第二章 再会編
その①
「
「……
「精霊を見てみたいの?」
こくり、と
「だが
「どうすればいいの?」
「霊力のある人間と、手を
「こう?」
「っ! おい!」
私の祖母は精霊使いだったと聞く。もしかしたら私にも力があるかも……と考えて、私が気軽に手を
だけど
本当にいつか私が、彼に精霊を見せてあげられたらいいなと、そう思った。
……まさか繫いでいたその手で、レイスに泣きながら
思えば、朝から夢見は最悪だった。
今日は仕事もなく、職場と買い物にそれぞれ出掛けた父と母を見送って、私は家で一人、
昼過ぎには温かい豆のスープと、カリカリになるまで焼いたベーコンにパンを合わせて、軽い昼食を取った。食後は、近所の方にお
もしかして、王都からの使者の方?
私は火を止めてエプロンを外し、金茶の髪を
作りかけのジャムが固まる前に話が終わるといいなと思いながら、ドアを開け……一呼吸置かずに閉めたくなった。
「レイス……」
私より少し高いくらいだった背は、見上げるほどに
長い前髪の隙間から覗く血色の
──だけどそこには確かに、私を「スー」と呼び、不器用な
私はドアの取っ手を握ったまま、口も開けずに固まってしまう。
久しぶりね、元気にしていた?
あの時はよくも好き放題言ってくれたわね。許していないわよ、この
でも
ねぇ、なんで貴方が護衛
というか今、貴方はどんな気持ちで……ここにいるの?
そんな疑問や言ってやりたいことが頭の中で
「……った、な」
「え?」
「…………相変わらず
「なっ!?」
先に口火を切ったのはレイスだった。一言目は不意を
「あ、貴方にそんなこと、言われる筋合いないわ!」
「それもそうだな。俺とお前は任務上の関係しかない。教会からの命で護衛の任を引き受けたが、ここにいるのは俺個人としては不本意だ」
「不本意って、そんな言いぐさ……っ」
「役目だからお前を守るが……それだけだ。わかったら、俺に必要以上に近付くな」
「……私だって、貴方が護衛なんて本当なら願い下げよ。
「ならいい」
「明朝にまた迎えに来る」と、それだけ言い残し、レイスは白い団服を
……なんて味気ない再会。
遠ざかる彼の背を見送って、私はきゅっと
「ねぇ、スー、
「……怒ってないわ」
「なら悲しいの?」
「悲しくもない」
「じゃあ……」
「怒ってもないし、悲しくもないわ! 至って平常心よ!」
力加減を
レイスが去り、ジャム作りを再開した私の周りをふよふよと飛びながら、ウォルは機嫌を
水の精霊は人間の感情に
「スーに
「黒頭って……」
「それならボクは、アイツ
短い前足で宙にパンチを
「うん、なんか元気が出てきたわ。ウォルのおかげよ」
「それならよかった!」
くるり、とウォルは空中で一回転する。
「でもね、スーのことを抜きにしても、ボクはなんとなくアイツは嫌い。なんかね、アイツを見ていると、鼻がムズムズしたの」
「鼻がムズムズ?」
「それに耳がピクピクして、毛がピリピリして、えっと、
「地味に
「だからスーは、アイツとあんまり仲良くしちゃダメだよ!」
元よりする気はないわよと返して、
「おう、スーリアちゃん。久しぶりだな」
「ちょっと、スー! なんでレイスさんがいるのよ! なにがあったのか説明して!」
落ち着いた低音とよく通る高音が、両耳を
「
「いいえ、お久しぶりです、アランおじさま」
がっしりとした
レイスと決別した日から自然と
「それでご用件は……まぁ、レイスのことですよね。ついさっきここに来ましたよ。精霊姫の護衛騎士として」
「ああ、レイスと再会したんだな! いや、アイツ、先に俺のとこに顔を出してな。俺の若い頃に似て
「そう、それよ! まずはスーが精霊姫ってどういうことなの!?」
アランおじさまの拍手をぶった切るように、おじさまの右隣に
私がレイスを殴って泣きながら
彼女は
そして
「これで涙を
「女の涙は高いのよ!」と
しかし、それから
私は自分がなぜか精霊姫に選ばれてしまったことと、その護衛騎士がまさかのレイスであったことを、リンスに
「私は霊力なんてないし精霊とか
「物騒な異名?」
「ええ、私のお兄様が数年前から王都で商売を展開していて、騎士団にも出入りしているから、その際に聞いたそうなのだけど。アルルヴェール領出の黒髪赤目の騎士が、その冷たい
「悪魔騎士……」
私は先ほどのレイスの姿を思い浮かべる。
「それに、これもお兄様からの手紙で知ったのだけど、最近王都では、精霊使いが
「精霊使いだけがいなくなっているの?」
「ええ。消えた人たちは戻ってきていないらしいわ。
「そんなことが……でも、それは大丈夫だと思うわよ」
誰が精霊姫に選ばれたのかは、
「それでも危険なことに変わりはないでしょう! 世間知らずの
「い、田舎娘……」
「そのためにレイスがいるんだけどな。俺がここに来たのは、レイスが俺の後に、スーリアちゃんのところに行くと言っていたから、心配して様子を見に来たんだ」
育ての親であるおじさまに、レイスは一応顔だけは見せたらしい。リンスの方は、
「それで、レイスはどうだった? 久方ぶりに会うスーリアちゃんに、その、アイツはどんな態度を取ったのかなと……」
私とレイスが不仲になってから、ずっと気を
私たちの悪化に悪化を重ねた関係は、時が解決してくれるものではなかったのだ。
「レイスには、『お前の護衛騎士になったのは本意ではない』、『必要以上の
「本当になんでアイツは、スーリアちゃんにそんな態度を取るように……今でもわからん。ごめんな、スーリアちゃん」
「アランおじさまが
自分で口にしておいて、胸に
「だけどレイスの奴、
なにかを
せっかくなので、
レイスの話題でピリついていた空気も、温かな湯気と
「それにしても、
「しなくていいから、それは」
「なに、大役を果たして帰ってきたら、
空になったカップを置いて、アランおじさまが腰を上げる。リンスもそれに続いた。
片付けは後にして、私はドアから出ていく二人を見送ることにする。
空は
「精霊姫のお勤め、
リンスはそう
アランおじさまも「邪魔したな」と歩み出す。その広い背中を見つめていたら、ふと、彼は足を止めて振り返った。
「なぁ、スーリアちゃん。これは言うべきかどうか迷ったんだが、やっぱり伝えておくな」
「……なんでしょう」
「レイスのことで、俺が感じたことだ。そう大したことじゃないんだが」
前置きをして、おじさまは短く
「……俺のとこに来たアイツは、簡単な
「それで……?」
「いや、本当に咄嗟だったから、勢いで言ったんだ。『スーリアちゃんのこと、ちゃんと守ってやれよ!』って。そうしたら……」
すっっっごく嫌そうな顔をして、「義務の
そんな皮肉に満ちた返しが頭に浮かんだが、アランおじさまの口から
「『そんなことはわかっている』って、それだけ返してきたんだ。なんていうか、すげぇ
「……レイスが?」
「ああ。あのやり取りだけが、久々に再会した
ははっとおじさまの空笑いが、暮れなずむ景色に
「これは俺の
「……いいえ」
緩く首を横に振ると、おじさまは
残された私は、どこか
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