箱にっているんだ」

「へえ、だから精霊の宝箱なのね」

 私のてのひらよりわずかに大きいくらいの木箱は、金の留め具付きで木の加工もていねいふたの表面にほどこされた鐘をかたどった彫りはみつで、かなりうでのいい職人の手によるものと素人しろうとでもわかる。

「これに自分の大切な物を入れておくと、精霊の祝福が得られて幸運が訪れるっていう話だよ。見たところ、お嬢さんは旅行者だろう。どうだい、お土産みやげに一つ」

 かんちがいされてなくすすめられるが、気軽に買える値段ではない。なにより距離をあけたところで、こちらをにらむレイスの圧を感じていたので、私はあいまいしてその場を去った。

 しかし慣れない人混みで、ドンッと通りすがりの人にぶつかってしまう。

 あわてて謝罪すれば、その人のかたに乗る精霊にクスクスと笑われた。新緑色の毛並みを持つねこは、しつつたからんでいるから、おそらく大地の精霊だろう。

可愛かわいらしい精霊使いのお嬢さん。王都は初めて? それならよきいと思い出を」

 雑貨屋でのやり取りも見られていたのか、大地の精霊はかろやかにそううたうと、去り際に尻尾をクルリとった。青々としげる蔦が合わせてれる。

 すると、どこからともなくピンクの花弁が現れて、私の頭上へやわらかくい落ちる。

 いたずらに近いかんげいの祝福だったが、なんだかうれしい。

「……さっきからなにをしているんだ、お前は。こんなところで立ち止まるな」

 花弁をまんでほうけていたら、しびれを切らしたレイスが私の前まで来た。ぼんやりしていた私が悪いのだが、高圧的な物言いに思わず言い返してしまう。

「わ、わかっているわよ! 精霊が花をおくってくれたから……!」

「精霊が?」

 たんせいまゆを寄せ、レイスはげんな表情で私を見回す。

 そこで、よく考えたら私って花まみれ? と思い至り、急いでかみや服をはらった。花の贈り物は嬉しかったけど、これ以上レイスにみっともない姿はさらせない。

「やっぱりボク、コイツきらい!」

 ウォルはレイスがそばに寄ったたんこつに尻尾を立ててかくしている。馬車での移動中もずっとこんな感じだった。レイスには現状、そんなウォルは見えていないわけだけど。

 ……昔、『精霊を見てみたい』って私に言ったこと、レイスはもう忘れているわよね。

 ふといたさびしさもはらい落とすように、私はスカートを強くはたいた。

 それから歩き出そうすると、「おい」と引き留められる。

「なに……っ?」

「髪にまだ花弁がついている。……相変わらず、変なとこでどんくさいな、お前は」

 レイスは無表情をかすかにゆるめ、だんより丸みを帯びたまなしでこちらを見ていた。

 そのかい見せた表情の変化に、私は灰がかったうすあおひとみを見開く。

『スー、頭にリコラの花弁がついている。……スーは変なとこで鈍臭いな』

 遠い過去に置き去りにしたはずの、おだやかな情景がのうよぎる。幼いころ、外でいつしよに庭の手入れをしていた時のおくだ。私の髪についていた花弁を取る彼の手が、意外なほどやさしくてびっくりしたっけ。

 ──ほんのいつしゆん。過去のレイスと、今のレイスの姿が重なった。

 きよかれ固まる私に、レイスはゆっくりと手をばす。しかし、ちゆうでハッと我に返ったように手を引いた。バツが悪そうに彼は顔をらす。

 それから自分のむなもとに強く手をてたあと、レイスは「行くぞ」と一声かけ、ざつとうの中へ足早に進んでいった。

「ご、護衛のくせにおいていかないでよ!」

 髪の花弁もそのままに後を追う。文句を飛ばしつつも、先ほどのせつの変化が目に焼きついてはなれない。

 どうして今さら、あんな顔を私に見せるのだろう。

 ……過去のおもかげいだして、心乱すだなんて情けない。これではリンスにしかられる。

 しっかりなさいスーリアと、心中で自分をしつする。

 風に遊ばれ、彼方かなたに飛んでいくひとひらの花弁を横目に、私は教会への道を急いだ。


 街の南部へと足を進めて、辿り着いた教会の大きさに、私はあつとうされた。

 はくの建造物は、主とうの左右に二つのせんとうが並び立ち、天を突くように高く伸びている。光を受けてかがや窓が美しい。入り口のとびらの取っ手には、小さな金の鐘が下げられており、これは街中でもよく見かけたものだ。

 周辺には大地の精霊が降らせたものと同じ、ピンクの花がみだれ、しき内に入るとあまかおりがこうをくすぐる。せいれんな空気と共に、精霊の気配もあちこちで感じた。

「──ようこそおいでくださいました、精霊姫様、護衛騎士様。教会におられる間、お二人の世話役を任されております、ロアセル=フィンスと申します」

「お気軽にロアとお呼びください」と、教会の使徒である精霊使いが着る、白いローブをまとった年若い少年が、深々と頭を下げた。

 応接室のような場所に通され、ソファにレイスと並んで(ただし、二人の間にはウォルいつぴき分のぜつみような空間がある)腰かけて待っていたら、現れたのがこの少年だった。

