その②
父の古い友人が運営している
バレット家の近くに建つその院に、新しく入ってきた男の子がレイスだった。
父は孤児院の子どもたちに、
一人っ子の私にとって「スーリアお姉ちゃん」と
出会った当時、私は十一歳。レイスは九歳。
二歳下の彼も最初は、面倒を見るべき弟の一人だった。上に『手のかかる』がつく。
孤児院に来たばかりの頃。レイスはガリガリに
よく見れば均整の取れた
「これではいけない!」とお
その成果が出て、彼が初めて「スー」と私の
返事をすれば、
思わず抱き着いた私は悪くない。すぐに
──そうやって心を開いてくれてから、レイスの成長は目覚ましかった。
父に進んで知識を
院長のアランおじさまは、元騎士団所属で剣の腕前は相当の実力との
「アイツは『スーを守れるくらい強くなりたい』そうだぞ」
「……私を?」
「ああ。剣を教えてくれと頭を下げられた時は驚いた。あの
アランおじさまは「あ、俺がバラしたことは
心臓がドキドキと脈打ち、ひどくうるさかったからである。
……いつの間にか私は、どんどんカッコよく
私が「レイス」と名を呼べば、無表情に色を乗せてくれる、その
レイスはきっと、一番身近な女の子である私に、すり込みのように親愛の情を向けてくれただけだ。『私を守りたい』というのは、家族愛にも似た感情だったに違いない。
でも、それでもよかった。
なんであれ私は、
レイスにとって、少なからず『特別』だったのだから。
そう……そうだ。
確かにこの頃、私たちの仲は良好だった。アランおじさまが微笑ましそうに、「スーリアちゃんは、将来はレイスの
それが、いともたやすく──あんな暴言を吐かれるまでに
思い返せば、
レイスと出会ってから早四年。
すっかり共にいることが当たり前となっていた私は、いつものようにレイスに会いに孤児院に顔を出した。
アランおじさまにレイスの居場所を聞けば、彼は部屋に
「
小言を
早く彼に報告したいことがあったのである。
「レイス、いるのよね? 入るわよ。あのね、昨日父さまと領主様のお茶会に参加したら、領主様が私には『精霊使い』の才能があるかもしれないって。レイス、前に精霊が見てみたいって言っていたでしょう? 私が見せてあげられるかも……レイス?」
一応ノックをして、慣れた調子で話しながらドアを開ける。レイスは集中すると耳から音を
しかし、
「なに、これ……?」
おそるおそる部屋に入ると、カチャリ、となにかを
「え……?」
銀色の光を宿すそれは、レイスの愛用している短剣だった。
有事の際と
──剣の切っ先には、まだ
「っ! レイス! レイス、どこなの!? いるなら返事をして
私は張り裂けんばかりに声をあげた。
まずはレイスの安否を
「レイス……!」
「…………スー?」
ひとまず彼がそこにいて、最悪の事態にはなっていないことに
だが
事情を聞くのは後回しで、手当てをしようとして──「来るな!」という
「来るな、早く部屋から出ていけ!」
「な、なにを言っているの。すぐに手当てをしないと……」
「こんなものなんでもない。いいからさっさと出ていけ!」
赤い瞳を
どれだけ
結局私は
幸い
だけどこの日を境に、レイスは私を避けるようになった。
孤児院に会いに行っても意図的に
「俺にも理由がわからないんだ……ごめんな、スーリアちゃん」
とぼとぼと孤児院から帰る私に、アランおじさまは申し訳なさそうに
直接レイスに理由を確かめたくても、目も合わせてもらえないのでは尋ねようもない。私の心はどんどん
……でも、どれだけ冷たくされても私は、
きっと原因がある。それが解決すれば、元の彼に戻ってくれる。「スー」とまた名前を呼んで、不器用な笑みを浮かべてくれる。
そう信じて、私は彼の十三歳の誕生日に、ある贈り物を準備した。
誕生日といっても正確な日付は
それでも毎年、彼が傍にいてくれることを祝う、とても大事な日。
私が大好きなレイスを
このアルルヴェール領内なら、一年を通してどこにでも
刺繡に使用した糸も、その花から
リコラの花の色は、レイスの瞳の赤によく似ている。
以前贈ったリコラを模ったペンダントは、あの日に
なんで女ものなんだと、
──この手巾だって、渡せばきっと。
完成した手巾を
精霊の存在をなんとなくだが感じ始めていた私は、彼らに「
レイスは孤児院の前の、大きな
真ん中の質のいい衣服に身を包んだ少女は、ここらでは一番大きな商家の一人娘だった。巻き髪の、気は強そうだが発育もいい美人。周りはその友人だろうか。なにやらレイスは
程よく
昔は嫌悪されていた黒髪も、切れ長の赤い瞳も、『魅力』として
「レイスさんは、バレット家のお嬢さんと
少し離れた木の
レイスはなんと返すのだろう?