 私より四、五さいほど年下だろうか。サラサラのきんぱつに真ん丸のあいいろの瞳。柔らかなりんかくえがく、非常に可愛らしい顔立ちをしており、体つきもがらで、下手をすれば女の子にちがえられそうな容姿だ。ガチガチに体をこわらせ、無理しておごそかな態度を取ろうとする様子は微笑ほほえましい。

 とはいえこの若さで教会所属の精霊使いとして、精霊姫の世話役を任されるのだから、かなりゆうしゆうな人材と見た。

 私は「よろしくお願いします、ロアさん」と、ソファから立ち上がりお辞儀をした。

「わ! さ、さん付けなんておそおおい! 敬語もおやめください、精霊姫様!」

「え? じゃあ、ロア……君? それより私の方こそ、精霊姫様呼びは慣れなくて……なんで選ばれたのかもわからないくらいだし。できれば名前でお願いしたいわ」

「うぇ!? ス、スーリア様でよろしいのですか……?」

 微笑んで「ええ」と返せば、ロア君は「き、綺麗な方を名前でお呼びするのはきんちようします……」と顔を真っ赤に染めた。なんだこの可愛い生き物。

 しかしロア君は、とげとげしいふんのレイスには委縮してしまっているようだ。私は非難の目をレイスに向ける。

おびえているじゃない、こわがらせるのはやめてよ」

「……お前は変わらず、年下に甘いな」

 そこは否定しない。私は自分より下の者に、とことん甘い自覚がある。

 そういえばまだ仲が良かったいん時代。レイスは私が他の子たちを構うと、いつの間にかその場からいなくなり、よくかげをしていた。あれは親しい姉を取られた、幼い弟のしつのようなものだったと思うが……あの頃は可愛げがあったわ。

 というか今さらだけど、レイスは私より年下なのよね。

 それなのになんなのかしら、このロア君との差は。再会してからずっとお前呼びで、一度も名前を呼ばないし。……別にもう、レイスに「スー」と呼ばれたいわけじゃないけど。

「スーリア様には、二週間ほど精霊姫としてのほどきを受けて頂き、その後、せいしようの森に向かって頂く予定です。毎朝の礼拝などには参加して頂きますが、空いた時間は一声かけて頂ければ、外に出て自由に過ごされても構いません。き、騎士様は……」

「レイスでいいわよ、ロア君」

「勝手に名前で呼ばせるな。護衛騎士と役職で呼べ」

「レイスでいいじゃない!」

 そんな態度のレイスにみつけば、私たちのおんな空気に、ロア君がローブを揺らしてオロオロする。

 しまった、私が怯えさせてどうする。

「き、騎士様も、部屋をご用意してありますので、あ、あとでご案内いたします。それから本来でしたら、すぐに使徒長様にごあいさつを……というところなのですが」

 言いにくそうに、ロア君が小さな口をまごつかせる。

「実は現在、この王都では、精霊使いが次々と行方ゆくえ不明になる事件が相次いでおります。使徒長様はその調査にされ、対応に追われているのです」

「え……」

「行方不明になった方々はみな、今も消息を絶ったままです。精霊使いであること以外は、行方不明者に共通点はありません。男女の区別なく、ねんれいもバラバラです。今のところ明確な手がかりもなく、まえれなく姿を消してしまい……その行方を追っている最中でして」







 重々しい口調で語るロア君に、リンスの情報は正しかったのだと、私は目をまばたかせる。

 精霊使いだけが、とつぜん行方不明になる事件。

 ゆうかいの線もあるとリンスは言っていたが、ロア君によると、人が蒸発したかのように消えるという。消えた精霊使いたちと親しい精霊にたずねても、「いつの間にかいなくなっていた」としか言わないと。

 なぞが多く、なんとも不気味な話だ。

「このようなじようきようでスーリア様をお迎えしたこと、お許しください。事件の解決には教会もじんりよくしておりますが、なるべくお一人になられませんよう……。お出かけの際などは、必ず騎士様とご同行ください。片時も離れない方がよいかと」

「え、やだ」と感情的に返しそうになり、私は慌てて口をつぐんだ。

 チラッと横のレイスをのぞけば、鼻筋の通った綺麗な顔を、苦い薬でも一気飲みしたようにゆがませている。私の側にいることに、こんなけんしのやつと片時も離れず?

 それはなんというごうもんなのかしら。

 やっぱり花弁を取る時に見せたあの表情は、うたかたまぼろしだったのだ。

「今日はおつかれでしょうし、ゆっくりとお休みください。荷物は部屋に運んであります」

 ロア君の案内に従って、私たちは各自、用意された部屋へと移った。

 しきの作法などについては、指導を担当する精霊使いをわざわざ呼ぶらしい。本格的な精霊姫生活は明日からだ。

 部屋は自分の家より広くごうで、出された食事もおいしかった。さすがの好たいぐうだ。

 だけどふかふかのベッドに身をしずめ、夜のとばりが落ちれば、胸に広がるのは明日への期待ではなく、レイスのこともふくめて不安なことだらけ。

 ……無事に役目を終えて、一日でも早くアルルヴェール領に帰りたいわ。

 そういのって、私は重たいまぶたを下ろした。

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