『恋仲』ではないからそこは否定するだろうが、ほんの少し期待を抱いてしまう。
できるなら『友人』、高望みするなら『家族のような存在』、『ただの幼馴染み』でも構わない。現状は
だけど、現実は
「恋仲? ふざけたことを言うのはやめろ。──俺はあんな女、好きじゃない。むしろ嫌いだ。大嫌いだ」
レイスは遠くからでもわかる冷たい瞳で、吐き出すようにそう言った。
……嫌い、大嫌いかぁ。
改めてその言葉を
しかし、彼の
「性格はガサツだ。女らしさの
「容姿も地味すぎて、褒めるところが見当たらないな」
「いつだって鬱陶しく構ってきて、俺はずっと
次々と飛び出る私への暴言。レイスを囲んでいた娘さんたちでさえ、その物言いに
…………一方の私は、限界まで達した悲しみの感情が、じわじわと別の想いに
ガサツ? 女らしさの欠片もない?
確かに事実だ。『わんぱくでもいい、元気に育ってほしい』という父の教育方針のもと、私は家で大人しくするより、野山を駆ける方が楽しいお
容姿が地味?
これも否定できない。レイスと違って、私は見目の
鬱陶しい? 迷惑?
そこまで嫌われていたなんて、気付かなかったわ。ごめんなさい。
ここで泣いて場を去るような
そしてついに──私はキレた。
乱暴に目元を
「バ、バレットさん……!?」
商家の娘さんが目を見開いて驚いていたが、悪いけど引っ込んでいてほしい。
私は一直線に、驚愕で固まるレイスのもとへと歩み寄った。彼の綺麗な顔を目がけて、思い切り手巾を投げつける。
そして固く
「グッ……!」
短い
だけどそれが、私のできる最大限の報復だった。
「──私もあんたなんて大嫌いよ!」
勢いでそう
頰を伝う
レイスの誕生日だからと、気合いを入れて編み込んだ髪も片手で解きながら。特別な日にだけ着る、お気に入りのレースのあしらわれたスカートを翻して、私はただただ走った。
そして、レイスと一緒にその成長を毎年楽しみにしていた、バレット家の庭に咲く、リコラの
「うっ、く……っ」
私は、日が暮れるまで泣き続けた。
──こうして私の初恋は、
「どうしたの、スー? なんかちょっと
旦那様の執務室から出て、書庫室に戻る道すがら。
パイでお
「私にはウォルがいるもの。あんな奴がいなくたって、なにも変わらないわ。……ただ少し、旦那様のお話で気になることがあっただけ」
──レイスは、私の恋心を粉々にしてくれた例の誕生日から程なくして、アランおじさまに騎士団の入団試験を受けたいと申し出た。
試験自体は十三歳から受けられる。レイスの利発さや剣の実力からも問題ないと判断したおじさまは、本人の希望を優先し、王都にいる騎士団時代の友人に彼を
おじさまから聞いた話によれば、レイスは試験を見事合格し、騎士見習いを経て、異例の速さで特権騎士団入りを果たしたらしい。
つまり──精霊姫に選ばれた私のもとに、遠くで出世したレイスが護衛騎士として現れる可能性も、無きにしもあらず……ということなのよね。
「気になること?
「そのことじゃないんだけど……でも、ウォルの言う通りね」
とりあえず家に帰ったら、王都に行くための荷造りでも始めようかと考えながら、私は早足で
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